第21話 新入生ガルボの恋

「起床ーーーー!さっさと起きろ!!」


 教官の怒号で目覚めるいつもの朝。


 外はまだまだ薄暗い。



『大魔族士官学校』に入学してから早二週間、騒がしい一日が今日も始まった。


 ベッドから飛び起きた俺たち第3班は、眠い目をこすりながら教官の待つ広場へと急いで向かう。


 起床後は、班ごとに点呼を行い教官に報告。


 入学当初は辛かったが、二週目ともなれば慣れたもんだ。



 だが今日は違う。



 整列したのは10人......いや9人しか居ない。


 1人足りない!


 誰だ!?



 点呼に遅れれば、教官のしごきを意味する”反省”が待っている。


 来ていないのは......アルマだ!


 アルマの野郎、昨晩の夜更かしで寝坊しやがった!!



「やばいよ!もう間に合わないって!!」


「連帯責任だよー勘弁してくれ......」


 みんな焦る。


 時間は報告時刻まで残り僅か。”反省”は免れそうにない。



「1人足りないようだが、どうかしたのか小僧ども。」


 ヒポイ教官がわざとらしく聞く。


 士官学校の教官たちほど性格の悪い奴らは居ない。


 ”反省”をさせようと楽しくて堪らないようだ。



「タイムオーバーだ。」



 とうとうアルマは間に合わなかった。



「全員、腕立て伏せー!!」


 俺たちは一斉に姿勢をとる。


「1!」


「いーち!」


 ヒポイ教官の合図に合わせて腕立て伏せが始まった。


「2!」


「にー!」


 起床からすぐのトレーニングに俺たちの眠気は消え去った。



 ヒポイ教官の怒号で目を覚ましたアルマが申し訳なさそうに走ってくる。


「みんなごめんよ~」


 アルマも列に加わると腕立て伏せの姿勢をとった。



「やっと起きたか家畜野郎!!きさまここに何しに来た!?」


 教官の檄が飛ぶ。ただでさえ恐ろしい顔がさらにこわばった。



「り、立派な魔族軍人になるために来ました!」


 アルマは答えた。


「時間も守れないやつが魔族軍人になれると思ってんのか!!」


「ヤーッ!」


 お決まりの掛け声だ。返事のときや挨拶のとき、いつでも通じる魔族軍人スラングだ。




 ここ『大魔族士官学校』はあらゆる魔族軍人を育成するために設立された教育機関である。


 魔大陸随一の偏差値を誇り、武術や魔術を始め、召喚術、生物学、地学、天文学、戦術学、芸術などのクラスがあり、


 真に誇れる魔族軍人を輩出する、というモットーで設立された。


 3年間の厳しい訓練を終え、晴れて卒業した先には、魔族軍人以外の道も開かれている。





 150回目の腕立て伏せが終わったところで、ヒポイ教官は飽きたかのような表情で帰っていった。



 俺たち第3班は、腕力を失った重たい両腕を引きずるように朝食に向かった。




 食堂では班員10名全員で並んで座る。


 三魔神様に御祈りを捧げると、食事に取り掛かる。


 悠長に味わう時間も無い、とにかく黙ってかっ食らう。


 しかし、今日は黙っていられない。



「アルマー!よくもやってくれたな!あれだけ夜更かしするなって言ったじゃないか!」


「ごめんよサウマン。どうしても寝付けなくってさー。」


「朝っぱらからクタクタやないかい!」



「やめろよみんな。部屋を出る前に気づけなかった俺たちにも非はあるんだ。


 それにいいトレーニングになっただろ?」



「確かにそうだな。教官はそれに気付かせたいのかも。」


「そうかー?どう見ても楽しんでたぜー。」



「案外なんも考えてへんのかもなー。」


 辛いことがあってもすぐに笑いあえる。


 寝食を共にしてきた僕たちの団結力は強い。




 慌ただしくも活気のある朝の食堂で、僕はある少女に目を奪われた。




 窓際に座る彼女の周りには、朝日が差し込んで照らした。


 そのせいで神秘的に見える彼女から目を離すことができなくなってしまった。


 真新しい制服を着ているところを見ると僕たちと同じ新入生だろう。


 士官学校にあんな美少女がいただなんて知らなかった。


 真っ白な髪の毛、桃色の肌、額からは2本の角が申し訳なさそうに伸びる。


 だがその美しさを壊すようには主張せず、先端は丸くとてもキュートだ。


 角先を指先で撫でたい。優しく、じっくりと。




 そんなことを想像していると股間が反応した。


 健康な男児だ、しょうがない。



 みんなに気付かれないように中腰で食堂を出る。



 帰り際に彼女の胸元の名札を盗み見る。ブルーの名札。


 名前までは読み取れなかったが、召喚術専攻だと判明。




 僕は授業中も彼女の名前を想像した。




 僕たち武術専攻の寮、『ゼネディク寮』は校内の端にあった。


 ゼネディク寮という名は創設者の1人、魔族界の英雄ゼネディクから因んでいる。


 英雄ゼネディクは武術の達人で、士官学校創設者の1人だとか。



 学生のすべてが男子であるため女子寮は閉鎖されている。


 むさ苦しい寮内の一滴の清涼剤となったのは、寮母さんのパリスさん。


