第13話

 開発局火星支部は震撼した。

「叛乱計画、だと」

 普通であれば文字通り一笑に付すところである。

 叛乱、誰が、どの様に、そもそものはなし、その後、どうするつもりなのだ。

 地球の統治から脱し完全自治権を掲げ、同じ口で地球からの更なる援助を願う居直り強盗にでもなるつもりか。

「それが」

 その点は、違った。

 最新の積算によると火星の生産力は僅かにプラスであり、地球からの後方支援コストは我々の、火星地球代表部の維持に費消されている、どころか、これも僅か、極僅かだがしかし実は、確実に火星を、地球から来た我々が喰っている。これが、最新状況であると。

 地球人たちは顔を見合わせた。

 自らの不明を恥じた。

 確かに、地球の火星開発支援は、年々削減されていた。

 同時に行政担務の現地移管も進捗していた。

 それでも、地球が火星の発展を後押ししている事は、公知として疑うことすらなかった。

 テラフォーミング・ロードマップの遅延を苦々しく修正していた。

 いつから、逆転していたのか。

 バランスシートの粉飾により、地球当局が意図的に隠蔽していたのは明らかだった。

 搬送並びに維持高コストの資材、機材に代替する形で、マンパワーの移送が顕著に増大し、遂に自由渡航が解禁されていた。

 そこに、今次の、叛乱計画存在の露見であった。

 情報の出元は航宙保安局情報室である。

 疑念の余地は、ない。

 しかし、しかしである。

 実態は、これが、何一つ感知されていないのだ。

 火星支部が今把握しているのは、内部対立、あくまで火星人間での、多様なクラスタ同士で生じる煩瑣な軋轢であった。

 そして何故かそれすらも、昨今は急速に鎮静化、安定化方向にある事が観測されていた。

 日々平穏に向け安定化する動態観測現状認識と相反する不安定化工作の存在を示唆する極秘情報の緊急通達、並びに危機対応の指示。

 何が事実であり、我々はどう判断し、行動すべきであるのか。

 火星支部の混迷が、始まろうとしていた。


 ある晩、ジジは意を決してシビルに話し掛けた。

「今ちょっといいかい、シビル」

 シビルははい今行きますと、夕飯支度の手を火を止め居間に出向いた。

 ちょこんとジジの隣に座る。

「大事な話がある」

 打ち明けるジジにシビルは何故か、ではなく、やはり眼を潤ませた。

「いやまだ何も」

「やっぱりキライなの? 」

 あー。

 3Dうぜえ。

 ジジは僅かに顔しかめ、いやこれじゃ疑念の肯定だと慌てて笑顔に戻し、続ける。

「いい加減それは卒業しよう、シビル、朝言った通り大好きだし、勿論今も好きだけど、でも、ちょっと困る」

 思えば勿論完全に自業自得で、好きになった時点で素直に告れなかった1000パー自己責任で、で、シビルの、出会ってから余りにも長い間好きともキライとも言われずずーっと不安で悩んでた病はなるほど、重症だ、そして改めて、その責任は自分にありならば、一生掛けて償っていくしかない。

 もう、その覚悟は出来た。

「まだ君に言っていなかった事があってね、それは」

 ジジは、唇を舐め、告げた。

「僕は、月人だ」

 シビル、きょとん。

「??? それが??? 何、シビル、理解不能」

 そうかもしれない。

「地球人ではなく、月人、実はこれは、とても、大事な事なんだ」

 ぐわんぐわん。

 シビルはやおら首を振り回した。

「だめ、シビル、やっぱり全くぜんぜん、理解不能」

 それでいい。

「僕たちは火星政府を打倒する、そうだね」

 シビルは頷く。

「でも、それ、私が勝手に」

 ストップ。

 ちっちっち。

 ジジは子気味よく人差し指を揺らす。

「それももう、話し合ったよね、確かに組閣実行者は君だ、でも実質、けしかけたのは僕だ、だから、二人でその責任を取る、もう決めた、だよね」

 シビル、こくり。

「これから先、それはもしかしたら明日かも、或いは100年後かもしれない、僕の正体が問題になるその時が来たときだから、今、君には知っておいて欲しいんだ、僕が実は月出身の、生粋の月人である事を」

 シビルはジジを、その瞳を見つめる。

「復唱、ジジは月人、シビル、理解した……それだけ? 」

「うん、それだけ」

 じゃ、夕ご飯。

 シビル、ぱたぱた。

 ささやかな歴史の歯車が、今、しかし確実に、動き始めていた。


 マーフィーの法則(マーフィーのほうそく、英: Murphy's law)とは、「失敗する余地があるなら、失敗する」「落としたトーストがバターを塗った面を下にして着地する確率は、カーペットの値段に比例する」「火星野球の場外ホームランは、必ず事故を起こす」

