第五話/いつだって、師匠

 中央大陸に向かう船の中で、レンはアリアに自分の何たるかを教え込まれていた。身長体重から、使える魔法の種類、自分の身の上話まで。

 元々話すのが好きなレンは、別に問題もなくその話に付き合っていた。アリアはまるで洪水のように口から言葉を紡いでいる。

 カノンはただ静かに二人の傍に立っていた。アリアの話は時間を忘れ去るほど長く、レンにとっては濃密な体験になった。

 あらかた、話し終えたであろうアリアは深く息を吐き出し、船室の椅子に腰を下ろした。

「そういえば、私、あなた達の事、何にも知らないわね。レン、ちょっと教えなさいよ」

 相変わらずの上から目線だが、今となってはどうでもいいことだ。

「僕の名前は、レン・タダミチ。しがない転生者。こっちは僕のメイド、カノン・グレイスメールで…」

「グレイスメールってことは、メイド教会製なのね。じゃあカノンの説明はいいわ」

「よくメイド教会製って分かったね?」

「グレイスメールの性はメイド教会の証みたいなもんなの。うちでも昔二人位いたわ」

 アリアはそう言ってレンの方に向きなおる。

「レンはどこで修業してたの?転生者なのに勇者じゃないのは珍しいわね…なにかしたの?」

「何もしてないよ、育ったのは千年樹海で…」

「千年樹海!?あの北大陸を阻む壁の一つじゃない!」

 アリアは椅子から身を乗り出して言った。

「あそこは未知の化け物とか、幽霊が沢山いるって噂で王国が手を出していないほぼ未開地なのよ!」

「そんなに悪いところじゃなかったよ。師匠もいたし…」

「その師匠の名前は?」

「セロハ、それ以外は知らない」

「セロハって何処かで聞いたことあるのよねぇ…どこだったかしら。でもレン、可笑しいと思わない?」

「何が?」

「国礼祭は勇者とその親族しか出られないのよ?あなたは勇者のローブを着ているけれど、元の持ち主はそのセロハって人になるわけ?」

「そうだと思う…けど」

「セロハは何者なの?勇者なら、なぜそんな場所に住んでいるの?」

「それは…」

 確かに師匠の正体は分からない。あれだけ師匠と長く暮らしていても、師匠セロハに関しての情報はゼロだった。

「そういえば、メイド教会のお館様って人が、師匠について何か知っているかもしれない」

「じゃあ聞きに行きましょうよ!時間はたっぷりあるんだから」

 アリアは目をキラキラさせてレンを見つめている。

「分かったよ、メイド教会にいけばいいんだよね?」

「そうよ、着いたら私のコネでなんとかする。ああ、ワクワクしてきたわ!」

「ねえカノン、お館様っていう人はそんなに簡単に会ってくれるものなの?」

 興奮が冷めやらぬアリアを背にカノンに問いかける。

「普通は会えないですね。お館様はいつも忙しそうですから。私がレン様と出会った時は珍しいことなのです」

「しかし、アリア様のコネと私の話があれば、来て下さる可能性はあります」

「どうして?」

「私はもともと守護隊にいたという話はしましたね?。私は守護隊の中でもさらに上位の部隊に居ましたから。レン様に買われるまでずっと、お館様の警護を任されていました」

「その時に、お館様は私に一つ約束をしてくださったのです。それは…私がどこにいてもどんな時でも、必ず会って下さるという約束を」

「その約束をお館様が覚えていて下さるならば、きっと会って下さるはずです」

「分かった。船が港に着いたら、メイド教会に行こう」


 船は中央大陸の一番北の港に着いた。王都は中央大陸の南側にあり、列車に乗ればすぐに着くだろうが、アリアとの約束もあるので徒歩で目指すことになる。

 そうすると話が違ってきて、複雑な地形を進行しなくてはならないらしい。

 まず、中央大陸に着いて気付いたことは匂いだ。レンの嗅いだことのない匂い。カノンに聞くと、戦の匂いだと言われた。

 中央大陸は外交は安定しているものの、中身がぐちゃぐちゃらしく、様々な国で魔王との戦争や人民の内戦が起きているらしかった。もちろん比較的に平和な地域もあるらしい。王都がそれらしい。

