第6話 暴かれる本性

 四時間目の体育が終わり、男子は教室で着替えをし始める。今日の時間割は国語、歴史、数学、そして体育。五時間目と六時間目は部活動紹介なので、後は楽なもんだ。


主人公ヒーローって結構運動神経よかったんだな」

「お前が言うと嫌味にしか聞こえねえよ……」


 恐らくどの学校でもそうなのだろうが、最初の体育の時間は新体力テストだった。今日やったのは握力と長座体前屈、そしてシャトルランの三種目。


 俺自身、努力をしてきたし中学でもトップクラスだったからかなり自信があったんだが、隣で着替える化け物のせいでその自信も木端微塵に砕け散ってしまった。


 まず握力。俺はテニスしてたし、左はともかく右は六〇キロ以上あった。伊達に県大会決勝まで行ったチームのレギュラーを張っていない。が、サッカーをしてたはずの紅弾丸クダンは何故か九〇キロを超えていた。理不尽だ。


 次の長座体前屈。まあこれはそんなに差はなかった。お互い六〇を超えたくらい。


 そして極め付けはシャトルランだが、これがオカシイ。俺は一四〇回が限界だったのに対して、紅弾丸クダンは二〇〇回を超えた段階で授業終了の時間になり、体育教師に強制終了させられていた。普通の高校生一年生に出せる回数じゃない。しかもまだ余裕ありそうだったしマジで化け物だ。


 今日の俺の成績は得意分野でもあったので全て十点、つまり満点だったわけだが、結果として紅弾丸クダンには一科目も勝てなかった。


 シャトルランだって最後の三人まで残っていたし、俺の成績が悪いわけではないのは間違いない。ただ、紅弾丸クダンがどう考えてもまともな学生の数値じゃないレベルなだけだと思う。


 俺運動できますアピールとか一切しなくてよかった。してたら恥ずかしくて自殺ものだ。目立つのは好きだが、情けない姿を見せたいわけじゃないんだ。


 着替え終わると、後は授業終了のチャイムが鳴るまでクラス内で待機だ。先に食堂に行って席を確保したいのは山々なのだが、他のクラスが授業中に廊下に出てたことが桜葉教官の耳に入ったとき怖いので誰も外には出ない。


 女子の更衣室はこのクラスから結構距離があり、しばらくは誰も入ってこない。だから、今はこのクラスになって初めて、男子生徒だけの空間が形成されていた。


 そして元々馬鹿で変態しかいないやつらが調子に乗り始めるのもまた自然の理だった。


「おーし、それじゃあみんなそろそろクラス内の女子にも興味持っただろうし、ミス二組を決めようぜー!」

「「イエーイッ!」」


 黒板にノリノリで『クラスで一番かわいい女子は誰だ!』と書いた伝説レジェンドが、意気揚々と声を上げる。どうやら学校が始まって第一の伝説を創る気のようだ。


 伝説レジェンドは髪の毛にパーマを当ててチャラ男っぽい雰囲気も出していたし、今日見た限り運動神経も悪くなく、声の張りもある。多分これからのクラスのリーダー的存在になるだろうと予想出来る。


 ちなみに紅弾丸クダンは普通ならともかく、このクラスのリーダーには向いてない。運動神経は間違いなく非常識組に含まれているが、性格的に常識人過ぎるからだ。常識人には非常識軍団は纏められない。これ真理な。


 本人も分かっているのか、ミス二組を始めると言ってから興奮し始めたクラスメイト達を見て苦笑している。


 今も我こそは、と鼻息荒く己の一番を言うため愛すべきクラスメイト達は必死に手を上げていた。もちろん、その中には俺も混ざっているだが、そこは気にしてはいけない。


 教卓に立つ伝説レジェンドはノリのいいクラスに満足気に頷いて、一人指差した。名前は覚えていないが、ぽっちゃりしてて妙にほっぺたが柔らかそうだやつだ。


「じゃあ、守州丸マシュマロ

「ぼ、ぼくは天使エンジェルちゃん! あの小さくて愛らしい口から出てくる言葉で永遠に罵倒されたいんだ!」


 まさかの初っ端からドM発言。ちょっと照れながら言うのが凄くリアルだった。


 だが守州丸マシュマロの変態発言を聞いてもドン引きするのはほんの数人。むしろ何人かは同調しながらうんうんと頷き、そっと上げていた手を下げる。どうやら同じ意見だったらしい。他は大体スルーして手を上げ続けていた。


「ほい、天使エンジェルっと。もっかい天使エンジェル推しの奴だけ手上げて。おっけー六人な。んじゃ次は……」


 伝説レジェンドもドM発言を聞いても一切気にした様子を見せずに黒板に天使エンジェルの名前を書くと、すぐ次を指名しようとする。守州丸マシュマロの言葉に突っ込み一つ入れずに話を進めるその姿こそ、伝説レジェンドも変人組である証拠だ。


