弓を構える隙もなく
ソウが本邸との間に間者を立ててから1ヶ月ほど経った頃だろうか。
ソウが見合いの間に別邸が賊に襲われた。
何となく予想していたことだった。
これは、警告。
侍女たちが小さく震えながらソウに言った。
「無理やり入ってくるなり、お嬢様のお部屋を荒らして金目のものだけ盗んで出ていったのです…」
ソウが部屋を見渡すと確かに盗まれていた。
耳飾り1つ。首飾り3つ。簪が2つ。
でも明らかな違和感を感じる。
ただの賊なら賊にも生活がかかっているため、戸をボロボロにしてまで入ってきたり、山中を歩いた土足で上がって部屋がドロドロの状態になるはずだ。
しかし、戸は綺麗なまま、足跡もそんなに残っていない。普段山中にいるものの足跡でないことは確かだった。
それに極め付きは盗まれている耳飾り、首飾り、簪である。
これはソウが実父から贈られたものだった。
義父から贈られたものの方が遥かに高価だが手付かずで残っている。
恐らく義父がソウが間者を立てていることまでは知らないが何らかの方法で実父の処刑について調べ始めたことを知って警告してきたのだ。
このままでは殺されるかも…。
そう思ったら得体の知れない気味悪い恐怖に襲われた。それは侍女たちももちろん感じているはずだった。ソウは明るく侍女たちに言った。
「きっと生活に困っていた民が賊になったんだわ。この家は人が少ないし、生活感もない。それに私が家を空けている時間が長いから狙われただけよ。大丈夫。みんなで片付けましょう」
明るく振る舞うソウに侍女たちもようやく気を持ち直して片付け始めた。
皆、盗まれたものの種類や誰からのものなのか、明らかな違和感には衝撃で気が付かなかった様だった。
どうしよう…。このままでは危険かもしれない。身を守るためのなにかを身につけないと。
ソウの小さな肩にのしかかる不安は計り知れなかった。
その後、実の兄が騒ぎを聞きつけてやってきた。
兄は宮廷で大臣補佐官をしているが比較的自由に動ける状態だった。また、兄も姉も義父を信頼など微塵もしていなかった。
ソウは父の処刑に関して言わなかったが王宮に出入りしてる身の兄が勘づかないはずがない。恐らく兄は兄で調べている。ソウは兄に縋るように言った。
「お兄様、どうにかして自分と、侍女たちを守る術を身につけないと…」
侍女たちの前では見せなかったがソウも所詮16の娘であって1人で背負う恐怖は如何程か知れたものではない。ソウの華奢な肩が震える。
そんなソウを何とか守りたいと思った兄が弓を教えてくれることになった。
これが兄なりの今の精一杯だ。
宮廷では義父とも顔を合わす。
王宮に身を置いてる分、情報が入ってくる。その代償は疑わしきことがあれば直ぐに嫌疑をかけられるということ。
でもそれからソウの弓が上達するまでは足繁く別邸に来てくれた。
そしてソウも弓の練習の傍ら、処刑について調べていたがいまいち情報が掴めずにいるまま時が経って別邸に来てから9ヶ月も経っていた。
9ヶ月目のある日。
ソウに願ってもない情報が舞い込んできた。
事件当時、短期間ながら王宮で炊事を担当していた女官がいる食事処があると聞きつけた。
早速その晩に食事処を尋ねて元女官の女性に身分を偽って聞き出した。
酒を飲んで酔っ払いの女の振りをする。
「私、いま王宮で書庫官をしているものなの。でもね、あの事件、あの事件に関する書籍がないのよ。ええと、なんの事件だったかしら…」
酔っ払ってる振りをしてカマをかけたら先に女性の方から持ちかけて来た。
やはり当時炊事担当の女官だっただけに守秘義務についての教育が甘い。そもそもあの当時の王宮内の乱れ方でまともな教育がされているわけがないとソウは見ていた。
「ああ、右大臣様処刑の件でしょう。あの事件は残忍だったわ。まるで見せしめよ」
ソウは心を痛めつつも聞いていく。