 戦争が無くならなければ奴隷や難民は増え続け、次第に中央大陸も滅亡に向かうかもしれない。だから、国礼祭を開き、まずは魔王との問題を解決へと導く手筈になっているとカノンは言う。

 まずはメイド教会の支部がある、最初の町を目指さなければならない。

 北部にある比較的安全な町、ヴィスパ。クオーレイスの半分くらいの大きさで、元は城壁都市と呼ばれていたようだが、ある時期の魔王との戦争によって、勝ちはしたものの城壁の四分の三を失うという事態に陥ってからは、

 侵食都市、という呼ばれ方をするようになったらしい。アリアが教えてくれた。

 街道跡を進めばじきにたどり着くという話を港で聞き、いざ、三人の旅が始まろうとしていた。


「レン、私を名字で呼ぶのはやめてね」

「いきなりどうしたの?」

「私がフェンネル家の人間だと知れたら、一気に旅が危うくなるから。私は唯のアリアということにして。約束よ」

 アリアから至極まっとうな理由の言葉が出たことに多少驚きつつ頷く。

「ま、メイド付きで旅してるんだから、そのうち危なくなることがあるかもね」

 冗談交じりなのか本気なのか、分からない発言をしたアリアを横目に見ながら街道跡を歩いていく。

 街道跡は所々が崩れてはいるものの、崩れてなお、昔の夢の後の様だった。

「レン様、お知らせが…」

 唐突にカノンに話しかけられる。振り向こうとして止められた。

「何者かに追跡されています。数は四です」

「ぇ!?」

 大声を出そうとしてカノンに口を押えられた。

「おそらく賊ですね。この先にも待ち伏せされている可能性は否定できません」

 師匠に鍛えられていたレンの頭は恐ろしく早く冷静な判断を下した。

「潰そう。二人残してあとは始末する。僕がやるから、カノンはアリアを守ってあげて。とりあえずここで野営するふりをするんだ」

「レン様のご命令とあれば」

「二人で内緒話かしら?私にも教えてくれてもいいんじゃないの?」

 アリアが横から割って入ってきた。船でも熱心に魔法について話してくれたが、正直アリアに戦闘能力はない。戦闘時には足手まといがいいところだろう。

「ああ、ごめん。今日はここで野営しようって話をしてたんだ」

「まだ歩き出したばかりよ?早すぎない?」

 そういいつつ、アリアの顔には汗がにじんでいる。

「まだまだ先は長いから今日はここで休もう。アリア、テントを出すから設置するの手伝って」

「仕方ないわね!ま、友達だからそれくらいやってあげてもいいわよ」

 なんだかんだ言いつつ設置を手伝ってくれたアリアは、食事をとる前に寝てしまった。まあ、その方が好都合だが。

「カノン、見回りに行くふりをしてくれる?アリアは起こさないように事を運びたい」

「かしこまりました」

 小さく合図を出し合い、カノンはテントを離れた。レンはフードを被った。その少し後、如何にも悪です、といった風貌の男が二人、テントに近づいてきた。

「よお、旅人さんこんなところで野宿かい?もう少し行けば町もあるのによぉ」

「仲間が疲れてしまってね。仕方なくだよ」

「旅人さんのお仲間はどうしたんだい?」

「見回りだってさ」

「そうかい、じゃあ今は二人なわけだな…ハハ」

「どういう意味で?」

「簡単に獲物が掛かったって意味だ!二人は女しかもまだガキだ。お前だって立派なローブを着こんでいるが、まだガキみたいじゃないか…!」

「それで?」

「ずいぶん余裕ぶってるが、お仲間の女はもうつかまってる頃だぜ。お前はいらねえから殺してやるけどな!女は楽しんでから売り払ってやる!」

「あまり大きい声で喋らないでくれませんか?仲間が起きてしまうので」

「寝言は寝て言えってな!」

 レンの頭上に振り下ろされた、斧はレンの座っていた倒木に刺さっただけだった。振り下ろされる瞬間に賊の真横に移動したレンは、振り下ろすのとほぼ同時に賊の腹に一撃をお見舞いしていた。

