第二十話:ギルド試験狂騒曲⑬/スティア=エンブレムの受難 〜LUK:0〜


 ──選抜試験開始から20分経過、ラスヴァー家旧邸宅通路。


 ──ズゥゥウウン……!!


 遠方──邸宅の外、迷宮庭園辺りから聞こえた衝撃音と衝撃波が邸宅内の各部屋を結ぶ長い廊下にも響き渡ってくる。


「──きゃっ!? す、すごい衝撃……!!」


(…………今のはあのふたり──ラウラとトウリとか言う小娘こむちゅめたちの仕業ちわざでちゅね)


「お外で何かあったのかな〜? わたし達も頑張らないとね、スティアちゃん♪」

「……そ、そう言うのは、はぁはぁ……後にしてっ!! ──やぁああ!!」


 フィナンシェの呑気のんきな台詞に文句を言いながら、スティアは自分に向かって飛び掛かってきたゼリー状の魔物モンスター──スライムを剣で斬り払う。


「だぁー! だめだ、ゼリーのせいで剣筋けんすじがズレて“コア”を上手く斬れない……!!」

「スティアちゃん、頑張ってー♡」

「──フィーネも手伝ってよ〜!!」


 しかし、スティアの剣はスライムの青いゲル状のボディに阻まれトドメを刺し損ねており──生き残ったスライムは小刻みに震えながらスティアの攻撃で欠損した部位の再生を行っていた。


「うえ……気持ち悪い……!!」

「スライムは身体の中央にある色の濃い“コア”を壊さないと倒せないよ〜!」

「知ってるってば〜! もう、あたしも魔法が使えたならなぁ……!」


 自身の非力さに嫌気が差したのか、スティアはブツブツと独り言をつぶやきながら再び剣を構えてスライムと相対する。


「ばぶ、ばぁっぶぅ……!!(約:全く、我が末裔ながらなちゃけない……!!)」

「ほら、この子もスティアちゃんを応援してるよ〜。『お姉ちゃん、頑張れ〜』って♪」

「…………多分、違うと思う……!」


 スティアの想像通り、フィナンシェの背中から傍観しているカティスは、スティアの──魔王カティスの末裔が、たかだかスライム如きに苦戦している様を観て放辟ほうへきしていた。


(あんな低級の魔物モンちゅターなぞ、おれが一瞥いちべつちてやれば──瞬時ちゅんじ雲散霧消うんちゃんむしょうちゅると言うのに……!)


 かつての『魔王カティス』であれば──その蛇のように鋭い眼力がんりきだけで、大半の生物を鏖殺おうさつする事が出来た。


 そう──かつての自分の持っていた絶対的な“暴力”を思い出しながら、カティスがスティアと対峙するスライムを観た瞬間──、


 ──ボチュン!!──


「やぁーー、あぁあああああ!!?」


 ──スティアの目の前で情けない音をさせながらスライムは雲散霧消して消滅し、今まさに斬り掛かろうとしていたスティアは、弾けて飛び散った大量のスライムのゲル状の液体を全身にぶっかけられてしまう。


「スティアちゃーーん!!?」

「あっぶぅ……!(約:しまった……!)」


 弾けたスライムのゲル状の液体で足を滑らせ転倒したスティアは、スライム塗れになりながらその場にへたり込んでしまう。


「うぇ〜、ベトベトするしくっさ〜い……!!」

「……大丈夫?」

「へいき〜。はぁ……この服、お小遣いちょっとずつ貯めてせっかく買ったのに〜!」


 身体中に付着したゲル状の液体を手で払いつつ、スティアはスライムの爆散ばくさんと一緒に弾け飛んだデフォルメされたアイノアの“タグ”を拾う。


『ヤッホー♪ こちらの“タグ”は1ポイントでーす♡ がんばれ♡ がんばれ♡』


「…………腹立つ……!!」

「これで……いま全部で3ポイントだね」

「うむむ、全然足りてない……! ねぇ、フィーネ……やっぱり外に行かない?」

「そうは言っても……この子が……」


 まだ選抜試験が開始して20分程しか立っていないが──現状の3ポイントという手応えのない成果にスティアは若干の焦りを感じ始めていた。その為、より多くの魔物モンスターとポイントが見込める邸宅の外に足を運ぼうとフィナンシェに提案するが──、


