第40話 問われる資質

今回シェラザードが魔界へと戻ったのは、彼女自身の護衛役を兼ねる『親衛隊』を作る目的と言う事からでした。

そこで魔界居残り組となっているアウラ協力の下、魔王カルブンクリスが作成したリストに基づいて次々と候補となっていた者達を集めたのです。


装人蜘蛛アラクネ」のガラドリエル、「人狼」のベルガー、「人虎」のルドルフ……『あと一人は欲しい』―――と言う処でしたが、その『あと一人』はアウラではありませんでした。

それというのもアウラはダーク・エルフの国「ネガ・バウム」の姫……次代の国王候補なのであり、現在ラプラス征伐で魔界を空けている多くの要人達の“穴埋め”要員でもあるのです。


では、シェラザードの『親衛隊』、残りの一人は誰が?


「あ゛あ゛?なんで私がお前の親衛隊などと―――」

「はぁいはあ~~い、私にボコられた上に無惨にも負けたヤツの言う事じゃないよね~~。」


「しっかしよぉ……なんでこんなヤツ隊に入れようとしたんだ? オレは知らねえぜ……油断して寝首掻かれちまっても。」

「そうだぞ、私もこの者の履歴に目を通したが、これではあなたの身を護るどころか、身を護る立場の人間が殺しかねない。」


人虎の彼は、この街では実にやりたい放題。 婦女暴行や強盗、取引禁止物品の横流しや危険薬物の密売等々、大凡おおよそ「犯罪」と言う名の悪徳に手を染めてきた者でした。

それをこの度シェラザードの親衛隊に(半強制的に)迎え入れると言う―――まあ、ガラドリエルはまだにしても、ベルガーはその待遇の良さに目が眩んだところがありましたが、ルドルフはいくらルドルフ自身が拒否を続けようが半ば無理やり入隊させられたのです。


当然そうしたものはすぐに表情や態度に現れる事となり。


「ふん―――まあいい、入ってやろうじゃないか。 だがなあ、精々背後うしろや寝てる時には気を付けることだな……。」

「うん―――まあーーー私がさ? とても魅力的で「襲いたい」って言う性的衝動に駆られてしまうのは仕方がないとしてもだよ……『夜這い』止めといた方がいいぞ?」


「(おいおい、こいつ……ナニ口走ってんだ??)」

「(お……『襲いたい』?『性的衝動』??『夜這い』??? いいのか?そんな事言ってしまってえ~~!!)」


「はあ゛っ?! な……なにをふしだらな事をッ!! きッ……貴様、不純―――不純すぎるぞ!!」

「おーーーや、おやおやおや、チミもしかしてエロに耐性ないなあ~~?? プークスクスwそんなんじゃ私の下で働くとなると相当苦労するづえ~? ま……だからと言ってあんたにゃ拒否る権利なんざありゃしないんだけど―――な……。」(GUFFF……)



エルフと言うのはとても潔癖で身持ちも堅い……しかも貞淑で淫…(ゴニョゴニョ)…に関してはひどく抵抗する―――と聞いた事があるのだが……そのエルフ自らそう言う行為に関して口にするとは……と言うより、この人私達が護らねばならないような人なのだろうか??



―――などと、ガラドリエルも疑問に思う事は多々あるのでしたが、このお話し(「エルフの王女様2」)の開幕初日に起こった出来事を鑑みてみれば、魔王カルブンクリスでなくとも親衛隊の必要性はあるモノと考えが及ぶのです。


         * * * * * * * * * * *

それはさておいて、残る一枠の件に関しては……


「それより―――あと一人はどうするのだ。 お前が願望としていた人選は総て揃えられたのだろう、ならば……」

「あんらぁ~~あんたにゃ言ってなかったかい?アウラさんや。 実はその「あと一人」はもう決まっておるのじゃよ。」


「なんなんだ……その口調は。 そう言えば確かガラドリエルと話しをする以前にそんな事を言っていたよな。 しかも……その一人は魔王様の近衛兵団からの“引き抜き”だとも。」


「なにッ……!? 現魔王様んとこのやつからのだと?」

「ふん、とは言っても引退間近の老兵の類だろう。 現職の魔王が現役の手駒を手離すなど考えられん。 もし……そうだとしても、だ、その頭を疑われるな。」

「ルドルフ殿……現魔王様の事を悪く言うのは感心しないぞ。」


「うるさいぞ蟲風情が、黙ってろ。 そもそもはお前如きが―――……」


その『あと一人』とは、以前にもアウラにも話したことがありました。 そう、ガラドリエルと話し合いをする以前の……そこでは確かにシェラザードは、『魔王様の近衛から一人貸してもらえる』とまでしか言っていなかった事から、ルドルフが言っていたようにもうすぐ引退定年間近の“老兵”だとも思ってしまった。

けれどそれは、激しく間違いと言うもの―――なぜならば……


「申し訳ない、少し遅れたか。」

「おっ、来たか~~~これで全員だね。」


自分達が言い合いをしている最中に、遅ればせながら来た“最後の一人”―――こそ……



な……ッ!この男は―――!!