 賊の一人が白目をむいて倒れる。まず一人。

「てってめ…」

 もう一人が剣を抜こうとしたときには既に、レンの鋭い一撃が、賊の首を捉えていた。一瞬で賊を気絶させると、器用に腕と足を縛り、近くの木に立てかける。

「レン様、ただいま戻りました」

 森の奥の方から傷も汚れも一切見当たらないカノンが姿を現した。

「もう二人は?」

「既に片付けました。大した相手ではありませんでしたね」

 この様子だと暗器も鋼線も手甲も使っていない様だった。

「よくやった。とりあえず二人捕まえたからお話の時間だ。しかしアリアはすごいね、この状況で寝てられるんだもの」

 賊が派手に大声を出したにもかかわらず、アリアは夢の中にいた。

「カノンはアリアを見ててくれ。僕はお話をしてくる」

 そう言って気絶したままの賊二人を引きずって森の奥に入っていった。


「おはよう」

 最初の挨拶はにこやかに。賊の一人を起こして尋問に移る。こいつらは命を狙ってきた。だから容赦などは掛けない。

「てっ!?」

 喋りかけた賊の顔に一撃入れる。賊は情けなく悲鳴を上げた。

「許可もなしに喋るな」

「お前、ただのガキじゃっ!」

 もう一撃、今度は腹に。人を殴るのは好きじゃない嫌な感触だ。

「ぐぅぐえ…」

 息も絶え絶えの賊に一つだけ質問する。

「お前たちは四人だったようだが、この先に仲間は何人いる?」

「…殺さないでくれぇ…!言うから」

「あと三秒、二、…」

「あと三人いる。丘の上で休んでるはずだ…!」

「本当だな、もう一人にも聞くが、嘘だったら分かるな?」

「ひっっい」

 寝転がっている賊を叩き起こした。最初はぼんやりとしていたが、状況を把握したのか顔を青くしている。

「おはよう、仲間はあと何人いる?」

「はっ…三人だ、三人いる!」

「本当だな…?」

「本当だ、命だけはたすけっ…!?」

 そう言った瞬間、レンの腕が賊の胸を貫いていた。賊は大量の血を吐き絶命する。

「なんでっ言ったじゃねぇか!なんで、ころし…て…!」

「先に殺そうとしたのはあなた方でしょう。情報どうも、では、おやすみなさい」

「まっ!!」

 そういうが早いか、賊の首はたたっ切られ地面に転がっていた。返り血を浴びる前に素早く後ろに下がったレンは手に着いた血を払い水筒の水を腕にかけ血を洗い流す。

「思った以上に、混迷としているんだな、中央大陸は…」

 しょっぱなからこんなことに巻き込まれレンは内心でうんざりしていた。アリアにこの光景を見せるわけにはいかない。


 テントの近くに戻ると、アリアが目を覚ましていた。カノンに何か怒鳴っている。

「どうしたの?アリア」

「どうしたじゃないわよ!敵が来たなら私を頼ってくれれば良かったのに!」

「起きていたのか…」

「当り前じゃない!私は自分の身くらい守れるわ!」

「正直、アリアは役に立たない。それにこんな光景を見せるわけには…」

「私だって仲間なんでしょ!友達なんでしょ!今度は私も戦うから…!レンたちだけに嫌な思いなんてさせないから…」

「アリア…分かったよ、今度は一緒に戦おう。カノン、アリア、丘の上に三人いるらしい。アノンとアリアで一人。残りは僕がやる」

「分かったわ」

「御意」

 そう言って腕を前に出す、拳を三人で合わせ、祈りをささげる。

「僕らは仲間だ。どんな闇が迫ろうと誰一人かけることなく、また巡り合えますように」

