第二十ニ話:ギルド試験狂騒曲⑮/大騒動、大惨事、大事件 -Trouble & Accident & Emergency-


 一方その頃──ラスヴァー家旧邸宅、裏庭・果樹園かじゅえん


果樹園かじゅえんと聴いていたから、もっとこう爽やかな空間をイメージしていましたのに──何というか、随分ずいぶん鬱蒼うっそうとしてますわね」


 迷宮庭園を駆け抜けたラウラとトウリは、そのまま庭園の裏手にある果樹園かじゅえんへと足を踏み入れていた。其処そこは果実を育てる果樹園かじゅえんの爽やかな日差しの差し込む印象イメージとはほど遠い──陰気いんきで暗い、まるで深い森のような空間であった。


「──スンスン……これは、リエムの実の樹だな」

「リエムの実……! まぁ、高級果実ではありませんか!? わたくしですら王都のお屋敷やしきで、数回しか口にしたことありませんのに……!!」


 トウリがつぶやいた『リエムの実』と呼ばれる高級な果実の名に、ラウラは目を輝かせながら果樹園かじゅえんを見上げる。


「リエムの実ってのは、たっかーい樹に実る果実でな。高い樹が吸い上げた“魔素マナ”をたらふく溜め込んだ実が、極上の果実になるって訳さ」

「何と……あの高い樹に、実る果実は一つだけですの!? 道理で、やたら流通してないし、ほっぺが落ちるほど美味い訳ですのね……」


 自分がかつて口にした高級な果実の味を思い出しているのか、ラウラは明後日あさっての方向を見ながら思い出に浸っていた。


「リエムの実って確か一個2万ルーツ(※日本円で約20万円程)もする高級品なんだが……やっぱ貴族か、ラウラは……!」

「なら此処ここ家主やぬしは、そのリエムの実を栽培していたのですね?」

「あぁ、失敗だけどなコレは……」

「──と、言いますと?」

「一個の果実が周囲の“魔素マナ”をたらふく吸い上げるんだ。こんなに植えてちゃ、育つもんも育たねぇよ」

「なる程、欲をかいて失敗したのですね?」

「そう言うこった──ッ!? ストップだラウラ、。それに──スンスン、これは……血の匂い!?」


 周辺の様子をつぶさに観察しながら、樹々によって薄暗くなっている果樹園かじゅえんを進んでいたラウラだったが、に気付いたトウリが差し出した右腕に阻まれて足を止めてしまう。


「…………ッ! 確かに……少し生臭いですわね……!」


 その匂いはただの人間であるラウラにも嗅ぎ取れる程に、果樹園かじゅえんの奥のくらがりからただよってくる──なにかの血の匂い。


「獣……いや、この血肉の匂いは……両生類りょうせいるい──蛙か? それも一匹や二匹じゃねえ……大量にられてやがる……!!」

「な、何が起こっているのですの、トウリさん……!?」

「大量の蛙みたいな魔物モンスターの血肉の匂い……それに混じって辺りを徘徊はいかいする大型の獣の匂いが一つ……」


 それは、果樹園かじゅえんに潜んでいた“蛙”らしき魔物モンスターが、謎の大型獣に襲われた事を意味していた。


「こんな鬱蒼うっそうとした森に棲む蛙の魔物モンスターと言えば──『フォレストフロッグ』ですわね!?」

「──だな。問題はそのフォレストフロッグの群れが、何にられたかだ」


 蔓延はびこ血生臭ちなまぐさい匂いに鼻をしかめながら、ラウラとトウリはそれぞれ大剣と拳を構えながらゆっくりと果樹園かじゅえんの奥へと進んで行く。


 フォレストフロッグ──この果樹園かじゅえんに大量にいたであろうその魔物モンスターは、ふたりが選抜試験で倒したスライムや魔犬に比べれば明らかに格上であり、恐らくはこの試験で“3ポイント”が割り振られている。まだれっきとした“冒険者”とは言えないラウラとトウリには少々荷が重い魔物モンスターであるフォレストフロッグを、殺戮さつりくした“怪物”が──この果樹園かじゅえんに潜んでいる。


「その大型の魔物モンスターは、アイノアさんが準備したのでしょうか……?」

「だと思う……ぜ。いくらなんでも、おれたち参加者が手も足も出ない化け物を投入するなんて、あの趣味の悪い女でもしねぇ筈……いや、アイノアの事だから確証ねーけど」


 鼻腔びこうに拡がる生臭い血肉の匂いと共に、じわじわと広がってくる不安をかき消すようにラウラたちは必死に見繕みつくろうが、徐々に強くなってくる血の匂いがふたりの不安感をより強く増幅していった。


