第10話 戦いの後で

 無事に敵を追い払ったレティリエ達はドワーフを連れて門へと近づいていった。門の後ろには大勢の狼が集まっており、外の様子を不安な表情でうかがっている。レティリエ達が門をくぐると、狼達が一斉にどよめいた。


「おい、お前らは無事なのか? なんでここに入ってこれたんだ?!」

「外にいたやつらはどうなった?!」

「もしかしてお前らが追い払ってくれたのか?!」


 彼らの質問に答える前に、前方からローウェンが大急ぎで二人のもとに駆け寄ってくるのが見えた。後ろには大きなお腹を抱えたレベッカもいる。ローウェンは二人のもとにたどり着くと、深々と頭を下げた。


「レティリエ! グレイル! 本当にすまない。完全に囲まれて手も足も出なかったんだ。お前らがいなかったらどうなっていたことか……!」


 ローウェンが悔しそうに顔を歪める。彼は村を守る長として、何もできなかった自分を悔いているようだった。グレイルがローウェンに近づき、労るようにその肩に手を置く。


「今回はなんとかなったが……今後同じようなことがあるのを想定して何か対策を考えないといけないな」

「ああ、俺達は平和ボケしすぎていた。ある程度の備えはしていたつもりだったが、今回みたいにまるで歯が立たないようじゃ意味がない。俺の責任だ」


 グッと歯を食い縛り、悔しそうに眉根を寄せるローウェンを見て、グレイルが静かにかぶりをふる。


「ローウェン、責任があるのは俺も同じだ。村を守る者としての危機意識に欠けていた。同じ二の轍を踏まないよう、これからは俺も警戒を強めよう」

「ああ、それにはまず狼の戦いについて知識を増やす必要があるな。他の群れからやってきた奴から話を聞かねばならん。一人心当たりがあるんだが……」


 言いながらローウェンはグレイルの後方にいるドワーフ達に視線を向けた。それぞれの武器を手に持ったまま、静かに狼達の喜びを祝福している彼らを見て、ローウェンの口許がほころぶ。

 自分達より小柄で機動力もない種族。それでも友の為に全力で戦ってくれた彼らに、尊敬と感謝の念が胸中を満たす。砂と泥まみれになっている彼らの姿を見て、ローウェンがふっと息を吐いた。


「まずは彼らを労うことが先決だ。とりあえず今は何も考えずに勝利を祝おう。皆に宴の用意をしてくるよう伝えてくれ」


 そう言うと、ローウェンは村の代表として礼儀を尽くすために、ギークの元へと歩いて行った。




 その夜。

 狼達に協力してもらったドワーフをねぎらう為に、村では宴会が開かれた。村の中心地に肉や野菜、果物をふんだんに使った料理が思う存分振る舞われ、その豪勢さは豊寿の祭と変わらない程だ。

 あちこちで焚き火が炊かれ、狼とドワーフが一緒に腰掛けながらご馳走に舌鼓をうつ。ドワーフ達は大喜びで酒を飲み、珍しい料理を思う存分食べられたようで満足していた。

 レティリエとグレイル、ローウェンは太い木の切り株に座りながら焚き火がはぜる様子をじっと眺めていた。無言で待っていると、やがて草を踏む音がして、一人の人狼が姿を現す。


「わり、遅くなっちまった。ドワーフの工具についてちょっと話し込んじまってよ」

「ああ、悪いな、テオ。そこに座ってくれ」


 現れたのはテオだった。ローウェンが近くの丸太を指差すと彼はうなずいて腰かける。妻の手料理が一番だと言っていた新婚の彼はまた一段と丸くなったのか、座る際に腹の肉がたぷんと揺れた。

 テオが座ったのを確認すると、ローウェンが身を乗り出して彼に向き直る。


「テオ、今回俺達が窮地に追いやられたのは、圧倒的な戦力と経験値の差だ。俺は小さい頃からこの村で育っているが、こういった争い事に巻き込まれたのは初めてだ。俺達は、狼同士の戦いについての知識が不足している」

「それで俺が呼ばれたってわけか?」


 テオが言うと、ローウェンがうなずいた。


「テオ、確かお前の両親は別の村からやってきたはずだよな。他のやつらにも話は聞くが、まずはお前から聞きたい」

「う~ん俺も小さい頃の記憶だからあんまり覚えてはいないんだが……」


 テオが腕組みをしながらうなると、レティリエが不思議そうにテオを見た。


「テオのご両親は別の村から来たの?」

「ああ。俺が小さい頃にな。狩りに失敗してもうとっくに死んじまってるけど。まぁ俺を見てもわかるように、俺の両親は力に恵まれなかった。どこにいってもあんまり歓迎されなくて苦労したみたいだな」


