第39話 不可解な男との遭遇

「え? ・・・あんた誰やねん?」

 肩を掴まれたリールは男に向き直った。


 どこかおかしい。


 その男を見た時、誰もが少なからずそう感じた。


 長身で細身。男性にしては少し長めの髪。色は落ち着いたブラウン。

 少年のような冷たくも儚げな瞳。

 その不可解な違和感を除けば目立った特徴こそ無い。


 魔術師を思わせる白いローブを身に纏い、隙のない腰元には短剣が二本。

 剣士なのか魔術師なのか。

 ともすればその両方を操るのか。


 いずれにせよ、こいつは危険だ・・・・・・!


「リール! 離れろ!!」

 サガンが男の背後に素早く移動した。

「ああ!」

 リールも後方に飛び跳ね間合いを保った。


 じりじりとお互いの境界がひしめく。

 男は身動ぎ一つせず、何かを探るように私たちの顔を一つずつ見ていた。


「ホノカ! こ奴、我より強いぞ!」

「ええ。私も感じるわ!」

 タオは私の後ろに隠れていた。


 最大限の警戒をしている私たちに対して、男が口を開いた。


「安心してください。争いに来たわけではありませんよ。」

 男の声は見た目に反して低い。


「そんな不可解な魔力を纏って、安心しろだなんて無理な話しだわ!」

 男は微笑を浮かべた。

「へー、あなたが聖女・・・・・・」

 どうしてそれを知っているの?

 私たちの警戒の度合いは増した。


「面白いパーティですね。特にあなた。」

 男はサガンを指差して核心を突くように呟く。



 私たちは絶句した。

 全員の頭の中に浮かぶのは『魔人グレイシード』。私たちの敵。旅の目的。

 サガンの因縁の相手。


 男は暫くサガンの表情を眺めた。何かを読み取っている。そんな感覚がした。

 いや、間違いなく、この男は何かを感じ取っているのだ。


「・・・・・・よくわかりました。どうやらあなた達と僕達は同志の様だ。こんな大陸くんだりまで出向いた甲斐がありましたよ。」

 そう言った時から男の雰囲気が変化した。

 柔らかく。寂し気に。

「どういうことなの? あなたは誰? 同志って、まさか」

 男は遮るように口を開く。

「聖女様。復活の時にあなたが現れるとは。これも運命なのでしょうか。僕の名前はヨシダ。以後お見知り置きを。」

 男は踵を返すと出口へ向かって歩き出した。

「ま、待て!」

 サガンは男の背中に手を伸ばした。

 二人の距離は遠くなく、指先がローブの端を捕えようとした。

 しかし伸ばした手は、空を切った。

 


「グレイシードの何を知っている!?」

「知りませんよ。何も。」

「嘘をつけ!!」

「・・・・・・嘘ではありません。何も知らない。いや、否定したいのですよ。奴の、存在をね」


 なんて辛そうな顔をしているの?

 あの表情、見たことがあるわ。


 そう、同じなのね。


 サガン。


 あの人は、あなたと同じなのよ。



「また会いましょう。聖女様。それと、竜族の生き残り。」


 ヨシダと名乗る男は人ごみに消えていった。





「くそ! あいつは何か知っていた!」


「サガン落ち着けよー。 なんだか悪い奴じゃなさそうだったぞ?」

 さっきまで怯えていたタオが言った。

「同志。それって、グレイシードを殺すことが目的だってことかしら?」

「あ奴も何かを抱えているようじゃったな。」


「あいつ、触れなかったんだ」

「触れなかったって? 確かにあの時、サガンの手が届いたはずだったわ」

「そうだ。あいつ、俺の腕をすり抜けたんだ」

「どうゆうことやねん? 実体がないっちゅうことか?」


 確かにあの時、サガンの腕はヨシダに届いていた。

 だけど何の抵抗もなくすり抜けたように見えた。

 あれは見間違いではないはず。


「・・・・・・人ではないのかもしれぬな」



 突如現れた特異な男の存在は、今後のサガンに大きな影響を与えることになる。

 自身よりも遥かに強く得体のしれないものが、この世界には石ころのように転がっているのだ。

 道端で魔王級の化け物に出会うことだってあるのかもしれない。


 そして『グレイシード』。奴の生存を図らずとも確認することとなった。

 私たちの目指すべき指針が、ずっと明確に現実味を帯びてくるのだった。





 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ここは王都の中心地から抜けたある路地裏。


 黒いマントの男と妖精のように華やかな少女が石段に座っている。


「おっせーぞ芳田! どこまで便所行ってんだよ!」


「面白い物が見れましたよ」

「え? 面白いものってなあに?」

 少女は大きな目を更に大きく見開く。

「そうですね。ミキちゃん。聖女って知ってますか?」

「聖女・・・ですか?」

「(ここだけの話、さっき聖女と話してきました。魔力量は井上さんといい勝負です。)」

 耳元でコソコソと囁く。

「え!? そんな人間いるんですか? バケモノじゃないですか! ミキも会ってみたかったなー」

「声が大きいですよ。ここは人族の国なんですから。」

 ミキは両手で口を覆った。

「それよりもあの聖女、日本人に見えなくも無いんですよ」

 どこから来たのだろうか。思考を読み辛かった。


「なにごちゃごちゃ行ってんだよ。ヨシダ、次はどっちだ?」

 えっとルート上だと、

「次はいよいよ最後です。目的地、『軍事国家オルテジアン』」

「やっと目的地か。よーし! 一気に行くぞ! しっかり掴まれよ」

 ヨシダとミキは井上の肩に手を置いた。


『転移魔法!!』



 瞬間、三人の姿は音もなく消えた。

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