「ばぁぶ、ばぁーっぶ!!(約:だめ、許ちゃんでちゅ!!)」


 ──ふたりの“安全”を優先したいカティスは、フィナンシェが背負った赤ちゃんの邪魔にならないようにとった長いピンク色の髪を、グイグイと引っ張りながら抗議の意思を示す。


「いたた……! お姉ちゃんの髪の毛を引っ張らないで〜!」

「でもこのままじゃ時間までにふたりで40ポイントなんて──ッ!! フィーネ、後ろ!!」


 選抜試験合格の心配をしていたスティアだったが──フィナンシェに近付く何かを感じ取ったのか、大声を上げて警告を発する。


「スティアちゃんどうしたの…………あっ、スライム……!」


 そのスティアの叫びに身体を少しビクつかせながら、フィナンシェが後ろを振り返ると──其処には、今まさにフィナンシェが飛びかかろうとしているスライムの姿があった。


「──────!!」


 スライムに気付いたフィナンシェは慌てて杖を構えようとしたが、それよりも早く──スライムは彼女向けて飛び掛かってくる。


(──フン、阿呆あほうめが……!!)


 しかし、フィナンシェにはカティスが付いている。当然、彼女への守りは完璧であった。


 ──ピー、ピー、ピー、ピー、ピピピピッ!──


 スライムがフィナンシェに近付こうとした瞬間──彼女の周囲に無数の小さな“孔”が出現し、そこから無数の赤い怪光線がスライム目掛けて、直線的に、直角に曲がりつつ、大きく円を描くように──様々な軌道で襲いかかる。


「──────!!?」

『ヤッホー♪ こちらの“タグ”は1ポインt──』


 そして、その無数の怪光線が直撃した瞬間──スライムは引っ付いていた“タグ”ごと一瞬の内に粉々に分解されて消滅してしまう。


「──うわっ!!?」

「──きゃあ!!?」


 その光景にふたりは驚きの声を上げるが──フィナンシェの背に背負われているカティスだけは、この怪光線の正体を知っていた。


魔王九九九まおうきゅうひゃくきゅうじゅうきゅうちゅき──『彼方より来たるダークちゃイド破滅の光・ビーム』)


 魔王九九九式まおうきゅうひゃくきゅうじゅうきゅうしき──『彼方より来たるダークサイド破滅の光・ビーム』、術者の周辺に不可視の結界を張り、そこに踏み込んだ敵に無数の怪光線ビームを見舞う攻撃系統の『紋章術式クレスト・アーツ』。


 結界の射程距離レンジは数センチから数万キロ(※魔王カティス談)であり、敵を索敵サーチした瞬間に放たれる赤い怪光線ビームは対象に触れた瞬間──超高温のプラズマを発して触れたものを瞬時に融解ゆうかいさせる。


 また、赤い怪光線ビーム標的ターゲットへの自動追尾機能が備わっており、攻撃対象がどんなに素早く動こうが転移ワープを行おうが──軌道を無限に変えて恐ろしい特性を有している。


 カティスはこの極めて殺傷能力の高い防御結界をフィナンシェに使用して、彼女の身の安全を守っていた。


「……………………なに今の??」

「……………………もしかして、この子が??」


 スティアは目の前で起きた異常事態に呆気にとられ、フィナンシェは背中で大人しくしているカティスに恐る恐る視線を送る。


「…………あたしもそれで守って欲しい〜」


(フィナンシェはおれのお気に入りでちゅからね。これぐらいサービちゅでちゅ♪ スティア……お前はおれの末裔──ちゅパルタでいくでちゅ……!!)


