第34話 合流

 ローウェンに続いて大木のうろの中に入ると、中は大きな空間になっていた。地面には大きな木の板が並んで置いてある。ローウェンが屈んで板の一枚を横にずらすと、その下には大人二人くらいは通れそうな大きな穴が開いていた。穴の奥からは微かに光も漏れている。縦に掘られた穴の側面には、出入りがしやすいように縄ばしごが掛けられていた。ローウェンは迷いなく縄ばしごを伝って穴の底へ降りていき、グレイルとクルスも後に続いた。


 大穴は縦に伸びているのではなく、横に掘られていたようだ。縄ばしごをつたって穴の底へ降りると、目の前に広がるのは巨大な空間だった。両方の壁には等間隔に松明が取り付けられており、穴の中を明るく照らしている。まるで洞窟だ。グレイルも背は高い方だが、それでも十分天井との間に空間があるくらいには大きな穴だった。

 明るく照らされてはいるものの先の見えない空間を、ローウェンについて奥へと進んでいく。より深く潜っていくと同時に、ガヤガヤと騒がしい声が大きくなっていった。

 なおも歩を進めていくと、突き当たりで巨大な空間に出た。まるで太陽の下にいるかのように明るい光、活気ある騒がしい声、金属と金属がぶつかり合う音。地下にかけて吹き抜けのように巨大な空間が広がっており、壁沿いに螺旋状に道が作られているその光景には見覚えがあった。


「ここは……ドワーフの集落か?」

「そうだ。ただ、ここは俺達がよく行っているあの集落とは別の場所だ」


 驚きの声をあげるグレイルに、ローウェンが答える。ちょうどその時、一人のドワーフがちょこちょこと壁沿いの道を登ってこちらに向かってくるのが見えた。背丈は小さいがしっかりとした体躯に長いあごひげ。人の良さそうな丸い瞳は、グレイルもよく見知った顔だった。


「あなたは……ギークさん?」

「よぉ、久しぶりだな。やっと黒狼くんに会えて良かったなぁ村長さんよ」


 ギークが白い歯を見せてニカッと笑う。考えてみれば、セヴェリオ達に群れを乗っ取られてからドワーフの人達にも会えていなかった。久しぶりに顔馴染みの姿を見られたのは嬉しいが、なぜ彼が見ず知らずのドワーフの集落にいるのかはわからない。何がどうなっているのかいまいち理解ができずに混乱しているグレイルを見て、ローウェンが「下に降りながら話すよ」と笑いながら返した。


 三人と一人で壁沿いの道を歩き、集落の最深部へと降りていく。ゆるゆると地下へ向かう下り坂を歩きながらローウェンが口を開いた。


「あの後……レティが俺達を逃がした後、俺とレベッカはすぐにドワーフの集落へ向かったんだ。彼らに迷惑はかけたくなかったんだが、それでもやはりレベッカへの負担を減らしたかったからな」


 壁に連なる松明の光にローウェンの横顔が照らされる。彼の目の下には濃い隈がハッキリと浮かんでいた。


「集落へ着いて、真っ先にマルタさんとギークさんに事情を話した。俺が新しく隠れ場所を見つけるまで少しの間、かくまってほしいと。そうしたら、ギークさんが別の集落へ話をつけにいってくれたんだ。ここは真っ先に敵に狙われやすい場所だろうから、身を隠すなら別の集落にいた方が良いと」

「なるほど……確かにここであればセヴェリオ達に見つかる可能性は低いな。だが、よく他の集落のドワーフ達が了承してくれたな。狼の問題なんて、ドワーフ達から見たら無関係のことなのに」

「ああ。そこから先は俺が話そう」


 ローウェンの隣を歩いていたギークが会話の主導権を引き取る。


「俺達ドワーフは集落同士で繋がりがあるんだ。住む土地や山によっては採れる鉱石も鉱物も違ってくるからな。たまに近くの集落同士で鉱石を交換したりもする。あとはまぁ、集落の中で血を濃くしすぎない意味合いもあるな。現に俺は元々ここの集落に住んでいたドワーフなんだが、マルタと結婚して今の集落に移ったんだ。まぁここはどうでもいい話だな」


