第34話 装人《アラクネ》蜘蛛

今までは、ラプラスから侵攻・侵略のされ放題だった魔界―――しかしある転機をして反撃・逆襲に及びました。

その一つとして魔王は、「生命莫キ神仙」那咤……いくら傷付こうが躯体の一部が欠損しようが、稼働限界まで動き続ける…しかしこの那咤には、例え傷付き欠損したとしても、自動修復機能を備えていました。

つまり、この存在を停止させるならば、「マスター」の一人である魔王カルブンクリスからの停止命令が指令オーダーされなければ、永遠に殺戮を止める事はないのです。


そしてまた一つ―――なぜ魔界の王が、別次元とも言えるラプラス達の世界「幻界」に来られているのか。

それは最早説明するまでもなく。


「クスクス…まあそれはそれで構いませんでしょう。 そしてこれで状況の静観は終了です。 ここから一気に侵略開始と参りましょう。

まずは、この砦の近くにある3つの拠点を同時強襲、速やかなる失陥と接収をお願いいたします。」


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「まあ―――恐らく「黒キ魔女」殿の率いる軍に、中なり小なりのは任せても差し支えないと思ってます。 そうした地ならしをしてもらうまでの間、あんたらは是非とも重要拠点を陥落してもらいたい。」


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「それに―――ニュクスからの地図によれば、奴ら……ラプラス共の首都は「グリザイヤ」なる場所。 そこから伸びる兵站線は、既に魔王様の手により分断されています。」


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「まあ―――“オレ”達ゃ楽なもんですよ。 更に言えば時間が経てば経つほどに、奴らの状況はジリ貧になっていくばかり。 余程最高司令官が間抜けじゃなけりゃ、とっとと戦力を首都へと集中させるもんなんですけどねぇ。」


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「一週間―――様子を見る事と致しましょう。 その間引き上げる兵を待ち伏せして各個撃破するのも良いかも知れません。」


『聖霊』は神仙の異能―――太乙真人により発明せしめられた『次元転移門』なるシステム。 これによって魔界側も幻界側へと往来する事が可能となってしまった。 今までは幻界側からの一方通行だったものでしたが、これからは魔界側からも可能となった。 そしてこれまでの不遜なる出来事の対価を、血であがなわせようとさせていた……今までのラプラスによる侵略行為を“是”とも“良し”ともしない魔王の大英断により、「二大軍師」―――「黒キ魔女」であるササラ担当の軍と、「魔王軍総参謀」であるヘレナ《ベサリウス》担当の軍は、それぞれ魔王の意向を汲み、別の“二”方向からの侵略戦を展開し始めたのです。


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これはそんなときの出来事でした。 敵方の拠点とは言え、無傷での接収が望ましかった……にも拘らず、想定外の暴れっぷりで外壁の一部を破損させてしまった事をとがめられ、その罰としてシェラザードは収監されてしまいました。

そんな彼女の収監・勾留期間が過ぎ、晴れて釈放された《おつとめごくろうさまです》―――と、思ったのですがあ?



なんっ~なんダヨ~~私ゃスゥイルヴァンの女王なんダヨ? 言っちゃったら魔王様の次に偉いんダヨ?? そぉ~れぇ~なぁ~のぉ~にいぃぃ~~~「魔界送還」て、あんまりだるぉお~~!



なんと、シェラザードに下りていた処罰は、収監・勾留するだけには留まらず、「魔界送還」―――と言う、傍目から見ても少し重い懲罰だったのです。

しかし……そう―――。  このシェラザードの処罰を申し渡していたのは他ならない魔族のトップ、魔王自身だったのです。


他の誰よりもシェラザードの事を認め、可愛がってすらいたと言うのに……?

この、裏腹とも言える真逆の対応の真相は果たして……?


