オンラインの花子さん

1

 インターネットは貧乏人に優しい。


 ネットを利用しているのが富裕層であれ、貧乏人であれ、接続状況は平等だ。

 ただし。

 ビデオ会議をすれば、映る物には生活レベルの差がもろに出る。


『へえ~、餅子もちこの部屋ってシンプルなのね』

「シンプルっていうか、物がないんだよ……」


 念願の一人暮らし。

 人生初のマイルームは、キャンパスまで自転車で十分の好立地。スーパーも駅も徒歩圏内。

 場所は最高!

 だけど、住居の築年数はまあまあ古かった。


 リノベーションされているので、ちょっと見ただけだと「古いかな~」と思う程度なんだけど、間取りはうそをつかないのである。

 リノベーションされたといっても、水回りを直すついでにちょっと部屋も今風にしたよ!という程度。


 かつては押し入れだったのかな~という大きすぎるクローゼットとか、かつては出入りもできたんだろうな~という壁にされてしまったドアとか、ベランダの鉄格子のような手すりとか。


 むかしは普通だったのかもしれないけど今風じゃないね、というパーツが、部屋のあちこちに見られる。


 話を聞くと、内装のリノベーションは大家さんがご自分でされたそうな。

 器用だし、すこしでも良い居住環境を――という住人へのご厚意を感じるものの、プロの仕事ではなかったので、かえってまとまりのない内装になっていた。


 しかも、置いてある家具もね……。

 どれもこれも、ホームセンターの最安値ランク。

 テレビ会議中のノートパソコンのディスプレイに映った三人分の画面では、わたしの背後に映る部屋が格段に味気なかった。


『櫻の部屋、かわいい! 一周まわって見せてよ』


 ビデオ会議に参加した一人、安芸あきちゃんの笑顔が、画面をのぞき込むように近づいた。


『いいよ~』


 スピーカーから声がして、もう一人の参加者、櫻が映る画面が揺れる。

 パソコンをもって立ち上がったようで、手に取って持ちあげた振動ごと、ぐるっと部屋の中を見せてくれた。


 櫻の部屋は、爽やかだった。

 白い壁には、生成りの布を使ったファブリックパネルが飾ってある。

 家具は白で統一されていて、一番大きなチェストの天板はキラキラしていた。


『そのチェスト、かわいい! トップがタイル貼りになってるの?』

『ううん、シンプルすぎるから自分でタイルを並べたの。南国の海をイメージしてみました~。さざ波っぽく、ちょっと艶があるタイルで、白と青とピンクだよ』


 画面に、チェストの天板が大きく映される。


 スクエア型の小さなタイルが敷きつめられていて、ほとんどが白と青のタイルなんだけど、桜色のタイルがちょうどいい具合に差し色になっていた。


 タイルの上には、アクセサリースタンド。

 櫻の手作りらしいビーズアクセがずらっと飾られていた。

 まるで、おしゃれな雑貨店のディスプレイだ。


『材料はみんな百円ショップだよ。これもけっこうお気に入りなの。でも、材料費はひとつ百円だよ』


 画像が上方向に揺れて、チェストの上の壁が映る。

 櫻が見せてくれたのは、壁に飾られたファブリックパネルだった。

 かわいいなぁ~と、さっき目がいってしまったやつだ。


「えー、百円なの? 手作り?」


 ていうか、ファブリックパネルって作れるんだ?


 櫻の部屋を映していた画面の揺れが収まって、恥ずかしそうにはにかむ櫻の顔がふたたび映った。


『うん、簡単なんだよ。発泡スチロールとか段ボールのボードと布とマステで作れるよ』

「すごいなぁ~、さすが」


 いやあ。唸った。

 さすがは、お弁当もアクセも手作りしちゃう子だ。

 それに、わかった。

 部屋がおしゃれかどうかのカギは、お金の有無じゃない。

 ――センスだ。





 大学一年生になって、はじめての「発表」が迫ってきた。

「演習」という科目があって、学生が発表する側と聞く側とに分かれておこなうディスカッション形式の授業なんだけど、とうとう、わたしたちが発表する番が迫ってきた。

 テーマにそって調べた内容をまとめて、資料を作って、それをもとに発表して、教授に評価を受けるところまでが1セット。

「発表」の日はまだ先だけど、準備に時間がかかるので、そろそろ役割分担をしようと、同じ班になったメンバーでビデオ会議をすることになったのだ。


 本当は、授業の空き時間に集まれればいいんだけど――。

 今週は、たまたまみんなの予定が合わなかったのだ。

 櫻はカフェのバイトをはじめたし、安芸ちゃんもサークル活動が忙しいらしい。


 それに、安芸ちゃんには春がきたのだ!

