第16話 碌でもない天使達

「ふっ、苦戦しているようだな天使フェリス

「っ! 貴方は!?」


 そんな彼女の背中を支える様に、一人の男子生徒が現れた。


「俺の名は堕天使ルシファー。元とはいえ同胞だ。手助けするぜ」


 髪を銀色に染めているが、ちょっと失敗したのか黒い部分が結構見え隠れしていた。当然、唯一神ゆいかのような天然モノとは段違いでかなり不自然だ。右目だけを隠すように伸ばしているのも正直ダサイ。ついでに言えば右手には革手袋をしていて、あえて言うと典型的な末期の厨二病患者だ。


「おい天使ミカエル。ちょっとタイミング考えろよ」

主人公ヒーロー。俺の名前は堕天使ルシファーだ。天使ミカエルなどと言う軟弱な名前ではな――」

「そうだよ天使ミカエル君。このタイミングで出てくるには筋肉が足りないよ」

「だからな大男ビックマン。俺の名は堕天使ルシ――」

天使ミカエル伝説レジェンドを作りたいのは分かるが、空気くらいは読まないと」

「る、るしふぁー……」

「堕天使が天使を助けるとか、ワロス! デュフフフフ!」

「わ、笑うなー!」

 

 よほど自分の名前が嫌いなのか必死に名前をルシファーと呼ばそうとしてくるが、俺達はそれに付き合う気は毛頭ない。なぜならこの学校において名前で呼び合うのは校則であり、そして校則を破れば鬼教官からどんなお仕置きを受けるかわかったものじゃないからだ。


「ふ、ふん。まあいい。この俺が付いたからには冥界に住むダークネス・シャイニングドラゴンが味方に付いた位の気持ちでいるがいい!」


 そう言って自信満々に髪を掻き上げる仕草はあまり様になっていない。と言うより多分主演俳優になれるくらいよっぽどのイケメンじゃないと似合わないと思う。まあ、ドラゴンの部分にはあえて突っ込まないが、それよりも天使フェリスが不思議そうな顔で天使ミカエルを見ている方が気になった。


「ところで貴方、クラスメイトでしたっけ?」

「……え?」


 天使フェリスの一声で時が止まる。信じられないと言った面もちで天使ミカエルは周囲を見渡し、まず目に入ったのか武蔵むさしの方を向く。


「な、なあ武蔵? 君は俺の事を知っているよな?」

「………………ぁぁ。多分……」


 滅茶苦茶気まずそうに視線を逸らす。その仕草だけで武蔵が天使ミカエルを覚えていないのは明白だ。それが分かったのだろう。彼は唯一神ゆいかに視線を向けた。


「なあ唯一神ゆいか! 君なら分かるだろう。同じ高貴な名前を持った同士だもんな!」

「えーと。多分同じクラスだとは思うんだけど、すまないが覚えてないんだ。おかしいなぁ……このクラスの名前は大体覚えたと思ってたんだけどなぁ」

「ぐっは……」


 唯一神ゆいかの言葉がよほどこたえたのか、天使ミカエルは泣きそうな顔をする。それはそうだろう。ほとんど覚えたと言い切る唯一神ゆいかが覚えていないと言う事は、それだけ影が薄いと言われたようなものなのだから。


 とはいえ、別にこれは可笑しなことではないと思う。まだ入学して一月も経っていないのだ。同性ならともかく、異性のクラスメイトで覚えていない奴くらいいるだろう。それがたまたま重なったに過ぎない。少なくとも、男子はちゃんと天使ミカエルの名前を覚えてたんだから、単純に影が薄いってわけじゃないはずだし。


「くそぉ……なんで俺を知らないんだよぉ。自分で言うのもなんだけど結構キャラ立ってるだろぉ……俺だって頑張ってんだぞぉ」


 だが当の本人はよっぽどこたえたのか、必死に自分の事を知っているであろう女子を探す。だが今いる女子の誰もが天使ミカエルと視線を合わさない。多分だが、いるのは知っているが話したことがないとかそんなレベルだとは思う。


「はっ! そうだ!」


 天使ミカエルは確実に自分の事を知っているであろう一人の女子を思い出したのか、慌てて後ろの席へと向かう。真ん中の一番後ろの席には、綺麗に染めた長い金髪の女子がうつ伏せになって眠っていた。その前が天使ミカエルの席なのだが、彼の視線は間違いなくその女子生徒に向かっている。


