第4話

 週末、日曜日。


 五月に入って、日差しが強くなったこの国は、また、新たな気持ちにさせていた。さわやかな緑の風は、もう、半袖を指示していた。

 今日は、私たちが、カップルになって初めてのデートの日。いや、もう、初めて会ったあの時から、私たちはそんな関係だったのだろうか。


 でも、きっと、彼はちゃんと、私にわかる告白をしたかったのだろう。


〝俺といてほしいんだ〟


 彼のその言葉に、胸が大きく鳴った。


 あんな不思議な出会いだったのに、この恋は自然なような気がした。


 突然始まったのに、まるで今まであったかのような、優しく穏やかな流れでやってきた。




 今日朝、彼は私の家の前に迎えに来て、その片腕で、今日もどこかへ私を攫っていく。私を特別などこかに、運んで、特別の輝きを教えてくれるのだ。


 車に乗り込んでからは、夜とは違う、朝の軽快な、でも優しい洋楽が流れていた。




「じゃーん着きました、中華街」

「ほえーー」

「ほえーーって、なんかかわいい」

「そう?」


 暫く走って、彼はコインパーキングに車を止めて、横浜に着いたことを教えてくれた。


 そう言えば、明るい時間に会うのは初めてだった。


 彼の瞳は、夜とは違って、希望の太陽のように、ブルーが眩しかった。


「どうしたの?降りないの?食べ歩きしようよ」

「麗って、いつも宝石みたいだね」

「そりゃ、特別だからね」


 私が隣の席で、彼を見つめ続けていると、自慢げに、片手でおでこにかかった前髪をかきあげて瞳を見せていた。



 また、今日も彼の瞳に吸い込まれていた。宇宙よりも透明だった。遠くの星が見えるくらい、昼間も透明なのだ。


「いつまでみてるのさ」

「見ていたいから、あなたの特別を」

「そっか、でも、そろそろ降りましょうお嬢さん」

「なんだ、お嬢さんて」

「ちょっと待ってて、開けてあげるから」



――――パタン



 彼はどこかのジェントルマンのように、私の席の方まで来て、器用な片手で扉を開けてくれた。

 そんな彼に、より、特別を感じた。



「さて、食べたいものはある?」

「チャーハン」

「チャーハン?」

「好きだから」


 車から離れて、少し歩いたところで、彼が昼ごはんを聞いてきたので、私は指定した。

 チャーハンは好きだ、お米とおかずが一緒で楽ちんで、食べやすいし、何より美味しい。


「なら、この店とかどう?」


 少し歩いてから、彼は、チャーハンのサンプルがある、お店を指差して言った。


「いいね!調べたの?」

「直観」

「なにそれ、でも大事」

「自分の直観は信じろ!って誰かが言ってた」

「誰よ」

「誰だろ」


 なんだそれ、と思いながら二人で笑っていた。彼と話すときは、気を使うという概念が無いらしい。初めてあった時から、私のありのままを話せる、不思議な人。


 そんな風に、楽しい時間はあっという間に過ぎた。


「もう、夜だね」

「うん」

「赤い橋、いかない?」

「今から?」

「ダメ?」

「ダメじゃない!」


 気が付けば夜だった。横浜の街を、車を置いて、今日は練り歩いた。足に筋肉が付くんじゃないかってくらい、私たちはふたりで、歩いたのだ。


 もう、横浜は、夜景で特別になっていた。ビルの光が、私たちの今日の楽しい思い出を締めくくって、輝く。


 そして、彼の提案で、車に乗り込み、横浜の輝きとサヨナラをして、私たちの大好きな場所へ向かう。


 アクアラインの反対車線は、渋滞で、車のライトの光だらけだった。その光さえも、今日は特別に見えた。


 そして、多くの光を駆け抜けて、また、やってきた。


「今日も工場が揺れている」


 赤い橋の駐車場に着くと、また、工場の火が大きく揺れているのが見えた。何千度か何万度か、私にはわからないが、燃え盛る炎が私たちを熱くした。


「手、繋いで登ろう」

「うん」


 温かい、彼の特別な手が、私に温度を伝えていた。優しくて大きな手は、これからも、どこまでも私を攫っていってくれるんだ。


 特別などこかに。


「この橋、背が高いよね」

「日本一らしいよ」

「へえ、すごいね」


 手をグッと今日も引っ張られて、頂上を目指した。日本一の、この背の高い橋の頂上。


 橋の真ん中に着いた頃に彼は言った。


「今日も綺麗だ」

「うん」

「君が」

「え?」


 突然、彼の口から、こぼれた言葉にときめいた。彼の瞳の方が何十倍も、何百倍も綺麗だと言いたかった。


 でも、恥ずかしくて、言葉を返せなかった。


 沈黙の後、私は口を開いた。


「麗がいると、安心する」

「そりゃ、よかった」


 今日も揺れる炎と、それが映る海をふたりで見つめていた。


 そして、隣にいる、瞳が輝く君は、また、この場所で、私に告白をした。



「三年、三年このまま一緒に居られたら、結婚しようよ」



 その言葉に、私は目を大きく見開いた。隣にいる、美しい彼は、ダイヤのように輝く瞳で、私を見つめていた。


 私はまだ、彼の事をそんなに知らない。彼も私をきっと知らない。でも、彼とはこの先を考えられる。一緒に歩めると分かる。


 一緒に過ごして分かるのだ。


 何も言わなくたって、隣にいるだけですべてがわかる存在。


「ねえ、ダメかな?」


 長いまつ毛を靡かせて、宝石を見せる彼は、私の返事を待っている。


 繋いだ手の温度は、とっても熱い。




「ダメじゃない……じゃなくて」

「じゃ、なくて?」


「なら、三年一緒にいてよ」






 今日、片手で器用にご飯を食べる、彼を知った。昼には瞳が晴れる彼を知った。


 いつまでも、どこまでも、特別な彼を知った。


 これからも、特別な彼を私は知りたいし、ずっと特別なまま傍にいたい。




「君は特別なんだ、そんな君が好きだから。ずっと一緒に居たいよ」

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