第9話 生放送後

 「それでは本日の配信はここまで。今週の土日にお待ちしています。お疲れ様でした〜。さようなら〜」


 コラボイベントについて話した後、零聖達は視聴者から要望をコメント欄に募り、答えられる限りの質問に対しての応答や生歌の披露などをして楽しみ過ぎた結果、放送予定時間を大幅に超えてしまった。


 「さて……二人ともお疲れさん」


 「お疲れ様」


 「お疲れ様〜」


 Phoinixから普段のテンションに戻った零聖の労いに愛舞と亜麻色の髪をワンサイドアップにした快活そうな顔立ちの少女が手を振って応えた。

 彼女の名前は九頭龍坂奏音くずりゅうざかかのん。"orphanS"の一員であるNonetその人であり、グループ内では動画編集を担当している。


 「ん〜、今回短めに終わるつもりだったのに興が乗って結局いつも通りの時間になっちゃったね」


 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……明日学校ダルい、辞めたいいいいい……」


 「ま〜た、レイくんの"ダルい"が始まった。というか今日、退学届出しに行ったんじゃなかったっけ?」


 奏音が背筋を伸ばしながら尋ねてくると机に突っ伏していた零聖はムクリとゾンビのように起き上がった。


 「却下された。正確には引き延ばしされただけど」


 「と申しますと?」


 「どうやら来海先生は一学期が終わるまでにオレを心変わりさせるつもりらしい。更に言うと刺客に光﨑会長を送り込んできた」


 「刺客って……」


 「なにそれ」


 呆れたように笑う奏音に対し、愛舞は怒りを滲ませた声で呟いた。


 「高校は義務教育じゃない。辞めるのは自分の勝手。どこにあの女教師が止める権利があるの」


 ちなみに愛舞と沙織に面識はあるが「あの女教師」呼ばわりしてることからも分かる通り嫌っている。


 「でもまあ、私が来海先生の立場だったら一旦は止めるかなあ。時期尚早感は否めないし」


 沙織をフォローする形で言った奏音に愛舞はムッとしたが彼女の考えは的外れなものではなかった。

  今回の退学の件について"orphanS"内では三人――つまり愛舞以外の残り全員から零聖は反対されている。尤も全員で決めた"orphanS"のチームルールに「メンバーの意思を尊重する」という決まりがあるので沙織ほど強く反対してるわけでないが。


 「決断は早い方がいいんだよ。世の成功者は皆んなそうしてる」


 「レイが言うなら正しい」


 半ば盲信的に頷く愛舞に奏音は苦笑するが、今までも零聖の決断の早さに助けられたこともあるのは事実なので頭ごなしに否定も出来ない。


 「ソファで愛舞とくっ付いて寝てたのってそれで疲れてたのが原因だったりするの?」


 その発言で夕方の件を思い出した愛舞は一人顔を赤くする。


 「いや、それは間接的な原因ではあるが直接的な原因ではないな」


 「じゃあ、直接の原因って?」


 「今日、オレの隣の席に幼馴染を自称する転校生がやってきてな。そいつにオレが退学しようとしていることがバレた」


 「……ん?ちょっと何言ってるか分からない」


 「何で分からないんだよ」


 某人気コンビ芸人ようなやり取りをした後、零聖は二人に一姫との詳細を語り始めた。

 そして一通り話を聞いた奏音は片手で頭を押さえて、もう片手を前にやり「待って」というジェスチャーをした。どうやら情報を整理しているらしい。


 「何か凄いごちゃごちゃしてるけどその幼馴染を名乗る女がレイの邪魔だってことは分かった。埋めよ」


 「そこまではしなくていい」


 見た目に似合わない物騒な発言をし出した愛舞を零聖が制止する。


 「なるほど!つまりレイくんは女の子とデートしてくるってことだね!」


 「何でそこだけ抜粋した?もう思考放棄してるじゃねえか」


 頭がこんがらがり、目に渦巻き模様が見えそうな奏音に突っ込むも収拾はつかない。

 先程まで殺気にも似た雰囲気を滾らせていた愛舞が一変して不安げな目で零聖を見ていた。


 「その……零聖はその子のこと……どう……」

思ってるの?」


 本当に言いたいことは省略されている科白ではあったが、零聖はすぐにその真意を理解すると愛舞の頭を自分の胸に抱き寄せた。


 「大丈夫だ。マナが心配しているようなことにはならないよ」


 「ほんと?」


 「ホントだ。あいつが例えお前達よりも出会う前に仲良くしていた幼馴染だったとしてもらお前達と過ごした日々はそれよりもかけがえのないものだ。あいつのことを嫌いとは言えないが、オレはお前達のことが一番大切だよ。これは絶対に変わらない」


 それを聞くと愛舞は甘えるように零聖の胸に顔を埋める。

 零聖がその頭をさすると愛舞は体を震わして啜り泣き始めた。


 「わたし……怖かった。レイがいなくなっちゃうんじゃないかって……あの時みたいに……」


 その言葉に零聖は悲しげな笑みを浮かべるとその時のことを謝るかのように愛舞が泣き止むまで頭を撫で続けた。

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