 いつも優しくって笑顔。時には厳しくしかってくれる。


 武術専攻の学生の殆どが彼女の虜だった。



 一日の訓練を終えた僕たちは、支給品のブーツの手入れをしながら雑談に花をさかせた。


「ガルボ!」


 サウマンが僕の脇をつつく。


「なんだよサウマン。」


「最近ガルボ、何かあったのか~?」


 サウマンの顔がにやけている。


「なんもないけど?なんで?」



「何もないわけないだろ~。この色男~。お前、全然集中して無かったぞ今日一日。」


「それ俺も気になってた!」



 こいつらの勘の良さは侮れない。



「好きな子でもできたんだろー?」


「だれだよー?パリスさん?」


「パリスさんは俺のもんだよ!」


「バカ言え!俺がパリスさんと付き合うんだよ!」



「好きだとかじゃないんだけどさ。気になる娘がいる。」


 みんなは声をあげて盛り上がる。


「どこの誰だよ!?教えろよ!!」


「名前はわからない。でも『召喚術専攻』の娘。今朝、食堂で見かけたんだ。」


「そうかそうか!とうとうガルボも男になったわけだな!」


「武術特待生、真面目一徹のガルボが、ついに恋とはね~。」


「今夜はお祝いだよ!隠してる酒があるんだ!飲もうぜー!」


「アルマ!次寝坊したらしばくからな!」




 仲間に彼女の事を話してから、もっと気になるようになってしまった。


 四六時中、彼女の事ばかり考えた。


 何をするにも気になった。


 毎朝起きるのが楽しみで眠る。


 食堂で見かけると嬉しくて、だけど悲しい気持ちにもなる。




 みるみるうちに成績は下がり、訓練にも身が入らなくなっていた。


 毎朝見る、彼女の横顔だけが僕の癒しになっていた。



 彼女がどんな朝食を食べているのか毎日チェックした。




 どうやら野菜好きで、お肉は苦手らしい。かわいい。


 今日は赤い髪留めをしている。白い髪に映える。かわいい。


 週の初めは眠そうだ。おおきなあくびを手で隠す。かわいい。


 友達と談笑をしている。笑うとえくぼができる。かわいい。


 夏場は少し汗ばんでいる。額に前髪が張り付く。かわいい。



 白鬼族の召喚術師テレサ。



 それが彼女の名前だった。


 僕はこんなに思っているのに、彼女は僕の顔さえ知らない。


 彼女の世界は回り続ける。僕を置き去りにして。



 ”えくぼは恋の落とし穴”


 僕は恋に溺れていた。




 そんなこんなで、訓練に集中できない僕は、ヒポイ教官の一撃に受身が取れずに頭を強打、医務室に向かうことに。


 ふらふらと医務室に向かう僕は、暑さもあってか途中で倒れてしまった。


 倒れた拍子に用水路に落下。



 あ、これはまずい。


 周りに人影はない。


 このまま誰からも見つからず......



 そう思ったとき、僕の意識は遠くなっていった。







 目が覚めた時、僕は医務室のベッドの上に居た。


 酷く喉が渇いている。


 虚ろな目で飲み物を探す。


 しかし体に力が入らずよろめく。


 近くにあった何かに掴まる。温かい。それに柔らかくて、汗のにおいが混じったとても甘い匂いがする。


 目を瞑ったまま甘い匂いに身を委ねていた。危険な、病みつきになる、そんな感覚。



 何かに抱き付いたまま目を開くと、だんだんと視界が晴れてくる。



 そうか、僕は用水路に落下して、誰かが運んでくれたんだ。



 誰が?



 周りを見渡しても誰もいない。



 そういえば僕は何に掴まっている......?



 そんな時、突然耳元で声が聞こえた。


「いつまでそうしてるの?もしかして、わざとかな?」



 か細く可憐。一つ一つの音が香りを纏って聞こえる。



「!!!!!


 ごめんなさい!!!!」



 ガルボは飛び跳ねた。その声から離れると、目の前には少女。全力でその場に土下座をする。



「わ!や、やめてくれるかな。そんなつもりはないから......。」


 ガルボは顔をあげた。するとそこには、テレサがいた。



 夢にまで見たテレサがこんなに近くに!



 あまりの衝撃にガルボは混乱した。




 テンパったガルボはこんなことを口ずさんでいた。



「と、と、と、とってもいい匂いだね!美味しそう!」



 テレサの表情が困惑する。



「あ、ありがとう。だけど、食べないでね。私、きっと美味しくないから。」


 肩をすぼめて後ずさる。



「ご、ごめん!!そうじゃないんだ!!いや、まずそうって意味じゃなくって、そうじゃない!


 美味しそうなんだけどね!その角とかとっても美味しそう!」



「ひいっっ!!」


 テレサの目は潤んだ。そして少しづつ後ずさるとゆっくりとドアを開けて......。


 テレサは全力で走って逃げた。その長い髪を揺らして。



 開け放たれたドアが、力なく揺れる。







 ガルボはショックのあまり気絶した。














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