第12節 決着のとき

 それはエッダの声でした。


 目の前の敵を仕留め、ヴェルナーとハイエルダールのために飛び出してくれたのです。



 エッダは背の低いハイエルダールを跳び箱の要領で飛び越えると、跳躍の勢いを得てゴブリンに切りかかります。

 飛び込んだことで加速が付いたか、1体のゴブリンに相当な打撃を与えました。



 彼女の場合、太刀を力任せに振り回すスタイルではないため、打撃力は男性剣士に劣りますが、加速しながら打ち付けることは切れ味を増すためにも重要な動作です。


 エッダは着地もそこそこに余勢を駆ってもう1体のゴブリンにも剣を振るいます。  

 が、これは牽制です。無理な体勢から命中させることが狙いではなく、ヴェルナーとハイエルダールに群がる敵の注意を自分に引き付けたのでした。


 怒ったゴブリンがエッダに反撃を試みます。1体目の攻撃はうまく避けましたが、走りこんだ分だけ反動がきつかったか。2体目のゴブリンが手にした剣で左腕に傷を受けてしまいました。



 さらに間が悪いことに、少し回り込んだ位置から5体目の蛮族が近付いていました。

 

「ボルグだ!」

 

 ヴェルナーとハイエルダールは、青みがかった肌と全身を覆う白い体毛から、すぐさま敵の正体を看破しました。


 ボルグはゴブリンよりも力が強く、不利な状況でも最後まで諦めずに戦い続ける凶暴な敵です。今までその姿が見えなかった5体目は、ゴブリンより手強い相手でした。



 何も言わず叫び声もなく、悠然とボルグはエッダに襲い掛かります。


 エッダは太刀筋を見切って瞬時に上体を沈めると紙一重で躱しかわしました。軽やかな足さばきで事なきを得たものの、切っ先がかすめた際に後ろで束ねた髪の毛が解けほどけて広がりました。


 敏捷びんしょうなエッダゆえ回避できましたが、ハイエルダールなら避けられずに吹き飛んでいたところです。



 エッダはボルグにも剣を振るいます。流石にボルグはゴブリンよりも格上ではじかれましたが、近い間合いから繰り出すエッダの攻撃では、走りこんで加速するなどの予備動作が足りず、そもそも致命傷とはなりえません。

 

 さらに、ボルグに気を取られすぎたか、または負傷した左腕を無意識に庇ったかばったせいか、エッダの右半身をゴブリンの剣がかすめます。



 目まぐるしく攻守が変わる乱戦の中、ヴェルナーもまた前線に踏みとどまって再び神に加護を求めます。エッダに向け手をかざすと、彼女に刻まれた裂傷がみるみる塞がっていきました。初めての仲間を失いたくないという思いが神に通じたか、応急処置としては十分すぎるほどです。



 しかし、エッダ1人で蛮族3体を一度に相手取ることはできません。


 ボスクラスのボルグが来たことで、いやらしくも1体のゴブリンはエッダを避けてすぐ後ろのハイエルダールの方へ回り込もうとします。ヴェルナーはそのカバーに割って入ります。

 

 その間、ハイエルダールは再度の攻撃呪文を打つことができずにいました。この位置関係では味方を巻き込んでしまうからです。彼にとってはモヤモヤする状況が続ていました。


 こうしてヴェルナーがゴブリンの攻撃を受けようとするその刹那せつな



 風切り音と共に鳴り響く強い2連撃の打撃音。



 倒れたのはゴブリンの方でした。

 エッダに後ろを振り向く余裕もありませんが、何が起こったかはすぐ分かりました。


「ミャア!」


 アニエスが駆けつけたのです。



 さらに続けて、


「ミャア! ミャア!」


 と2回鳴く声がします。


 2回の意味は予め決めています。アニエスが走り込んでくる気配を感じてエッダはうまく屈みこむと、アニエスはエッダの背中の上で1回転しその勢いのままボルグに向かってケリを2連撃で放ちました。

 

 ゴブリンを倒した勢いそのままに、今度はエッダの救援です。


 エッダもそれによって勢いを得たか、残ったゴブリンの鎧の隙間から急所をきれいに打ち抜くと、これで最後のゴブリンも昏倒します。



 あとはボルグ一体だけです。


 エッダはゴブリンを倒すや否や、返す刀で振り向きざまボルグに切りつけ相手を遠ざけると、彼女は素早く1回転しながらアニエスの側に辿り着きます。


 2人は背中合せになってボルグの前に立ちはだかりました。

 


 エッダは何の意図もなくアニエスの横に来たわけではありません。エッダとアニエスの体で後方にいるハイエルダールの動きを隠したのです。

 

 エッダがボルグに対して右手の剣を突きつける裏で、後ろ手にしたもう片方の手でハイエルダールに対して合図しました。


 それもまた事前に決めていた合図でした。ハイエルダールもここにきてようやく冷静になったか、その意図を理解します。彼は急ぎ小声で呪文を唱えます。 



 その間に、エッダはおもむろに脇に差したままにしていた剣の鞘を引き抜くと、これ見よがしに投げ捨てました。


 この一撃に賭けるつもりで邪魔になるものは捨て去ったように見え、確かに事実そうなのですが、同時にそれは時間稼ぎの動きでした。ボルグもエッダが捨て身の攻撃を仕掛けるのだと考え、それを受けるべく身構えます。

 

 そんな僅かなわずかなやり取りが、ハイエルダールに時間を与えました。



「ファナティシズム!」


 ハイエルダールが叫ぶと同時に、エッダとアニエスの体に強い力が満ちました。

 この呪文には、恐怖に打ち勝ちいつも以上の力を奮い立たせる効果があるのです。



 エッダとアニエスには、もう敵の攻撃を回避するつもりなどありません。攻撃にのみ意識を集中させると、次の瞬間、周囲にはエッダとアニエスの動きが一瞬加速したように見えました。


 まるで地面を滑るようにしてアニエスが一気にその距離を詰め拳を捻じ込むと、カウンターでボルグの反撃がアニエスを掠めます。体の大きなボルグの一撃は掠めただけでも相当な威力でしたが、彼女は歯を食いしばってその場に踏み止まります。


 アニエスはおとりでした。


 直後、ピッタリ後ろに付いて走りこんでいたエッダがアニエスの体の影から飛び出します。


 ボルグにはその分だけ剣の出所が見えません。見えぬまでもボルグは必殺の一撃を与えんと手にした武器を振りかざしましたが……。



 倒れたのはボルグの方でした。



(次回「黒い予兆」に続く)

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