不可思議光線ふかしぎこうせん。お前は?」


 指名されたのは髪の毛をボサボサに伸ばしてちょっと不健康そうなやつ。ガリガリの体をしているが、眼鏡の奥の瞳は鋭い。てか不可思議光線って、人の事は言えないけど親は何のつもりで付けたんだマジで。


「でゅふふ……我は紅瞳ウサギ殿でござる。あのいつも泣きそうな顔をさらに怯えさせてやりたいもんですなぁ……こうペロペロっと……でゅふっ」


 もはや退学にした方がいいんじゃないだろうかと思われる発言だ。だがこの程度の発言で一々気にしてたら大変なので俺はスルー。


 だがどうやらスルー出来ないやつもいたらしい。顔を真っ赤に染め、怒りの表情で不可思議光線を睨んでいた男子が勢いよく立ち上がる。


 眼鏡に坊ちゃん刈りという、いかにも真面目君だ。


「違うだろ! あのちっちゃい体は遠くから愛でてこそだ! ハア、ハア、紅瞳ウサギちゃんをペロペロなんてそんなこと……そんな、そんな羨ましいこと……」

「おや? おやおやおや!? どうやら雲広うんこう殿も興味があるご様子……でゅふ、どうですか今度一緒に食事でも? そして互いの性癖について語り合いましょうぞ」

「や、やめろ! そんな目で俺を見るな! 変態の道へ連れて行こうとするな! 俺は……俺は……俺はロリコンなんだー! ロリコンとはすなわち紳士! イエスロリータ・ノータッチ! イエスロリータ・ノータッチ!」

「デュフフフフフフフフ」

「ううっ!」


 不可思議光線は名前の通り変な光線を瞳から放ち、雲広うんこうを洗脳し始めた。徐々に雲広うんこうの瞳から光が消え、焦点が合わなくなっている。


「イエスロリータ・ゴータッチ。さあご一緒に」

「イ、イエスロリータ……ノー……タッチ……イエスロリータ……ゴー……タッ……」

「はいはいそこまで。女子が入ってくるまでに決めないといけないんだからちゃっちゃと進めるぞー。不可思議光線と雲広うんこうの他は? あ、紅弾丸もか。じゃあ三人だな」


 不可思議光線と雲広と同列に扱われた紅弾丸クダンは若干嫌そうな顔をしていた。まあ変態とロリコンの仲間とは思われたくないだろう。常識的に。だがこのクラスにいる以上諦めるしかないな。


 このクラスの変態度は中々だと、たった三日でわかってしまった。少なくとも初日はみんなもう少し普通な人間達だった気がするんだが、気のせいだったのかもしれない。人間自重を止めるとこうなるんだと初めて知った。あんまり知りたくなかったな。


 しかし紅弾丸クダン紅瞳ウサギ推しだったのか。てっきり藍ドルに興味があるんだと思ってたのに予想が外れたな。せっかく色々お膳立てしてやったのに。


 クラス一巨体な紅弾丸クダンが、クラス一小柄な紅瞳ウサギを襲うとかどうなんだ?


 幼女に襲い掛かる野獣……泣いて許しを請うが、そのあまりの体格差に抵抗できない紅瞳ウサギ……アリだな。


「なあ主人公ヒーロー……」

「なんだ変態ロリコン野郎」

「……それは止めてくれ」

「冗談だよ。で、何?」

「さっきからやけに張り切って手を上げてるけどよ、お前は誰推しなんだ?」


 ちょっとニヤケタ顔がムカつくな。どうやらこの友人は俺の色恋沙汰に興味があるようだが、それを聞いてからかう気か。


「あー……そうだな。誰にしよ?」

「決めてなかったのかよ! じゃあなんで手上げてんだお前!?」

「いやだってよ、俺まだちゃんと女子の顔覚えてねえし。この雰囲気に流されてつい」


 とりあえずクラスのノリに合わせて勢いよく手を上げてみたのもの、目立つことしか考えてなかったから誰に投票するか全然決めてなかったな。


 もし俺が投票する前に誰かと被ったら大変だ。このクラスの魑魅魍魎っぷりから考えると、あんまり平凡な回答をすると一瞬で誰だっけこいつ状態になりかねない。


 ふと紅弾丸クダンから視線を黒板へと移す。


 黒板には天使エンジェル紅瞳ウサギ以外にもう一人、紗冬シュガーの名前が書かれていた。ちゃんと覚えてないが、紗冬シュガーはセミロングの黒髪をカールさせ、いつも窓の外を見ているクールビューティーだった気がする。


「じゃあ次は主人公ヒーロー


 名前を呼ばれると、クラスの男子の視線が突き刺さるのを感じた。本音を暴露しながら男子トークが出来るのがよほど楽しいのか、全員ずいぶんといい笑顔だ。多分俺もついさっきまで同じような笑みを浮かべていたんだと思う。


 そして今はいかにして目立つか、その考えばかりが頭の中を巡る。


「俺は……」


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