 ギークがちょこちょこと懸命に足を動かしながら歩く。三人の狼達は、ギークが話しやすいように少しだけ歩くスピードを緩めた。


「そこの村長さんが血相を変えて飛び込んできた時は何事かと思ったよ。おまけに奥さんには赤ちゃんがいるってんだからビビったのなんのって。しかも事情を聞いてみれば村の大危機じゃねぇか。だからとりあえずここの長老に狼二人を預かってもらうように頼んだのさ。ここの長老は俺の親戚だからなぁ。あ、俺は普段はマルタの所にいるんだが、たまに狼二人の様子を見に実家こっちに来てるんだ」


 ギークの話にグレイルもやっと状況を理解した。確かに自分達狼は他種族との交流を持たないこともあり、ドワーフの文化をよく知らない。ローウェンを確実に殺すためにセヴェリオ達が追っ手を放ったとしても、まさか彼らが他のドワーフの集落にいることは考えつかないだろう。ギークの機転に、グレイルも改めて感謝の礼を述べた。

 そうこうしているうちに地下の最深部までたどり着き、三人は足をとめた。地面を縦に貫く吹き抜けの空間、燃え盛る大きな炉、あちらこちらでドワーフ達が鉄を打ったり石細工をしている姿が見える。見知った顔はいないが、普段見慣れているドワーフの生活がそこにはあった。

 グレイルがその光景に見とれていると、ローウェンが笑いながら肩を叩いてきた。


「ほら見ろよ。久しぶりの再会だ」


 ローウェンが指を差す方に目をやり、ハッと目を見開く。壁一面に設けられた穴──彼らドワーフのすみかだ──から、真っ赤な髪の女性が足早にこちらに向かってくるのが見えた。


「レベッカ!」

「グレイル! ああ良かった。無事だったのね!」


 また少しだけ大きくなったお腹を抱えるようにしてレベッカが駆け寄ってくる。ほんの数ヶ月会っていないだけなのに、なんだか久しぶりに彼女の姿を見た気がした。レベッカはグレイルに近づくと、キョロキョロと辺りを見回す。


「あら。レティリエは一緒じゃないの?」

「いや、ここにはいない。だが彼女も安全な場所にいるよ」

「そう。まぁあなたが一緒なら大丈夫だと思っていたけれど」


 レベッカがにこやかに笑ってグレイルを見上げる。実力者であるならそれくらいはできるでしょう? と言わんばかりの挑発的な視線だ。けれども、その目は安堵と喜びの輝きに満ちていた。おそらく緊急事態だからこそ、普段通りに振る舞うことでローウェンを精神的にも支えていたのだろう。相変わらずの彼女の態度にグレイルも軽く微笑む。


「レベッカ達が無事で良かったよ。体調にはかわりないか?」

「ええそうね。彼らには随分と良くしてもらったわ。本当に感謝してもしきれないくらい」

「そうだな。全てが片付いたらきちんと礼をしなければ……とりあえず長の無事が確認できたことだし、これから他の仲間も探そう」

「あら。それについては解決済みよ。私の夫をなめないでくれる?」


 グレイルの言葉に、レベッカがニッと口の端を持ち上げる。彼女の傍らで照れたような表情をしているローウェンを一瞥いちべつすると、レベッカは集落の奥へ声をかけた。


「皆ー! グレイルが来たわ!」


 よく通る声が地下集落に響き渡る。と同時に奥から足音が聞こえ、長い黒髪をなびかせて一人の女の子が走ってくるのが見えた。


「グレイル! 久しぶりね」

「ナタリア! お前もここにいたのか!」


 いの一番に駆けてきたのはナタリアだ。だが、確か彼女は選別の際に村を追われ、クルスと離ればなれにされていたはずだ。驚いてクルスの顔を見ると、彼はナタリアの腕を取りながらローウェンを指差した。


「ローウェンが見つけてくれたんだ。ナタリアだけじゃない。他の皆も彼が見つけてくれたんだよ」


 クルスが微笑みながら、ナタリアが来た方を指差す。ガヤガヤと複数が話す声と足音が聞こえたと思うと、次の瞬間には村から追放されたと思われていた仲間達が次々と姿を現した。