 テオが恥ずかしそうにポリポリと頬をかく。だが、その瞳は切なそうに揺れていた。


「俺の両親が生まれた村はそんなに規模が大きくなかったらしい。だからこそ力の差が明確で、弱い狼だった二人は居場所がなく、番になった後に群れを出た」


 いつもの明るい表情とはうってかわって、テオが悲しい表情で炎を見つめる。力を持たない狼がどのような目を向けられるかをよく知っているレティリエは胸が締め付けられる思いだった。


「次にいった村では、彼らは受け入れられたらしい。相変わらず弱っちい狼だったが……蔑まれたりする程じゃなかった。立場はそれほどなかったけど、両親はいつもニコニコしていた気がするよ。そしてそこで俺が生まれた」


 一息に言うと、両手の指を絡ませながら、無言でそれを見つめる。記憶の蓋を開けて昔を思い出しているらしかった。


「でも、その幸せも長くは続かなかった。俺が多分七歳くらいの時だ。母さんに抱き締められて寝ていた俺は、誰かの悲鳴で飛び起きた。夜なのに辺りがお祭りの日みたいに騒がしかった。父さんが家を飛び出して、母さんが俺をずっと抱き締めてくれていた。その後帰ってきた父さんが言うには、長が殺されたっていう話だった」


 ポツポツと言葉を紡ぐテオの声に苦いものが混じりはじめる。


「長が殺されたということは、その群れがいた土地はもう襲撃してきたやつのものになる。勝負は一瞬でついたらしい。戦いが長引けば俺の両親は間違いなく最初にやられていたはずだから、ある意味助かった訳なんだが……群れが無くなったことでまた居場所がなくなり、俺の両親は俺を連れてまた放浪の旅に出た。いくつかの群れにいったが、弱っちすぎてひとつの所に長くはいなかったな」


 その時の辛い記憶が残っているのだろう。テオが両手をぐっと握りしめる。力を持たないがゆえに居場所を持てない悔しさは、幼心にも感じるものはあったのだ。

 ローウェンはが彼に近寄って軽く背中を叩いてやると、テオは恥ずかしそうに笑った。


「初めてここの群れに来たときは、大きな村だなぁと思ったのを覚えているよ。確かにここは獣もたくさんいるし木の実や果物も豊富だ。俺の両親はここでも相変わらず上にはいけなかったが、それでも居場所はできて喜んでた」


 テオが口をつぐみ、ふっと息を吐く。


「俺の両親がここにいられることができたのは、恥ずかしい話だが俺達以外にも弱い狼がいたからだ。もちろん肩身は狭いが、他にも同じ立場の狼がいるというのは、自分達の劣等感を少しだけ薄めてくれる。裏を返せば、この群れは弱い狼を受け入れられるくらいの余裕があるってことだ。今までここが争い事に巻き込まれなかったのは、わざわざ奪い取らなくても、この群れに入るだけで恩恵を得られるからかもしれないな」


 狼の群れが縄張り争いをするのは、群れの食糧確保の意味合いが大きい。通常であれば、土地の資源を巡って争い、勝った者はその土地を手にし、負けたものは去るのが定石だ。だが、レティリエ達の群れは規模が大きい為に、小規模の群れであれば丸ごと受け入れられるほど余裕があるのだ。

 そういった理由からレティリエ達は運良く戦いを回避してきたのだが、今回襲ってきた群れはこの土地を奪い取るつもりだった。確かに資源が豊富とは言え、あの規模の群れを丸ごと内包できるほどではない。もう一度彼らが襲ってくるのであれば、自分達も村を守るために戦わなくてはならないのだ。

 テオの話を聞いていたローウェンが、顎に手をあてながら低く唸った。


「あいつらが狙ってるのはこの狩り場で間違いないな。だとすると、もう一度攻撃を仕掛けてくると想定して動いた方が良いかも知れん。今の話を元に、俺も対策をうっておこう。まずは今回の負傷者を回復させることが先決だな。レティリエ、お前は負傷者の世話を頼む」


 ローウェンの言葉に、レティリエがコクリと頷いて席を立つ。グレイルとローウェンはそのまま残って今後について話し始めた。


 その話し合いは夜更けまで続いた。

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