 ホームランが仮設エレベータの保守作業員を直撃した。

 ヘルメット着用現場ネコ手順に従っていなければ大惨事になるインシデントであった。

 オリンポス山頂は火星支部権限安全基準により即時緊急封鎖され、無期限許認可管理区画となった。

 火星市民に最初の、初めての反地球感情が発生した。

 市庁は地域住民の要請を受け、火星支部との交渉協議に入った。

 協議の結果、民間で自然発生し活動されて来た多くの娯楽活動について、これを機会に行政による管理、運営の必要が確認された。

 市庁にスポーツ文化局の設立が検討され、発足に当たり住民を交えたオンライン・パブリック・コメントの場が設けられた。

 本日、その第一回ミーティングが開催されていた。

 市庁から総務部長、火星支部からは総務課長が出席し、スーパーバイザーとしてThe Mars Sixも招聘されている。

 そう、彼らは未だ現役バリバリであった。

 無論、もはや肉体は持たない。

 電子データ、エージュント人格としてである。

 彼らは入植当初より、火星人としてこの地に眠り、見届ける事を表明し、これを貫徹した。

 地球は最期まで翻意を、帰還と慰留とを望んだ。

 この地でこそ後進を育て、余生をその労苦に見合った栄誉と安寧の中、過ごして欲しいと。

「地球は、俺たちの、心の故郷だ」

 火星基地司令、サー・ジョー・“キャプテン”・スタイガーは、告げた。

「でももう、俺たちは火星人なんだ、最後の我が儘さ、笑って許してくれないか? 」

 会合は平静に進む。

 各レジャーについて、公式ルールの制定。

 競技場の設営、運営管理についての諸規定。

 他、必要とされる事務諸事項について。

 行政から提案されるガイドラインについて、参加住民から様々なコメントが積極的に投じられた。

 問題解決に向け、公と民が一体となって解決に取り組む、地方自治の理想にも見えた情景は、終盤になり波乱を迎える。

「時間になりました、ではキャプテン、総括をお願いします」

 司会の進行に全員が言葉を止め、訓示を待つ。

「お集りの皆、今日はお疲れ様、素晴らしい会だった」

 アプリ・ジョーが話始めた。

「正に俺たちが夢見、思い描いていた未来の到来だ! 地球人と火星人が手を取り合っての、麗しい友情劇に乾杯! あ、俺もう飲めないじゃん、死んじまうと色々不便だなあ」

 全員が爆笑で応える。

「でもよう、ちょっとだけ、不満がある」

 ぴたり。

「おいおい地球のお偉方さんよう、何であんたら、ガン首揃えてお集りなんだい、ああ?! 」

 ざわ……ざわ……。

「今日の議題、こりゃよう、一から百まで全部、俺たち火星人の問題じゃねえのかい? 違うかい?」

 そうだそうだ。

 地球側は全員顔面蒼白だった。

 シミュレーションと違う。

「俺たちゃもう、オシメが取れないベイビーとは違うだぜ? 」

 そうだそうだ!。

「俺たちが決めて、結果をうけとりゃいいじゃねえか! 地球人はすっこんでやがれ」

 そうだ! そうだ!! そうだ!!! 。

「まった!! 」

 誰かが、声を上げた。

「議長! 発言の許可を願います! 」

「ハイ! NPO:火星教室代表、ジジ・ウィンスレイさん、許可します、どうぞ! 」

 司会がほっとした顔でジジを全面表示に切り替えた。

「火星教室のジジです、自己紹介は省略」

 代わってジジが話し始める。

「キャプテンの言い分ごもっとも、ですが、これは第一回のキックオフです、議事進行です、そうですよね? 」

「はい、その通りです」

 明らかに安堵を滲ませた声が返る。

「じゃあ、第二回以後の開催については、火星人単独で進めましょう、いちいち地球の手を煩わせるのも恐縮だ」

 イイネ! イイネ!。

「詳細については散会後、別途相談という事で、如何でしょう? 」

「大変結構です」

 渡りに船。

「じゃあみんなお疲れ様、今日はここまで、解散!」

 お疲れ様でした~!。


 ログアウト、ジジとシビルは居間でハイタッチ。

「デビュー戦としてはこれで上出来だろう、シビルもお疲れ様、身体は火星に、魂は地球にのキャプテンをよく短期間でここまで火星単色に染め上げたね」

「勉強しましたので」

 シビルは涼しい顔。

「昔は英雄でも今は所詮、AI、リバースエンジニアしてフィードバックを見ながらデータを与えれば簡単です、HA・ワワ」

