3
「ごめんね、じゃ、ねえんだよ。くそ
ガン!と、勢いよくスマートフォンがバッグに投げ込まれる。
「そこは、おれがいるから安心しろ、だろ! 思ってなくてもそうだろお!」
「
かなり激怒している。
スマートフォン、壊れなかったかな……。
ガン、って音がしたけど。
「そうだ、
「詳しくは、ないけど――」
「櫻はどうだろう。霊感あるっていってたよね、あの子。今日、二人で家にきてくれないかな? 一人じゃ帰りたくないんだよー。怖くて!」
授業が終わった後、三人で安芸ちゃんの家へ向かうことになった。
気持ちはよくわかるもん。
一人暮らしの部屋は、玄関のドアがしまっちゃえば外界から隔離された密室になっちゃう。
たった一人の楽園でもあるし、孤独な無人島でもあるのだ。
「ここだよ」と案内されたのは、住宅街に建つマンション。
キャンパスからは自転車で十五分くらいだ。
住人以外は建物の中に入れないオートロック式。
建物自体も新しかった。
「きれい。すごーい」
「親がね、心配性で。防犯がしっかりしてるところを優先で物件を探したから――そのぶん広さは妥協したんだ。すごく狭いんだよ。――ここだよ」
部屋は、エレベーターで三階まで上がった先にあった。
鍵を開けると、カタリ……と品のいい音がする。
我が家の古いアパートとは、鍵が開く音すら天と地の差。
「おじゃまします」
玄関に入れてもらって、中へ。
学生向けのマンションらしくて、おしゃれだった。
でも、たしかに狭い。
玄関からすぐの場所に簡易キッチンがあって、その奥はすぐにリビング兼寝室のワンルーム。
ビデオ会議で見ていた時のほうが広く感じた。
「あ、映ってたベッドだね」
部屋が狭いので、ベッドは三分の一くらいのスペースを占有していた。
でも、カバーが青系色で統一されているので、品のいいインテリアみたい。
目が向いた先は、そのベッドのそば。
トイレの花子さんみたいな少女が三角座りをしていた場所だ。
でも、なにもない。
真新しいフローリングの床が、天井からの照明を浴びてつやつやとしていた。
「櫻、なにか感じる? 霊感があるんだよね」
「うーん。なにも感じないな」
「餅子は? なにか見える?」
「とくには……」
ぐるっと部屋を見回してみる。
あの少女の姿は見えなかった。
でも、なにか感じるんだよね。
この部屋のどこかに奇妙な歪みがあるというか――。
でも、なにも見えないし、なんとなくそんな気がする、というだけ。
なんとなくなら、妙なことはいわないほうがいいよね。
黙っておくことにした。
「なにもないよ。消えたんだよ。もう大丈夫だよ」
笑いかけると、安芸ちゃんはほっとしたように笑った。
「よかったぁ。二人がきてくれたおかげで気が楽になったよ」
「いえいえ。これくらい、いつでも大丈夫だよ」
お邪魔するだけで安芸ちゃんに落ち着いてもらえるなら、安いものだ。
「ううん、二人とも忙しいのにきてくれてありがとう。いまコーヒー淹れるね。座って! 櫻は今日バイト休み?」
「うん、シフトは週4日で入れてもらってるから」
「そっか。餅子は?」
「――あ」
しまった。忘れてた。
わたしのバイト先は、キャンパスからすぐ近く。
校門を出て、ちょっと歩いて、徒歩五分くらいの場所にある。
わたしを雇ったのは、その家の長男、
園分寺大学の二年生で、専攻は違うけど、先輩でもある。
「うっかりしてた。連絡しなくちゃ」
天狗さんからは、来られる時に来てくれればいいといってもらっていた。
でも、昨日の別れ際に、「では、また明日」とあいさつをしてしまったんだよね。
きっと天狗さんは、今日もわたしが倉に訪れると思っているはずだ。
電話をかけようとした、その時。
着信音が鳴った。
コミュニケーションアプリMUSUBIの音声通話だ。
天狗さんだった。
「バイト先だ」
「えっ、遅刻したから? 店長?」
「店長――じゃ、ないんだけど。……もしもし、鏡です」
電話に出ると、天狗さんの声が聞こえる。
相変わらずの紳士な口調で、やたらと耳なじみのいい、穏やかな声。
『急に連絡して悪いね。用があって、これからちょっと倉を離れるから、おれがいないあいだに来たら母屋に寄ってくれって伝えたくて』
わざわざ連絡してくれたんだ。
生まれ育ちがいい人って、品がいいし、気遣いもまめだよなぁ。
それなのに、わたしってやつは――。
「それが、天狗さん。その……」
まずは謝らなくちゃ。
状況を伝えることにした。
「急でもうしわけないんですが、今日はちょっと出かけたい場所ができてしまって、お休みさせていただきたいんですが……」
『出かけたい場所って? ――もしかして、バイトの面接?』
「いえいえ、違います」
なぜ、そうなる?