「ってあいつは!」

「わっ!」


 その人物に気付いたのは、多分俺が一番最初だった。咄嗟に唯一神ゆいかの手を握ると、廊下へと退避する。唯一神ゆいかは何が起きたのかわからないまま、俺に引き摺られる形だが文句を言わずに付いてきてくれた。


「筋肉ダーッシュ!」

伝説レジェンドダーッシュ!」

「ロリータダーッシュ!」

「デュフフフフー!」

「貴様等のその掛け声が必要なのか!?」


 俺だけじゃない。クラスメイトのほとんどが無事に廊下へ逃げ出すことに成功したようだ。というか、こいつら結構余裕があるな。そう思っていると――


「アタシを天使エルフと呼ぶんじゃねぇぇぇぇ!」

「ぎゃああああああああああ!」

「いやああああですわぁぁぁぁぁぁ!」


 一人の少女の慟哭と共に、天使ミカエルらしき悲鳴と天使フェリスらしき悲鳴が教室から響き渡ってきた。どうやら天使ミカエルはともかく、天使フェリスも逃げ遅れたらしい。


「なんでわざわざ眠って大人しい状態の狼を起こすのか……」

「まあ、馬鹿なんだろうな」


 呆れたように俺に返答してくる武蔵は、はあ、と溜息を吐いた。周囲も納得しているし、やっぱり天使ミカエルは馬鹿だったのだと結論付ける。ついでに言えば、天使フェリスは自業自得とも言えるので、誰も助けに行こうとはしなかった。


 声の主はこのクラスでも随一を誇るであろう凶暴さを持つ少女、天使エルフ。自分の名前が余程嫌いなのか、名前を呼ばれるだけでそれはもう手が付けられないほど暴れるこのクラス唯一のヤンキーだ。彼女と同じ県出身の天使エンジェル曰く、喧嘩最強の金色狼としてその界隈では有名だったらしい。


 天使エルフはあまりに強すぎて、武器を持った武蔵ですら暴れた時は後退に専念するしかないのが現状だ。まあ武蔵の場合、余程の事がない限り女子に武器を向けないというのもある。今回の天使フェリスの場合はやり過ぎだったというわけだ。


 しかし、教室の中からは未だに悲鳴が続いている。


「触らぬおおかみに祟りなしだねー」

「お帰り天使エンジェルちゃん。ちなみに今教室に入ると危ないよ」

「ふふふー。そんなのビクビク怯えてる変態達を見れば分かるしー。どーせまた天使エルフちゃんが暴れてるんでしょ? まあ、後五分もしたらチャイムが鳴るし、そしたら春香先生も来るから大人しく待ちますよーっと」


 そう言って自然な動作で四つん這いになった守州丸マシュマロの背中に座る。どうやら足置きから椅子へとランクアップしたらしく、守州丸マシュマロはドヤ顔で俺達を見てきた。いや、別に羨ましくないし。


 どうも桜庭春香教官と天使エルフは過去に何かあったらしく、どんなに暴れていても教官の言う事だけは素直に聞くのだ。まあ、人の過去を詮索する気はないが、少しだけ気になってしまう。


 しかしこうして見ると、田中や佐藤、鈴木といった苗字のように、やはりキラキラネームにもありふれた名前というのはある。このクラスでの筆頭は当然、天使だ。


 天使エンジェルちゃんは毒を吐きつつ下僕を作る。

 天使フェリスは可愛い女に襲い掛かるレズビアン。

 天使ミカエルはかなり拗らせた厨二病。

 天使エルフは手当たり次第暴れる凶暴なヤンキー。


「……このクラス。碌な天使がいねえな」


 願うくは、他のクラスにまともな天使がいますように。そう思う俺は悪くないはずだ。


 そんな風にエルフが落ち着くか、それ以上の台風が来るのを待っていると、不意に唯一神ゆいかが凄く悲しそうな声で呟く。


「まだ、おばちゃんのお弁当食べ途中だったのに……」


 そんな声を聞いてしまった俺は――


 選択肢①――唯一神ゆいかの曇った顔なんて見たくない! そう覚悟を決めて教室へと入る。


 選択肢②――あと五分の辛抱だ。予鈴から本鈴までもさらに五分あるから弁当も食べられる。唯一神ゆいかには悪いが我慢してもらおう。


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