「テントをしまって、奇襲をかける。今の暗闇なら成功する確率の方が高い」

「アリアは魔法で陽動をかけてくれ。カノンはそのまま敵を分断してほしい」

「そうしたらさっきの打ち合わせ通りに」

 アリアとカノンは静かに頷いた。暗闇の中こっそり丘の近くに潜伏する。情報通り賊が三人いる。一人は寝ていたようだが、もう二人は起きて酒盛りをしている。

「じゃあ、行くぞ!アリア!」

「まっかせなさい!炎弾!」

 アリアの腕に魔法の円が現れ、賊に向かって放たれる。賊の間近に着弾した炎の弾ははじけ飛び、賊たちは慌てふためく。

 カノンが素早く突貫し、一人の首を掴みへし折った。

 レンは横から接近し、賊の一人に組み付いた。賊が剣を抜くより早く、賊のナイフで首を切った。弾けるように噴き出す血を賊の体で防ぎながら、もう一人に近づいた。

 その時、雲に隠れていた月があたりを照らした。残っていた賊はまだ子供だった。

 腰を抜かしているのか、地面にへたり込んでいる。レンの思考が一瞬鈍り霞む。子供が剣を引き抜きレンへと迫る。

「レン様!!」

「レンっ!!」

 カノンとアリアの声が聞こえた。周りの景色がスローモーションになる。ゆっくりと刃先が自分に向かってくるのは分かる。体が動かない。

「ツッ…!」

 一瞬の出来事だった。師匠によって鍛え上げられた体は意志に関係なく驚くほど速く反応して剣を躱し、子供の胸に掌底を叩き込んでいた。

 子供は微かに血を吐いて、そのまま動かなくなった。

「僕は、子供を殺した…」

 虚無感がレンの心と体を支配した。後悔。他に道はなかったのか?どうしようもなく身勝手な考えだった。彼らは仲間を殺そうとしあまつさえ売ろうとした。

 それでも、まだ子供を…冷たい現実がレンの心を沈めていく。

「レンッ!!」

 パシィと、アリアにビンタを貰った。少しだけ心が現実へと戻る。アリアはそっとレンを抱きしめた。

「あなたは十分やったわ。私を守ってくれたじゃない」

「でも、僕は…」

「でもじゃないの!貴方はやるべきことをやってくれたわ、それだけで十分なの。だから自分を責めないで」

「アリア…」

 カノンが二人を包むように抱きしめた。

「レン様、これが世界なのです。時に残酷で、時に美しい。貴方の決断は決して間違っていないのです」

「カノン…」

 二人の献身に心を包んでいた鉄が剥がれる音が聞こえた気がした。

「うう、うわああああああ」

 涙が溢れていた。今までの全てに対する、今のレンの答えだった。

「大丈夫、私たちはここにいるわ。全部自分で抱え込まなくていいの…友達でしょ?」

 アリアの言葉にレンは助けられた。救われたのだ。

「ありがとう、アリア、カノン…もう大丈夫」

 涙を拭いて立ち上がる。こんな所で止まるわけにはいかない。

「僕は大丈夫だ、心配かけてごめん」

「全くレンは私がいないとダメダメなんだから!」

「フフ、その通りみたいですね」

 アリアとカノンが言った。その通りだとレン自身も思っていた。

「先へ進もう」

 三人はまた歩き出した。


 侵食都市ヴィスパにはお昼ごろ着いた。前情報通り、城壁が半分以上削れている。この町は、冒険者ギルドの約定があるらしく、侵攻不可条約が定められており、中央大陸内では中立エリアに定めらてれいるようだった。