「──スンスン……ウッ!? 血の匂いが強くなってきやがった……近いな」


 トウリがあまりの刺激臭しげきしゅうに反射的に顔をらしたのを確認すると、ラウラもごくりとつばを飲み込み──大剣を身体の前に構える。


 そして──ふたりが目の前にあった倒れた大木たいぼくを乗り越えた時、その光景は姿を表す。


「な、なんですの……こ、これは!!?」

「おいおい……冗談じゃねぇ……!! 何考えてんだ、あのアイノアとか言う奴……!!」


 果樹園かじゅえんにポツンと存在するいずみ──森に潜むフォレストフロッグの住処となりうる場所。其処そこに広がっていたのは、死屍累々ししるいるいと広がる──大量のフォレストフロッグのだった。


「む、むごい……!! 何が起こったんですの!?」

「──嫌な予感がするな……!! ラウラ、一旦邸宅まで戻るぞ!」


 フォレストフロッグたちは皆、一様いちように何者かに喰い散らかされており、臓物ぞうもつを撒き散らし、身体の所々が喰われて欠損していた。


 そのおぞましい光景に恐ろしい予兆を感じたトウリは、ラウラの腕を掴んで邸宅まで避難ひなんしようとする。


 しかし──、


「Gurrrrrr…………!!」


「な、何ですの……今のうめき声は……!?」

「──最悪だ、こりゃ……群れの“ボス”だ……!!」


 ──退避たいひわずかに遅かった。ふたりを威圧するように、不気味な獣の呻き声が辺りに響き渡る。


 ラウラとトウリが迷宮庭園で打ち倒した魔犬よりも遥かに大型の肉食獣の声。そして──“パキパキッ”と落ちた枝を踏みしめる音を鳴らしながら、その怪物はゆっくりと近付いて来る。


「ト、トウリさん……わたくし──さ、寒気がして足が、ふ、震えていますわ……!!」

「き、奇遇きぐうだな……! お、おれもだよ……!!」


 姿は見えずとも、その怪物の放つ威圧感は凄まじく、ラウラとトウリはその威圧感に気圧されて、その場に立ちすくむしかなかった。それはあたかも、捕食される事が確定して抵抗を諦めた弱者の様に。


 ラウラとトウリは額から冷や汗をダラダラとらし、口をパクパクとさせながら──その怪物が姿を現すのを待つばかり。


 そして、そんな彼女たちに狙いを定めたかの様に──泉の向こう側から、獣は現れる。


 灰色がかった毛並み、金色こんじきに輝く鋭いまなこ、大地を蹂躪じゅうりんするかの如く強靭きょうじんに発達した四本の脚、獲物を一撃で仕留める鋭くがれた爪、硬い甲羅こうらすら容易たやすく噛み砕ける程にとがった牙──体長数メートルはくだらない巨大な魔犬の怪物が、フォレストフロッグの亡骸をくわえながら姿を表す。


「あ、あばばばばばば……!!」

「あ、あわわわわわわ……!!」


 あまりに“規模スケール”の違う怪物の出現に、ラウラとトウリはただ──情けない声を上げるだけ。そして、泉を挟んだ対岸に、ふたりの少女と言う新しい獲物を見付けた怪物はゆっくりと、咥えていたフォレストフロッグはその場に捨て去ると大きく息を吸い込む。


 そして、果樹園かじゅえんの天に向かって──、


「WowooOOOOOON!!!!」


──高らかにえる。それは、狩りの合図か、ふたりの少女に向けた死刑宣告か。


 果樹園かじゅえんをざわめかせる程に木霊こだまする大きな咆哮ほうこうは、音の突風と化してふたりの少女の髪や尻尾をなびかせる。


 その真っ直ぐに獲物えものを見据える強大な捕食者を前に、ラウラとトウリが取れる選択肢は3つしか無い。


「ぎ……ぎ……!!」

「ぎ……ぎ……!!」


 勇敢ゆうかんあらがい名誉の戦死を遂げるか、全てを諦めてただただ餌として喰われるか、あるいは──、


「「ぎ、ぎゃああああああああああああああ!!!?」」


 ──脱兎だっとの如く、全力で逃走を試みるかである。


「Garrrrrrrrrr──!!」


 絶叫を上げ、その声を原動力にしてラウラとトウリは全力で逃走を始める。そして、ふたりの“少女エサ”が逃げたのに気付いた獣もまた──ふたりを追って駆け始める。


「「た、た、助けてぇえええええええっ!!!!」」


 逃げるは少女ふたり、追うは巨大な魔犬──『ハウンド・クイーン』。このラスヴァー家旧邸宅に放流された魔犬たちの女王個体──連れ去られた我が子達を追い掛け、迷い込んだ


 カティスが観た──スティアとフィナンシェの“死の未来”まで、残り3分。

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