 恋人ができたんだって。

 そんなわけで、櫻のバイトが終わった時間をみはからって、ビデオ会議をはじめたのだった。


 使ったのは、コミュニケーションアプリのMUSUBI。

 メッセージや音声通話だけでなく、ビデオ通話や送金までできちゃう、みんなが使ってるアプリ。


 会議を取り仕切ったのは、安芸ちゃんだった。

 誰が、なにを、いつまで、どうやる?

 みんなで話し合いたかったのはタスクの振り分け方法だったけれど、普段からきびきびと喋る安芸ちゃんは仕切りも上手で、始まってから一時間を過ぎる頃には、最後のまとめに入った。


『じゃあ、疑問①について調べるのは櫻で、疑問②については餅子がやってくれるってことで、いいかな?』

「いいよー」

『はーい』

『じゃ、二人から情報をもらった後で、最後にわたしがレジュメにまとめて、発表するね』


 調査の担当はわたしと櫻、考察の仕切りと、授業の場でみんなの前で発表する役を、安芸ちゃんがやってくれることになった。


 調べたり、発表したり、質疑応答で答えたりと、やることが多い演習科目の中でも、発表役は一番の嫌われポジションだ。

 学生と教授の前に立って資料の説明をしつつ、堂々と発言しなくちゃいけないんだもん。


「安芸ちゃん、任せちゃって大丈夫?」


 尋ねると、画面に映った安芸ちゃんは頼もしく笑った。


『平気平気。私、人前に出るのが苦手じゃないから』

『安芸ちゃんと一緒でよかったー。私はだめなの。あがり症でとっても苦手で……』

「わたしも! 資料と台本があっても、教授の前に出たら緊張しちゃってゲシュタルト崩壊しちゃうよ。むり」


 ひとごこちついたのは、夜の十一時半を回っていた。


 画面越しとはいえ、深夜に学校の友達とおしゃべりしてるなんて、お泊りでもしてるみたいだな~と、錯覚もしてしまう。

 ――十二時くらいまでなら、おしゃべりしてもいいかな?

 演習の話し合いが終わると、なんとなくそういう雰囲気になって、飲み物を用意したり、姿勢を崩したりして、ゆるめのオンライン通話がはじまった。


「そういえば、安芸ちゃん。付き合った彼ってどんな人なの? 何年生?」


 まず話題になるのは、安芸ちゃんの恋物語だよね。


 画面の中で、安芸ちゃんはにこっと笑う。

 安芸ちゃんは姉御肌で、こういう質問がきても、あっけらかんと話してみせる子だった。


『二年生だよ。ひとつ上の先輩なの』

「サークルの先輩だっけ? えーと、なんのサークルに入ったんだっけ」

『イベント系? 花見をやったり、夏には海にいったり、秋に国際河童カッパ仮装コンテストに出場するらしいよ』

「――国際河童カッパ仮装コンテスト? なにそれ」

『なんか、あるんだって。仮装対象が河童カッパオンリーのコンテストらしいよ。その大会にかこつけて、みんなで合宿所に泊りにいくんだって――あ』


 吹き出すように、画面に映った安芸ちゃんが笑った。


『彼ね、そのコンテストで部門賞をとったらしいよ』

「部門賞?」

『なんだったかな、〈新人賞〉だったかな? 審査員の満場一致だったとかで、河童カッパ仮装界の期待の星らしいよ』

河童カッパ仮装界……そんなのがあるんだ」


 知らない世界だ――。

 なので、その世界の〈新人賞〉や期待の星も、すごいんだか、すごくないんだか。


 大学に入ってから、毎日のように感じるよね。

 ほんと、世界は広いなぁ――。


「――と、あれ?」


 ふと、安芸ちゃんの笑顔から目をそらした。

 視界の端でなにかが動いた気がしたのだ。


 安芸ちゃんの部屋はシンプルで、すっきりした白い壁に囲まれた部屋には、木目を生かしたナチュラルな家具が並んでいる。

 パソコンを覗きこむ安芸ちゃんの奥には、ブルー系のリネンで統一されたベッドが見えていたけど、その手前に、もそっと動くものがある。

 人の姿に見えた。


 つい、パソコンに顔をくっつける。

 同じように、櫻の顔もパソコンに寄った。

 櫻も、安芸ちゃんの画面に映った影に気づいたみたいだ。

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