 別に壁がなくなったからって人民に害があるわけではないので、ソコソコ栄えているようだった。

 アリアに引っ張られるように食堂に入り、料理を注文する。運ばれてきた料理をアリアは美味しく平らげ、満足げに店を出た。

 メイド教会の支部は広場より少し離れた場所にあった。クオーレイスより見た目がきれいな建物は、見せかけでしかない。実際は転移ゲートと同じもので、どこにあるか分からないメイド教会の本拠地につながっているそうだ。

 今度は三人で支部の入り口を開けた。やはり王宮のような場所につながっていて、様々な人種が行きかっている。アリアがきょろきょろとあたりを見まわしていると、黒服の男が近づいてきた。

「メイドをお探しですか?、それならば…」

「メイドじゃないわ、お館様に会いたいの。私はアリア・フェンネル。私が会いたがっていると伝えてくれるかしら」

「私はカノン・グレイスメール。お館様との約束をここで消費します。どうがお伝え願いますか?」

「……かしこまりました、少々お待ちください」

 黒服の男はその場を離れどこかに行ってしまった。それから数分後、執事服のように加工されたメイド服に身を包んだ白髪の少年が歩いてきた。

「久しぶりだねカノン。新しい主は、どうだい?」

「アレン様、お久しぶりです。お忙しい中答えて下さりありがとうございます」

「初めましての人がいるね。僕はアレン・グレイスメール。守護隊のメイド長をやっている者。どうかよろしくお嬢様」

「よろしくなのだわ!」

 アリアに深くお辞儀をしたアレンはレンの方に向きなおる。

「君とはあの時以来だね。元気だったかい?」

「はい。カノンとは仲良くやっています」

「それは良かった。カノン、お館様は君たちに会って下さるそうだ。今から案内するから着いてきてくれないか?」

「分かりました。さあ行きましょうレン様、アリア様」

 王宮の通路のような場所を歩きながらアリアはアレンに質問をぶつけていた。

「では、アレンさんは守護隊とやらのトップなのね?」

「はい。一応ですが、ね」

 苦笑しながら答えるアレンは少し楽しそうだった。

「アレンさんはどのくらい強いのかしら?

「そうですねメイド長でいえば、上から二番目です。自分で言うと恥ずかしいですがね」

「そんなにすごいの!?素晴らしいわ。機会があったら戦っているところを見せてもらえないかしら?」

「お館様の許可が下りればいつでも」

「楽しみにしてるわ。ぜひその時はよろしくね!」

「はい」

 そうこうしているうちに大きな扉の前まで来た。アレンは扉の前で一度止まった。

「この先にお館様がいらっしゃる。どうか失礼のないように」

 扉が開かれるとそこには二人のメイドに守られた優男風の男がいた。お館様だ。穏やかな顔をしている。

「カノン、元気そうで何よりだ。そこにいるのはレン君とフェンネルのお嬢さんだね」

「一体何の用かな?」

「師匠…いえ、セロハの秘密を過去を教えていただきたいのです」

 レンが一歩前に出て答える。

「それが何に繋がる?答えを知って君が絶望しないとは限らないが」

「それでも知っておきたいのです」

「ふー、仕方ないな。君の旅仲間にも聞かせるかい?それとも席を外してもらうかい?」

「彼らにも聞かせてください」

「分かった。少し長くなるから椅子にでも座りなさい。カノン君もだ」

 三人を椅子に座らせ、お館様は手を組み話し始めた。


「まずこの世界における勇者の定義から説明しようか」

「純正と疑似、この世界に存在する二種類の勇者。純正とはこの世界に生まれた本来の勇者を指し、疑似とは異世界より現れた作られし勇者を指す」

「魔王を討つものは総じて勇者という呼ばれ方をする場合もあるがね…」

「今現在この世界は神々によって疑似が溢れた状態にある。逆に純正はワザと生まれにくくされているんだが…セロハ、彼女は特別な勇者だった」

「師匠が…勇者…」

「そう、彼女は純正の勇者。初代勇者の再来と言われた現時点では最強だった人間だ」

「ここからは過去の話。セロハは自分が所属していた王国を滅ぼしている。その時点でセロハは総ての勇者の加護を失った。さらにもう一つ問題ができてしまった。分かるかいレン君」

「まさか、師匠は魔王指定を受けている、と?」

 信じられない。師匠が魔王?

