第32話 どこまで書くのが適正か

 そこに存在するものを書くか、動いているものを書くか。

 描写を左右する重要なポイントです。


 「そこに存在するものを書く」のは小説でなくても芸術では基本中の基本です。

 背景のない自画像でもない限り、背景は重要な意味を持っています。


 今、目の前になにが存在していますか。


 これをつらつらと書き連ねていけば、それだけで文字数を大幅に増やせます。

 どこまで細かく書くのかによって、たったひとシーンの状況を書くのに数千字も費やせるのです。


 たとえば、

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 私は今、自室の机に座っている。目の前のモニターには、株式情報を表示している。その手前にはパソコンのキーボードとマウスが置かれている。机の右側にはWi−Fiルーターが置いてあり、さまざまな危機をインターネットにつなげていた。それにLANハブがふたつ接続されている。

 隣に立っているメタルラックにはテレビやBlu−rayレコーダー、Nintendo SwitchやSONY PlayStaton4 Pro、バスタオルや下着類、若干の書籍が置かれている。

 家のテレビは42V型4K対応だがBS4Kはチューナーが入っていないので4K放送は観られない。テレビの下には薄いラックがあり、そこにサウンドバーを入れている。テレビ標準の音も悪くはないのだが、やはりサウンドバーからの出力は低音も効いていて迫力が違う。まあゲームをやるときは、サウンドバーを切らないと映像に遅延が発生するので、その点がやや鬱陶しい。とくにカラオケをやるときは、遅延が大きいと精密に採点できないため、高得点のためには手間をかけてでもテレビ本体からの出力に頼るほかない。

 メタルラックの下の段にはBlu−rayレコーダーが二台、スカパー!プレミアムチューナーが一台収まっている。このチューナーはダブルアンテナ対応で、一台で二番組同時録画ができる代物だ。Blu−rayレコーダーのうち一台が「全録レコーダー」と呼ばれる、指定したチャンネルを19日間自動で録画してくれるすぐれものである。

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 まだまだ書けるのですが、「そこに存在するものを書く」と、このように情報をてんこ盛りにできます。

 だから字数が埋まっていないと、ついつい「そこに存在するものを書く」に傾倒して、分量が増えていきます。


 では「そこに存在するものを書く」はどの程度まで許されるのでしょうか。


 明確な基準はありません。


 ですが、実際の効果としては「物語に関係のあるものだけを書く」ようにすると、無駄な描写が格段に減るのでオススメです。

 つまり「Blu−ray全録レコーダー」の機能を物語中に使うのであれば、事前に描写しておくべきです。それが伏線となって、活用したときにリンクされて読み手が膝を打ちます。

 「スカパー!チューナー」は物語でスカパー!を観ないのであれば、書く必要がまったくありません。物語に関係ないものをあえて書くのは、ミステリーだけにしておきましょう。

 「小説賞・新人賞」狙いであれば、原稿に書かれているものは、必ず活用されるのが前提となります。活用されないのに書くのはただの水増しと受け取られて、選考に不利です。


 「そこに存在するものを書く」は、物語で活用するものだけに絞ってもまったく問題がありません。

 ただ、ミステリーはミスリードを誘うために、関係のないもの、関係の薄いものを「あえて書く」ことが求められます。

 密室トリックが売りなのに、ミスリードを誘うアイテムがいっさいなく、必要なアイテムだけしか書かれていなかったら、せっかくのトリックがすぐにバレてしまいます。それではミステリーとしては失格ですよね。

 マンガの青山剛昌氏『名探偵コナン』を読んでも、ミスリード用のアイテムが必ず書かれています。トリックを構成するアイテムだけを書いてしまうと、シリーズ第一話からタネがバレてしまいますからね。それでは興を削ぐのです。

 ミステリー以外のジャンルなら、頭を悩ませないで物語を楽しむほうが優先されますので、基本的には「物語に関係のあるものだけを書く」ようにしましょう。

 そうすれば、無駄な情報の羅列を防げ、描写の文字数を適正化できます。


 自室からスタートする物語であっても、机やラックの情報をまったく書く必要のない物語のほうが多いかもしれません。

 このあたりは、物語を先にすべて決めておき、「箱書き」をしっかり用意しておかないと、書き出しからどこまで描写するべきかはコントロールできないと思います。


 天才的な人ならば、この情報はこのあと必要になるはずだから書いておこう、とひらめきを頼ってアイテムを描写できるかもしれません。しかし世の中そんな天才ばかりではありません。書き出しの自室描写で書かなかったものが「実は物語の根幹を担っていた」なんていうこともよくあります。


 たとえば、時間が鍵を握る物語なのに、のちに確認する自室の掛け時計を描写していなかった。これではいきあたりばったりと言われても仕方がないのです。

 本当にじょうずな小説というものは、物語に無駄がないのです。必要になるものは事前に書いてある。関係ないものは描写すらしない。

 これができていれば、作品はワンランク上の出来栄えになります。


 自宅について書くとき、物語でお風呂に入るシーンがないのなら風呂場を説明する必要はないのです。ベランダに出なければベランダに言及する必要がない。料理を作らないのならキッチンさえ書かずに済ませられます。



 ではなぜ最初から「物語で必要になるもの以外書かなくてよい」のでしょうか。


「物語の行動範囲を規定する」からです。

 キッチンシンクや冷蔵庫がでてこなければ、料理をすることはない。

 下駄箱に言及しなければ、なにを履いているかが重要ではない。

 時計を書かなければ、時間が物語へ密接に関与してこない。


 書かないから、そちらへの物語の進展はありませんよ。


 そう読み手に働きかけるために、書くものと書かないものは明確に分けられるのです。


 次回は「動いているものを書く」について述べたいと存じます。



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