「そうそう!それよ。ねぇ、なんでその事件の頃の書籍がないのかしら?王宮内の誰かの権力が関係してるのかしら?」
ここで女性は声を潜めてソウの顔に近寄って言った。
「これ、誰にも言ってはダメよ。あなたはまだ新入りの書庫官らしいしあの事件に関する書籍がないことを知ってるから信じて言うわ。実はね当時も、そして今も左大臣のハン様が関わってるみたい。どうやら、王様と旧友で最も寵愛を受けた部下の右大臣様が妬ましかったみたいなの。だから記録が残るのも嫌で全て燃やすように指示なさっていたわ」
「なるほど…そうなのね。分かったわ、誰にも言わないわ。あら、ダメだわ。ふらふらする。私、酔っ払ってるみたい。私は今酔っ払ってるし明日になればもしかしたら忘れてるかもしれないわ。私、寝ると忘れちゃうのよ」
そこでソウはお代を置いてふらふらとしながら食事処を出た。輿に乗り込み考え出す。
かなり飲んだがソウはあのくらいの酒量なんかじゃ酔わない。
義父が父を妬ましく思っていることに違いはないし、父の処刑に関わっていることが確定と見られる。あちらこちらでこの話を聞いた。
それに賊にも盗まれた物は全て父からのものだった点もそれならより納得がいく。
でもソウは聞く度に恐らくここは違うと思う点がある。父が王の旧友であることは事実。最も寵愛を受けた家臣なのも事実。
でも何故か左大臣の義父がその事を妬んでいたとはまるで思えない。
右大臣と左大臣は王宮の宮廷内では対になる存在だけど左大臣の方が少しだけ権限は多い。
父が王と旧友であることを利用して越権行為をして目をつけられたとも考えにくい。
それなら第一、母と再婚など最も有り得ない。
なぜなら左大臣である自分が義父として父の嫡男の兄の後ろ盾となることになる。
なにか、きっともっと深い怨念のようなものがソウには感じられてならないのだ。
ここでふっとソウの頭を過ったある事実。
もしかすると父の出生が関係しているのかもしれない!ソウは次の可能性を考え始めた。
その次の晩の事だった。
ガラッと突然ソウの部屋に間者にした侍女が入ってきた。ソウが何かあったのかと驚いて声を上げる。
「どうしたの!?」
「シッ。お嬢様。こちらへ」
手を引かれてソウは裏庭の方面にある部屋の縁側の下に潜り込まされた。
ソウが声を潜めて聞く。
「なにかあったの??」
侍女が答える。
「今日の晩、刺客がお嬢様を狙って本邸から来ます。そろそろのはずです。他の侍女は皆避難しております。ご心配なさらずとも大丈夫です」
刺客!ついに本格的に私が動いていることがバレたのね。
暫くするとソウを探す数名の男たちの声が聞こえた。ソウは侍女と縁の下に隠れている。
「娘はどこだ!なぜ居ない!?そっちにいるか!?」
「こっちにもいない。旦那様からは捕らえてくるよう仰せつかっているが…。まさか察して逃げたか!?」
「とにかく探せ!」
ガタンガタンと家中をひっくり返す勢いで男たちが足を踏み入れていく。
――怖い!――
ソウは目をぎゅっと閉じた。
1人が庭に降りてきた。
ソウを探す、男の脚だけが見える。探している。
ソウを!娘を!右大臣の娘を!
侍女と共に息を殺してひたすらに隠れることに徹する。そのうち家の中から声がした。
「おい!庭には居ないのか!」
2人の全身がびくりとした。
先程庭に降りて反対側に行った男が応える。
「庭には居ないみたいだ」
「よく探せ!縁の下は見たのか!」
「縁の下?ああ、裏庭の方のか!待て!今みる!」
まずい!これはもうおしまいだ!
そう思った時だった。
「待て!警備隊だ!逃げるぞ!ここで捕まれば旦那様に切られる!」
「急げ!」
間一髪で警備隊がやってきた事で救われた。
後々聞けば侍女の1人が避難した際に警備隊に向かい応援を呼んでいた。
ソウは16歳にして人が死ぬ寸前の走馬灯を見た気がした。
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