「正解だ。セロハは今現在冒険者ギルドから魔王として登録されている。千年樹海の化け物としてね」

「君が着込む勇者のローブは本来彼女の物だろう。レン君、君は彼女と過ごした結果、勇者の力が少しだけ流れ込んだようだね。私が見るに君の半分は勇者だ」

「君ならば、あるいは、彼女の救いになるかもしれないね…」

「救い?」

「彼女が望むものは、死、だ。彼女は君に殺されたがっている」

 嘘だ。嘘だ。嘘だ。

「…だ…嘘だ!そんな、じゃあ、僕に師匠を殺せというのか!」

 動悸が止まらない、体中を悪寒が走っている。

「そうだ、しかし君だけでは到底かなわない。だから、君を国礼祭に出して、ほかの勇者たちの協力を得られるようにしたのだろう」

「僕は、信じない」

「……」

「僕は師匠を信じている。師匠は人を殺したりなんかしない。魔王なんかじゃない」

「……」

「もし師匠が魔王なら、僕は救う道を選ぶ」

「勇者でもない君が、かい?」

「僕は勇者なんて大それた存在じゃない。それでも誰かを助ける力はある筈だ!誰かを想い、誰かを愛し、誰かを救う力が!」

「驕りだな」

「そうだとしても、僕を育て、愛してくれた人を僕は!……だから僕は、師匠を救う」

「そうか…決意は固いんだね」

 無言で頷くレンを見てお館様は真剣な顔になった。

「…方法はある。まあ所謂最終手段だがね」

「!!」

「でも、今の君には教えられない。君は君自身で救う方法とやらを見つけてみたまえ。もし、それでも方法が見つからなかったときだけ、もう一度ここに来なさい」

 お館様はそう言って後ろを向いてしまった。

「話は終わりだ、出て行ってくれ」

 三人は促されるまま部屋を後にした。また、アレンの案内で通路を進んでいる時に、カノンが言った。

「お館様は噓を言う方ではありません。ですが…セロハ様の事は…」

「師匠には直接聞きに行く。でも今はその時じゃない。今は王都を目指すんだ。国礼祭にでてその後決める」

「師匠を救う何かが必ずある筈だ、だから僕はそれを必ず見つける。この旅の中で、必ず」

「私ももちろん協力するわ。なんたって友達が困っているのだから」

「私も、出来る範囲でご協力いたします」

「ありがとう、二人とも」

 レンは心からそう言った。

 出口の近くに着いたときアレンが口を開いた。

「ただのメイドの独り言としてお聞きください。国礼祭に出るのならば、勇者エリアスに会いなさい。青い髪が特徴的な青年です」

「エリアス?」

「現時点、ある意味で最強の勇者です。魔王を討伐ではなく和解し双方の被害を最小限に抑えている勇者です。彼ならば魔王指定の解除方法を知るかもしれません」

「これは僕のたわごとです。信じるも信じないもあなた次第ですが…」

「いえ、ありがとうございます」

「あなたの決断が誰かを救うことを祈っています、ご武運を」

「ありがとうございました」

「カノン、しっかりと主様を護るのですよ」

「はい!」

「ではまた、次の出会いが平穏であらんことを」

 そう言って扉を開けたアレンに別れを告げ、ヴィスパに戻ってきた。

 これからやることは二つ。国礼祭のために王都を目指すこと。そして師匠を救う方法をこの旅の中で見つけること。

「さあ行くぞ、気張れ、レン!」

 ぐっと気合を入れて前を見据える。これからが本当の旅の始まりだ。


 レンは力強く一歩を踏み出した。


 願わくばこの旅の先に奇跡があることを願って

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