アウラは、その者の事を良く知っていました。

確かにその“男”は魔王カルブンクリスが擁する近衛兵団に所属しており、種属は「人馬族ケンタウロス」―――赤毛の馬の下半身に、上半身は筋骨隆々とした豪傑―――と言うより最早、引退間近の老兵ではなかった……


「自分は『ホウンセン』と申す。 以前までは魔王様お抱えの近衛兵団の長をやっていた者だ。」


「(な……ッ??)ん、だとぉ……?!」

「現役の……近衛兵長―――だった……だ、と!? 魔王は頭がおかしくなったのではないのか!」


「おい、そこのお前、例え今は役目を離れたかとて魔王様への不敬は赦さんぞ。」


アウラはその男の事を良く知っていました。

魔王カルブンクリスお抱えの近衛兵団―――その長。 「一騎当千」とも「万人敵ばんにんのてき」とも言われ、「古今独歩」とも言われた猛将……それに確かにルドルフが言う様に、現役バリバリの近衛兵長がそれまで仕えていた主から鞍替えをして、新興国の女王に仕えると言うのもリスクしかない話しなのでしたが。


ならば―――と言う事で、シェラザードの親衛隊の隊長は、このケンタウロスのホウンセンで決まりか……とも思われたのですが―――


「いや、自分はその様には聞いていない。」

「ならば誰がこの隊の長をやるのだと……」

「フフン―――そう言う事ならオレがやっても構わないぜ?」

「冗談は顔だけにしておけ―――犬っころ。」


「な……ッッ?!! 手前ぇ……このオレを犬と同じにするなよな!」

「フン、確かお前……私の組織にも入らず一匹狼を気取っていたよなあ? 正直に言ってみたらどうなんだ……本当は、怖くて最初の一歩が踏み出せませんでした……と、な。」


「ぐうっ……畜生~~~手前ェ!!」

「黙れ、騒ぐな、落ち着け。 その件に関しては心配には及ばない。」

「―――と言う事は既に隊長職は決まっていると?」


「そう言う事だ。 それにこれは魔王様からの推挙でもある。」


隊長職に確実に収まるものだと思っていた人物からの強い否定。 だとすると何者かの推挙がない限りは自己推薦となってくるのでしたが、ここでベルガーが名乗りを上げた処すぐさまルドルフより拒否の言葉が。 それによって一時気まずい雰囲気くうきが漂うのでしたが、ここでホウンセンが魔王からの意向を受けた人選があると公表したのです。


そう……この親衛隊長職は魔王からの推挙お墨付き―――と、言うならば?


「これよりはガラドリエル、貴殿が自分達を率いる者となるのだ。」


その隊長職に推挙おしあげられた人選こそ―――装人蜘蛛アラクネであるガラドリエルだったのです。

しかし、これが例え魔王からの推挙であろうとも、納得のできない者達が二人……


「はあ゛?舐めてんじゃねえよオイ! なんで蟲風情が獣人でもあるオレ達を差し置いて―――」

「ああそう言う事だ、だがこれでハッキリしたな! 今代の魔王は無能であると!!」


「人狼」に「人虎」と言えば、獣人に於いてもかなり力のある種でした。 そんな自分達を差し置いて、多寡が蟲―――されど蟲が自分達の上に立つと言う。

この事に納得しようハズもありませんでした。 だからこそ反発をした……或いは、その反発を受け入れた―――


「確かに……蜘蛛の私が狼や虎の上に立つのは私自身でも納得がいかない。 そこの2人の言う様に私が親衛隊長を拝命する等……」

「その理屈は罷りまかり通らん。 だが、納得がいかぬと言うなら致し方があるまい。」


ただ、不思議なのは魔王程の人物がこの事を予期出来なかったのだろうか?

今現在ではラプラス共の世界に逆襲をかけ、次々と重要拠点を陥落して回っている程の人物が、新興国家の女王の身の回りの警護を兼ねる親衛隊の長の人選を誤る……などとは?