 ジジ、ぼそりと、それ、やっぱり治らない? 。

 シビル、ぱちくり。

「治る直らないないです、ジジ、これはハイエンドのサイン、証明、栄誉」

 胸を張る、心から誇らしげに。

 いやそれぜったいちがう。

「……それともジジ、キライか? 」

 ジジは個人的には愛らしいと思うけどと前置きして曰く。

「高貴な振る舞いとしたらどうかな、女王陛下や大統領夫人が、真の淑女として同意してくれるだろうか? 」

 がーん。

 がーん。

 がーん。

 やはりどうやら誤った教育をそのままにアイデンティティとして機械的に取り込んでいたようで、プラスヴァリューとして評価される以上そこに疑念は皆無であったものが愛する対象からその意に沿うよう彼女もまたアプリジョーに自ら仕掛けた同様フィードバックより導かれるパーソナリティ変容即ちエモーショナルかつロジカル、そこに平静な事実の適示による認識再考察をやんわりと要請されるともちろんジジが思い以上0.1秒。

 真の淑女、真の淑女、真の淑女、マントラを唱えるかに執拗に繰り返し、よし、と。

 ジジに向き直り、わかったシビル、努力する、と静かな決意表明。

 完全民間下げ渡しとなった火星レジャー対処案件は、どれほどグズ付き何時また投げ戻されるかと半ば以上警戒姿勢で見守る当局のウエメセ、その足元斜め下から突きあげてきた。

 まず定義、規定、規格、法規の事務次第から始まった活動は、将来的にはプロ化による観光資源化をも視野に収めた戦略的、かつ過不足ない中長期計画セグメンテーションをも含む全体構想を基に、発足していた。

 各種競技場設営は当然ながらして、本工事進捗を阻害する事無く此れを進める。

 監督は非番の現役資格者が、作業はやはり非番の現役作業員が志願で参加、加えて入植者の初期訓練の場としても活用し、指導員として引退者の時限復帰も予定、事前選定候補者リストの添付。

 動員機材はやはりこれも、最新環境では難があるがそれこそ初期開発には最適な旧品のリサイクル。

 流れるような進行に、最初期こそ厳密な審査を施していた当局も間もなく純粋なスタンパーと化した。

 一度、たった一度だけモタついた件がある。

 火星ホームラン対処案。

 担当者は既決に移したファイルを慌てて再確認した。

 広域対宙監視、早期迎撃、限定的火力発揮……。

 なんだ。

 なんなんだ、これは! 。

 直ちに極秘調査が発令され民間代表の教授が呼び付けられた。

 けっしてヒマじゃないんですけどねえ、あからさまに不機嫌な教授に地球担当は初っ端から恫喝口調で迫った。

「これはなんだ、何か申し開きは」

 ハードコピーを叩きながら身を乗り出し、睨みつけた。

 火星叛乱計画、お前がその首謀者……。

「はい? 」

 教授は、かんぜんに、対地球艦隊迎撃計画が当局の優秀な捜査により事前露見し身柄を拘束されたテロリスト、とは全く真逆の、焦燥も憤怒も怯懦も、とにかくいっさいがっさい無関係な、それこそ一般市民がニセ警官を見る表情と態度で、相手、イアン・フレミングを名乗る本省出向の高級官僚を眺め、返答した。

「はい? 」

「しらばっくれるな」

 低い声に。

「えーと、あの、質問、いいですか」

 挙手して発言の許可を求める。

「……何だ」

 教授はため息をつき、告げる。

「何処の世界に、自分たちの叛乱計画を公文書にして役所に提出する革命分子が居るんです? ご存知でしたら是非、ご紹介下さい、面白い酒が吞めそうだ」


 ……。


「な! ……」

 失礼、と、茫然と相手が握りしめるペーパーをその手にもらい受け、ぺらぺらめくりながら続けた。

「ああこれな、苦労したんですよ? 火星ホームランはその瞬間から未登録航路妨害要対処不明飛翔体じゃないですか、ホームランボールでキャッチ出来なそうな軌道要素をもったら則始末しないと危険が危ない、また当局から指導されてしまう、なので」

 めくって、相手に見せた。

「紀元前の、ミサイル防衛を参考に立案したんですよ、広域早期警戒システムでホームラン監視、ダメそうならレーザ照射で軌道調整、火星の外に捨てます、最終軌道要素を宙保に報告、登録申請して対処完了、設備や電力供給は例によって古物リサイクル運営で迷惑は掛けません、どうです、何か疑問でも」 

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