新しいバイト先を探すつもりは、いまのところなかった。
そりゃ、バイトをしなくちゃ生きていけない貧乏学生だ。
できれば仕事はたくさんほしいけど、バイトの経験もさほどない、もしもここがRPGの世界なら経験値はゼロ、冒険者レベル1の初級労働者なのだ。
まずは、いろいろできるようにならないと。
それに、天狗さんに雇ってもらったおかげで、無事生きていられる。
「じつは、友達の家に妖怪っぽいお化けが出たんです。様子を見にいくことになって――」
『妖怪? 霊感をもつ鏡さんが、友人宅に、様子を見に? ――ほかとも契約したのか? ヘッドハンティングか?』
「違います」
なぜ、そうなるのだ。
引き抜かれるほどの人材じゃないです。
そもそも、こんなバイトを引き抜かなくちゃいけない企業があるのか?
でも、電話越しに聞こえてくる天狗さんの声は、明らかに動揺していた。
『うちの労働条件に不満でもあるのか? もしかして、この前の接待がいけなかったのか』
「接待?」
『焼肉だ。歓迎会とはいえ、勤務終了後も拘束して食事を強要するなど、やめておくべきだったか――』
「違います! あの時は本当にごちそうさまでした!」
株主優待券というサービス券を使って、焼肉をごちそうしてくれた時のことをいっているのだ。
あれはおいしかった。幸せだった――。
思い出すと、肉から染み出る真っ白な煙と肉を噛みしめた時の肉汁がじゅわっと蘇る。
――よだれが出そうだ。
それに、退職を考えるくらいの過剰な接待といえば、天狗さんのおばあさんに開かずの間に閉じこめられた時のほうだよね。
半ば監禁だった。
『なら、時給が不満なのか? 鏡さんがほかと比べるというなら、おれも増額の検討を――』
「違います! 勤務条件には大変満足してます。あのですね――」
あまりにも天狗さんが焦るので。
事と次第を説明することにした。
『ふうん、トイレの花子さん?』
天狗さんは、かなり興味があるふうだった。
さすがは好奇心旺盛な人だ。
『どうだろう、友人の部屋を映して見せてくれないか? 鏡さんの話だと、その場では見えなくても、ネットを経由すれば見える可能性があるんだろう? 離れた場所にいるおれにも見えなければ、本当にいないかどうかを確かめられるんじゃないのか』
「たしかに、そうですね」
撮影してもいいかな?と、まずは安芸ちゃんにきいてみる。
家主に無許可ではもちろん映せません。
「いいよ」と快諾してくれたので、ビデオ通話でつなぎ直すことにした。
「じゃ、天狗さん。見せますよ。お伝えしておくと、昨日の夜にその女の子が見えた時は、ベッドの脇に座っていました」
『わかった。どうぞ』
説明を終えると、わたしはスマホのカメラを安芸ちゃんのベッドへ向けた。
まずは、ベッドの脇のフローリングを映す。
「天狗さん、見えますか? あやしいのはこのあたりです。――つぎは、ほかの部分を見せますね」
わたしたちの目には、なにも見えないのだ。
妖怪なんていないよと、天狗さんにも確認してもらえれば、安芸ちゃんも落ち着くはず。
つぎは部屋の隅あたりを映そうかなと、カメラを向ける準備をはじめた時。
スピーカーから天狗さんの声がする。
『いるぞ、鏡さん』
「え?」
『ベッドのそばで、体育座りをしてる小学生っぽいのが見える。鏡さんたちには、なにも見えないのか?』
安芸ちゃんの顔が蒼白になった。
「――まだ、いるの?」
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