しかして―――それにはやはり、理由とするものがありました。

とは言え、なぜ魔王は、魔界軍の中でも戦力……やもすれば自身の権能である『闇の衣』に次ぐ「切り札」の一つを、この時期に切り離そうと考えたのか。

それにシェラザードにしても自分に対する不満な処遇であるにしろ、自分達の「王」からの下命には従わない訳には行かなかった。

今ここで自分だけが、自分だけの我が儘を貫き通して上司への反骨の精神を見せてはいけない、もしそう言う事になればこの事案以降馬鹿な真似をする輩が出ないとも限らない。


だからこそ、そうした不平不満は顔に現れていたものでしたが―――……


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シェラザードは、魔界へと送還されたとは言っても、その身を置いていたのは自分の居城「スゥイルヴァン城」ではありませんでした。

そう、とどのつまりは一国の女王としての責務は全うしてはおらず、『神人』領域内のある特定地域にいたのです。

それに……そう―――なぜ彼女はそんな場所にいたのか。 それは―――……


優れた感覚器官により、その異変を的確に捉えていた。

焼け焦げる臭い―――泣き叫ぶ声や怯える声…に、逃げ惑う足音。 そう、近くで魔界の住人が、「何者か」によって襲われているのです。

しかもこのタイミングに……けれど“幸”か“不幸”か、“偶然”か“否”か、シェラザードが近くにいた。


……このタイミングで―――?


いや、それよりも、この偶発的な出来事の重複が、「偶然」ではないとしていたら??


それとまた一つ―――「何者か」……いわゆるラプラスからの襲撃を受けている集落出身者は獲物の採取等、集落から出ている折に自分の集落が襲われている事を知り、早急に戻っている処でした。


八本の“脚”をせわしなく動かせ、“糸”を駆使して上手に木々を渡り森を走破する、その存在とは「装人蜘蛛アラクネ」でした。



私が出ている隙を伺って襲い来るとは……不届者め! 逃げずに待っていろよ……私がその罪を償わせてやるからな!



その装人蜘蛛アラクネは女性―――を「ガラドリエル」と言いました。

種属の中に於いて特に武勇に恵まれていた彼女は、主に集落外の活動―――「警戒」や「採取」を主とし、集落に危険が迫るようならば「防衛」の任も就いていた。

けれど彼女が常日頃から相手にしていたのは、知性の低い「コボルド」や「オルトロス」などの魔獣止まり。

その彼女が自分の集落に戻った頃には、既に「何者か」による蹂躙を受けてしまった後だった。 それにその蹂躙の有り様にしても、いつも相手としている魔獣の“それ”ではなかったことを、彼女は直感していました。


そして、蹂躙を受けてしまったアラクネの里には、自分とは違った“もう一人”―――恐らくは、「何者か」と思われる者が佇んでいました。


「そこのお前―――お前か……私の里を蹂躙したのは。」


だけど……こちらの質問を黙して返答こたえようとはしない。 ほんの少しばかり空気がザワつき始めました。


「おい、聞こえているのだろう!返事をしろ! 返答の如何によっては―――」

「あんた……この集落の出身だったんだ。」


「ああ―――そうだ……。」

「私は、あんたの居場所をこんなにはしてやしないよ。 私が来た時には、もうこんなになっていた……」


「なんだと?では何者が……」

「その「何者」かには、少々心当たりはあるよ。 それにヤツラは、まだこの近くに潜伏している。」


「なんだと!そうなのか……貴重な情報を感謝する。」

「待ちなよ―――あんた一人でどうしようって? 里の皆の仇討をしたいってワケ?」


「(うん?)そうだとも―――仇敵がこの近くにいると判ったのだ、ならば探して見つけ出し……」

「『蛮勇』―――。」


「なんだと!?」

「正体判ってるヤツに、その向う見ずなは通用するかも知れないけど―――あんたが復讐の罪過を負わせようとしているヤツラは、これまでにあんたが相手してきたのとは明らかに「別モン」ダヨ。」


「どういうことだ……?エルフのお前が、どうしてそんな事が―――」

「知ってるよ?私は……何しろそいつらと、幾度となく闘争してきた事があるからね。」



妙なことを言う者だ……エルフとは生来温厚にして森と共に生きる民として知られている……なのに、私自身も知る事すら及ばなかった未知なる敵の事を知り、幾度も闘った経験があるなどと……


そうした疑念に駆られた時、上空から黒き飛竜が舞い降りてきたのでした。




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