「グレイル!」

「テオ!」


 涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、押し倒さんばかりの勢いで抱きついてきたのはテオだ。相変わらずのお腹の肉がグレイルを圧迫するが、それでもこの数ヶ月の心労で少し痩せたようだ。テオだけではなく、村を追われたと思っていた仲間もいて、グレイルは驚きの表情でローウェンを見た。


「ローウェン、これは、お前が集めたのか?」

「まぁな。俺もビビって隠れてた訳じゃねぇんだよ」


 ローウェンが得意気に鼻を鳴らす。

 彼の話をまとめるとこうだ。ギークがここの集落へ話をつけにいっている間、ローウェンとレベッカはマルタの元で数日間世話になっていた。その間に、傷ついた仲間達が何人か駆け込んできたらしい。彼らの話から群れが分断され、追い出された仲間が散り散りになったことを知ったローウェンは、一先ずこの集落へついたその日から仲間探しへ奔走していたそうだ。散り散りになってしまった仲間を全員探しだすのはなかなか困難だったに違いない。だが彼はやり遂げたのだ。少しだけ照れたような表情で笑う彼を見て、グレイルの胸も熱くなった。


「ローウェン、やっぱりこの群れの長はお前しかいないな」

「それは俺が無事に村を奪還した時にもう一度言ってくれよ?」


 ローウェンがニヤリと笑ってグレイルに拳を差し出す。グレイルも拳で返すと、そのまましばし仲間との再会に浸った。

 


 仲間達との再会を果たした後、グレイルはすぐに地上に出てエルフの里へ向かった。里を出てから数日経っているので、さすがにレティリエも心配しているだろう。一刻も早くこの朗報を伝えたくて、森の中を風のように駆け抜ける。

 エルフの里まであと少しという場所で、森の中でレティリエがイリスやフェルナンドと一緒に薬草を摘んでいる姿が見えた。声をかけるより先に、匂いで気づいたレティリエがパッと振り向く。


「グレイル!」


 レティリエが嬉しそうな顔で駆け寄り、胸元に飛び込んでくる。そのまま首にぎゅっと抱きついて黒い毛並みに顔を埋める彼女に、グレイルも優しく鼻をすり寄せた。


「本当にグレイルなのね! 無事で良かったわ! 怪我したりしてない?」

「ああ。この通り何もない」

「良かった……ずっと心配してたのよ」


 レティリエが目に涙をためながら見上げてくる。随分と彼女に心配をかけてしまったようだ。今すぐに抱き締めてやりたい気持ちに駈られたが、今はまだやることがある。グレイルは前足でそっとレティリエの体を引き寄せ、狼姿のまま彼女の耳元に口を寄せた。


「レティリエ、ローウェンを見つけた。北の方にあるドワーフの集落にいる」

「本当に? レベッカも?」

「レベッカも無事だ。村を追い出された者達もいる。ローウェンが見つけてくれたみたいだ」


 グレイルの言葉に、レティリエがパッと破顔して目尻の涙を拭う。さすがグレイルね、と労るように微笑む彼女に、グレイルも少しだけ誇らしい気持ちになった。


「詳しいことは道中に話す。ひとまず皆の所へ行こう。背中に乗ってくれ」

「うん、わかったわ」


 レティリエがこくりと頷いて彼の背に乗ると、それまで二人の背後で成り行きを見守っていたフェルナンドがゆっくりと立ち上がった。


「待ってくれ、僕も行こう」

「あなたも?」


 レティリエが驚いてフェルナンドの顔を見ると、彼は薬草が入った籠をイリスに渡しながら微笑んだ。


「北の方の集落だろう? ちょうどいい。あそこは僕たちも取引をしている場所だ。ちょうどそろそろ新しい薬を持っていこうとしたところだったからね。僕も支度をしてくるから待っていて」

「え、ええ。わかったわ」

「助かるよ。ありがとう」


 そう言うと、フェルナンドは金糸の髪をさらっとなびかせながら立ち去って行く。イリスも手伝いの為に彼の背中を追っていった。もしかすると、気を効かせてくれた意味合いもあったのかもしれない。

 その場に残されたレティリエとグレイルは、暫しの間二人だけで再会の喜びを分かちあった。

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