第9節 アンデッド探索行その2


 ミレーを先頭に木立を抜けると、すぐに人工物が見えました。それはつたに覆われた2階建ての小さな建物で、新旧拠点がある丘のすぐ下です。



「ここは?」


 アニエスが尋ねると、ミレーが答えます。


「かつて神官戦士が建てた古い集会所か何かだと聞いています。ずっと昔からここにあるそうですが。それこそ、大破局からとのことです」


 ミレーはそう言うとイェルクを見ます。ミレーもこの建物の由来になると正確には知らぬため、専門家の意見を聞きたいようです。



 イェルクは建物を興味深く見ています。


「これは……うん、ほらここに日輪のマークが。太陽神ティダンの紋章だよ。確かに古いな。時代によって建築様式に変化はあるから普通は建設時期も特定できるもんだが、蔦で覆われてるうえ傷みがひどくて分からんな」



 ティダンは、この世界の主神であるライフォスに次ぐ神で太陽の象徴です。また、それゆえに夜に徘徊するアンデッドを嫌っており、その信者も積極的にアンデッド退治を行うと言われています。



「アンデッドを退治するティダンの建物のすぐそばでアンデッド騒ぎ、か」


 イェルクは感慨深く呟きました。そんなイェルクにアニエスは問いかけます。


「ところどころ焼け焦げてますけど?」


「うむ、これは昨日今日の焼け跡じゃない。相当に古いぞ。ここも古戦場だろうし」


 イェルクは、クロエ以外の前では良き先輩として振る舞っています。その横でミレーは、あくまで聞いた話ですが、と前置きして建物について話します。


「大破局の際、救援に来たティダンの神官戦士がここを拠点に活動したとのことです。戦後は、戦いの記念碑も兼ねてここに残ったと」



 そう言うとミレーは、建物の脇に回り込むと地面を指し示します。そこには、雑草に埋もれ倒れた石碑がありました。



「草ぼうぼうだな。手入れもされてないし、これからの季節、もっと生い茂るなあ」


 イェルクはそう言いましたが、横でエッダは誰に問うでもなく質問します。


「石碑って、お墓ですか? だったら、この建物からアンデッドが湧いて出てるんじゃ?」


 それにはイェルクが答えました。


「いやミレーさんが言う通り、ここで何があったとか書き留めるものだよ。残念ながら字は掠れてるが。でも墓地じゃない」



「どっちにせよ、中に入ってみれば分かるよ。ミレーさん、ここも入り口に封印がされてますが、もう中は見たんですかネ?」


 ハイエルダールが尋ねると、ミレーは無論ですと答えました。


「私もその場にいましたが、ホコリが積もっていて人が踏み入った形跡が全くなかったことは確認しています」



「しかし、ゴーストってのは足跡がつかんのでは」


 イェルクが冗談めかしてそう言いましたが、ミレーは生真面目に答えます。


「足跡が残るのか分かりませんが、今回の事件、アンデッドを操る奴らがいると分隊長はお考えのようです。それが何者かは別として、その者の痕跡もありません。ところで」


 ミレーは、イェルクに向き合いました。


「ジルベール氏がこの建物を初めて見たとき、この建物の保全についてクロエさんたち遺跡・地盤調査班で検討してほしそうでした」


 と言うと? とイェルクはその真意を問います。


「この建物は崩壊の危険性があります。ジルベール氏だけでなく、冒険者も指摘していました。専門家であるイェルク氏らの判断にお任せしますが、この建物に資料的価値を認め保存するかどうかという話です」



 ジルベールたちは建設屋です。どんどん建物やレールを敷いていく彼らを、クロエたち遺跡・地盤調査班がアドバイスして迂回させたり、保全すべきものは調整します。2つの班は車輪の両輪なのです。



 イェルクは、とりあえず中を覗くことにします。


「ふむ、入口の封印が動かされた跡はないな。よし、誰か手伝ってくれないか。念のため見せてもらおう」


 イェルクとヴェルナーが一緒に封印を持ち上げると、扉を開け中へと入りました。



「昼間でも薄暗いな。これじゃ太陽神の名折れだ」

 イェルクが覗き込んでボヤきます。



 そこは文字通り何もなくガランとしていました。ただ、奥には2階へと続く階段だけは認められます。それ以外に目につくものと言えば、ところどころに足跡が残っていることくらいです。



 ミレーが足元を指し示しながら解説します。


「この足跡は我ら騎士団と冒険者のものです。その奥は見ての通りホコリがビッシリで、誰かが踏み入った様子は全くありません。奥に見える階段は、見るからに脆くなっているため、近付くのも危ないかと」


 ミレーが言う通り、階段だけでなく建物自体の老朽化が激しく早晩崩れそうです。



「イェルクさん、ティダンの神官戦士が建てたなら、太陽神らしくもっと光を取り入れたり、小さくとも祭壇くらいはありそうですが」


 ヴェルナーも自分なりの知識でイェルクに話しかけます。


「うーん。よく分からんが、ここは礼拝堂ではなく、戦いから一般市民を保護すべく仮に設けられただけかもしれないね。つまり収容所の代わりだな」



 その会話を聞きながら、横でアニエスはぼやきました。 


「色々見て回ったけど、アンデッドの気配がないね。でも、古い時代の甲冑を着てたって言うなら、ハイエルダールくんの言う通り、この辺で亡くなった人の魂だろうし、工事拠点ができる前からアンデッド騒ぎがあってもおかしくないんだけどなあ」



 それを受けてミレーは、建物から出るよう促すと、次は村へ行こうと提案します。 

 

「過去の話は、地元をよく知る村の者に聞いたほうがよろしいかと。実は勝手な都合で恐縮ですが、先程もお話したこの辺りで唯一の村に用事もありますので、いったん馬車を取りに戻り、その村までご案内しましょう」



 ミレーの話によると、拠点構築にあたっては食料問題がありました。そこで近隣の村、と言ってもかなり遠いのですが、ずっと前に野菜の供給を依頼しており、ミレーほか数名の騎士がその運搬を馬車で行っているとのことでした。



 その時、馬車と野菜という言葉を聞いて、4人はふと前回の旅を思い出しました。何だか嫌な予感がしてミレーの顔を見ましたが、ミレーはこともなげに言います。


「大変恐縮ですが、皆さん帰りは野菜と共に馬車へ乗っていただけますか」


 今日、ミレーがこの探索行に参加したのは、そういう目的もあったのです。



(次回「クロエの直感」に続く)

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