第24話 また、ずっと

 「なにこれ!」


 テーブルに置かれたのは、大きな皿に乗った、大きなハンバーガーだった。


 「あわわわわわ」


 などと、漫画でしか見ないような反応で興奮する桃井さんは、やり過ぎにしても、

僕もこれには驚きを隠せなかった。


 「うちの町の名物、巨大ハンバーガーだよん!」


 自分で作ったわけでもあるまいし、それでも地元の誇りのように、自慢げに紹介し

た。


 「これ、使うの?」


 「もっちろん!」


さらに驚いたのは、皿とは別に運ばれてきたナイフとフォークだった。


 「ほーら、早く食べましょ? 冷めちゃうよ?」


 ギザギザの刃先のナイフで器用にパン生地ごと切りながら、その切れ端をフォーク

で刺し、自分の口へと軽々運ぶ。


 「ん~、おいひ~。汚点ばっかりの地元で、海とこのお店だけは賛辞に値する

わ!」


 「んな、大げさな…。うっ、うまいいい!!!!」


 思わず声を上げてしまった。開放された窓に臨む浜辺に、噛んだひき肉から溢れだ

す肉汁のような勢いで声を上げてしまう。


 「んっ、ん!! んんんんん!!!!!」


 あまりのうまさに、桃井さんは言葉にならない声を漏らすばかりだった。






 「おいしかったね」


 「うん」


 お店を後にし、満腹になっても僕らは、あのハンバーガーの話で盛り上がる。


 「あそこのマスター、隣町の出身の人なんだけど、高校を卒業してからすぐにアメ

リカのレストランで修業して、三年ぐらいたってから、またここに戻って来たんだっ

て。


 「へえ…」


「ハワイやカリブ海なんかよりも、ここの海の方がきれいだ、なんて言って、地元の

友達から笑われてたっけ」


 おどけるように説明する彼女は、本当におかしそうに笑っていた。染められた茶髪

が、浜風になびく。


 ふと、僕は彼女のことを聞きたくなった。彼女の将来ではなく、彼女の友達のこ

と。


 父親に会いに行くのは翌日の話なのだが、彼女の中身だけでなく、人間関係など、

対外的なことも知っておいて損はないと思った。


 「そういえば、今日は、地元の友達、暇じゃないの? もしよかったら、会いたい

んだけど」


 「えっ」


 彼女は、虚を突かれたように一瞬だけ固まった。


 「ごめん、突然。あっ、でも、みんな忙しそうなら呼ばなくても大丈夫だよ。た

だ、青島さんの友達はどんな人なんだろう、ってちょっと気になったもんで…」


 何となく空気が変わったのを肌で感じた僕は、すかさずこの話を終わらせようとす

る。


 「マスターの地元の友達どうこうってとこから気になったの? 会わせたいのは

山々だけど、残念。みんな忙しいのよ。私と違って」


 彼女は再び笑ったが、さっきの笑顔とはまるで柔らかさを失った、ぎこちのない引

きつった笑顔だった。


 「あっ、カモメ! 近くで見ると、ちょっと怖いかも!」


 「確かに…」


 桃井さんも異変に鋭く察し、近くを飛んでいたカモメを素早く見つけて、話題を急

変させた。






 「はあ、また負けちゃったな~」


 夕方。


 ホテルの地下にあるボーリング場で2ゲームした後、僕たちは自室へと戻る。


 「白木、もやしみたいな体型してるからボールすら投げられないと思ってたのに、

意外と力持ちなんだね」


 「失敬な」


 青島さんの皮肉を非難する。あの、鬼コーチ蓮井君の鬼のような特訓のおかげで鍛

えられた筋力と力の入れ方が未だに感覚として残っていたのか、ボールが思うところ

に転がってくれる場面が多かった。必死こいてがんばったもんな、あの時は本当に。


 「ふぅ~、汗かいちゃった。お風呂入ろ~」


 「晩飯はホテルのバイキングだよね? 楽しみ~」


 「じゃあ、私たち、お風呂入って来るから、覗きに来るなよ~」


 「行くか!」

 軽い調子で僕をからかう青島さんは、すっかり意気投合した桃井さんと一緒に、大

浴場へと歩みだした。






 「どうしたの?」


 「いや、なんかさー」


 変な感じだった。


 家出してから、付いたのだろうか、手首と肘の関節の間くらいに3センチくらいの

傷のようなものがうっすらと見えた。


 まったくと言っていいほど、気味の悪さを覚えるほどに心当たりがない。白木の

『チカラ』というものは、どうやら本当だったらしい。


 「それ! 本当にどうしたの?」


 患部(と呼ぶほどでもない傷)を見せると、桃井ちゃんは呑気な表情から血相を変

えた。


 「いやいや大げさだって。見ての通り軽傷だし、全然痛くないから。寝てるあいだ

無意識に掻きむしったのかもね」


 「それなら、良いんだけど…」


 安堵の息を漏らす彼女。この子は本当に優しいなと感じる。出会って何日も経たな

い私のこんな傷とも呼べないような傷を、ここまで心配そうな顔をしてくれる人は、家族でもいない。


 大怪我をしても、私のことを心配してくれる人は、この町にはいるのだろうか。


 私の父親は、心配してくれただろうか。


 「ふふ…」


 「ん?」


 思わず笑みがこぼれる私に、眠そうな幼子みたいにのんびりとした顔で訝しむ桃井

ちゃん。


 「あいつはきっと、こういうところが好きなんだろうなって」


 「なにそれ?」


 「何でもないっ! 鈍感な桃井ちゃんにお湯かけちゃえ!」


 「わあっ! 急にやめてよ!」


 「いっひひ!」


 同い年の女の子にこんないたずらをするのも、生まれて初めてかもしれない。


 楽しかった。


 私にとってはこれからずっとここにいる帰郷で、彼女たちにとってはほんの短い旅

だけど、二人が嫌じゃなかったらスマホで連絡を取り続けて、そして私がいつか自由

になって、この町から出られた時には、また一緒に遊びたいな。


 「桃井ちゃん」


 「なに?」


 「この旅が終わっても、また、電話したり、手紙書いたり、長い休みの日には、今

度は桃井ちゃんたちの地元に行っても、いいかな…?」


 話す声がくぐもり、最後までちゃんと聞き取れるように言葉を出すことが出来たか

不安だった。


 「もちろん! 私もまた、ずっと、青島ちゃんと一緒にいたい!」


 「えっ…」


 予想通りだった。


 回答は。


 しかし彼女は、それを、照れることなく、何の計算もなく、嫌がりながら偽るよう

に言うわけでもなく、堂々と、それを正直な気持ちだというように言い放ったのだ。


 驚いて、しばらく口を開けなかった私を横目に、彼女は何食わぬ顔で浴場を出て行

った。

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