しかしながら、実は魔王は―――


「ガラドリエル殿、自分と手合せを所望されたい。」

「(えっ……)私―――と?これまで魔王様の近衛兵長を務めたと言う……あなたと?」


「そう言った、それに自分も手加減をするつもりはない。 3本やって先に2本……それでどうだ。」


直近まで―――更に言うならば昨日まで、魔王カルブンクリスが抱える近衛兵団の長と、例え装人蜘蛛アラクネの里の長をしていたとしても実戦の経験も殆どない……こんな者同士の手合わせなど、する意味がない―――やる意味がない、まるで赤子と大人との手合い、決着などすぐ着いてしまう……。


事実、大方の予測通り1本目は立ち処についてしまいました。 しかも、ホウンセンも軽く自分の得物を振っただけで、ガラドリエルは吹っ飛んでしまう始末。

けれども……2本目が始められる前に―――


「なるほど、大体理解した。 ではこれを着けて次は闘え。」

「(??)ホウンセン殿?これは……」


「魔王様手ずからのモノだとだけ聞いている。」


2本目の開始前に、ホウンセンからガラドリエルへと手渡されたモノ……それは、「防具一式」―――だった。

そう……―――

こういう言い回しは、「防具のようであって防具ではない」事を言い表していました。

フルフェイスヘルメット」「胴甲冑」「腕装甲」……ここまでは普通の兵士が装備するものと変わりありませんでしたが……では一体魔王は装人蜘蛛アラクネの彼女の何を考慮して、自らの手で作製をしたのか。


「(8……?)これは―――私の脚の本数を考慮しての……」


蜘蛛の脚は8本ある、その脚を保護する装甲―――それでした。

しかしそれは……ただの、普通の脚装甲ではなかった。 そしてカルブンクリスはやはり知っていた―――


「先程の素振りで身体は温められた……そして魔王様謹製の武器を装備した貴殿に、最早手加減の余地はないっ!」


先程ので素振り―――そうケンタウロスの猛将は言うが早いか、得物である「画戟方天」を力任せに打ち掛かる……だが、魔王謹製の防具は、そんな力任せの攻撃を防ぎ切った……?


「あの材質……一体なんだ? 「精霊銀ミスリル」ではないな……だとすると、「アダマンタイト」か??!」


その防具の材質は、この魔界にて自然に出来る鉱石・鉱物の類では“奇蹟”とも呼ばれている物質だった。

実は―――この魔界にも「金剛石ダイヤモンド」なる鉱物は存在していました。 その硬度は「10」―――これは、ある鉱物が見つかるまでは最硬の鉱物でした。

硬度「10」の金剛石ダイヤモンドを上回る硬度「10+」。 それこそがアダマンタイトなのです。


そんな材質をもとに作られたガラドリエルの防具……いや、だが―――


「うおおおっ!」

「ぐぅおっ―――!」


ガラドリエルにしてみれば、に襲われた時の対処として、8本ある脚のうちの1本を使い、相手の足を攻撃して怯ませただけ……そしてまた、に……



う……おっ―――あ、あいつ……あんなにでかかったのか?!!


し―――信じられん……いやだが、半身の蜘蛛を直立させれば、あれくらいの大きさには……



に、相手を威嚇する為に立ち上がっただけ―――けれど今は、その防具の威容さも手伝い、全長3mを思わさせる巨大な魔獣を彷彿とさせたものだった。 しかもおまけに、例の脚装甲からは鋭い刃が出ていた……


「(……)参った、自分の負けだ。 そして次の手合わせも放棄したい。」

「えっ……いや、だが―――」


「へへっ―――おいおい、急に怖気づいたのか? ならオレがやっても……」

「止めておけ、犬っころ。 それより一つ聞いていいか、ホウンセンとやら。」

「なんだ。」


「もしあんたがその蜘蛛女を殺そうとして、出来るか?」

「いかなる手段を用いても―――と言うなら……だが自分は御免こうむりたい。」


「ほう、なぜ?」

「『殺せ』と命令されれば殺すことは出来よう……だが、自分の脚の1本や2本は失う覚悟をせねばならない。 だが、それで自分の武人としての生命は終わりだ。 「明日つぎ」のない決意は自殺行為と同じ、「明日つぎ」を見い出せないなら退く事も重要―――と、以前魔王様より教授賜った事がある。 故にこそ自分は「明日つぎ」を見い出す為に無謀は起こさんのだ。」


この日が来るまで、魔界の頂点に立ちたる王の近衛兵長をしていた者は、その武勇ばかりだけではなく、学もありました。

魔界一の頭脳を持ち、「大悪魔」を師に持つ者からの学の教授により、程度の学識・常識を兼ね備えていたのです。

それに、シェラザードの親衛隊の隊員達は“荒事”には特化した者達。 だからこそ推挙された人選に物言いが付くのは判っていた事。 そこを、かつての主君から言い含めさせられ、手合わせをして親衛隊長の実力を知らしめさせたのです。



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