「うげ……! あたしのこと、すっごいジトーっとした眼で見てるぅ〜!」

「あはは……スティアちゃん、さっきので少し体力減っちゃったでしょ? いま回復してあげるからね♡」

「おねがい〜♡」


 他愛たあいのないやり取りをしながら、周囲に魔物モンスターの気配が無いと判断したフィナンシェは、スライムと戦い疲弊ひへいしたスティアに回復魔法を掛けようと、彼女に近付いていく。


 軽快けいかいにブーツを鳴らしながらフィナンシェはスティアの元へと駆けて行き、あと数メートルと言う距離まで差し掛かった瞬間──。


 ──ピー、ピー、ピー、ピピピピピピーッ!!──


 カティスの『彼方より来たるダークサイド破滅の光・ビーム』がスティアに向けて大量に照射された。


「──って、ぎゃぁあああああああ!!! あたしも攻撃対象かいぃいいいいいいい!!!?」

「ス、スティアちゃーんんんんんんんんん!!?」


(あっ、ちまった……。スティアに“敵味方識別マーキング”を付けるの忘れてたでちゅ♡ まぁ、人間には殺傷能力がいちじるちく低くなるように設定ちぇっていちてるから大丈夫でちゅ♡)


 フィナンシェとカティスの目の前で大量の怪光線ビームに襲われるスティアは、衣服から黒い煙を上げながら痛みにのたうち回っていた。


「……スティアちゃん、だ、大丈夫……?」

「だいじょうぶじゃないぃいい、はやくはなれてぇええええええ!!」

「…………痛みにもだえるスティアちゃん──すっごく可愛いー♡ わたし、すっごく興奮こうふんしてきた♡」


 そんなスティアの苦痛にあえぐ姿を見て、フィナンシェはうっとりと恍惚こうこつ表情かおを浮かべていた。


「ば……ばぁぶぶぶぶーーっ!!?(約:へ……変態でちゅーーっ!!?)」

「いいからはやくのいてよぉおおおおお!!!」


『ピピピピーッ、こちらアイノアちゃん自警団じけいだんーッ!! SMエスエムプレイ中のスティア=エンブレム選手、フィナンシェ=フォルテッシモ選手、聴いてますかーーっ!!』


 無数の怪光線ビーム滅多打めったうちにされているスティアをフィナンシェが眺めていると、廊下の窓の外から甲高かんだか警笛音けいてきおんと共にアイノアの声が響いてくる。


「ア、アイノアさん!? ち、違います!! わたしはただ……スティアちゃんが苦しむさまを観てよろんでいただけです!!」


(それこそSMプレイでは……??)


『いま、アイノアちゃんの“タグ”を壊しましたねーっ!? 分かるんですからね!!』


(あー、確かに、ちゃっきちゅライムと一緒に『彼方より来たるダークちゃイド破滅の光・ビーム』で“タグ”も消し炭になっていたでちゅね……!)


『何かあの“タグ”に仕掛けでもしてるのか……?』

『あの可愛いデザインの“タグ”は〜、アイノアちゃんが魔力を流し込んで作った一品! ですから、あの“タグ”はアイノアちゃんの分身とも言えるのです!!』


『……それで?』

『もし、あの“タグ”に何かあれば──その衝撃がアイノアちゃんにフィードバックする様になっているんです〜! その痛みは──まるで処女膜を破られた時の様なにっぶ〜い痛み……!』

『すまんアイノア。その例え、私には分からん』


「わたしも分からないです」


『……そうなの? アイノアちゃんも処女だから分からないんだけど……♡』

『なら、なんで処女膜で例えた!!?』

『いや〜、エスティちゃんもフィナンシェ選手もこの例えなら理解出来るかな〜って♡』


『「できません!!」』


(……やれやれ、女3人で何を莫迦な会話をしてるんでちゅか……!)


「何でもいいから、はやく助けてぇええええええええ!!!!」


(スティア……我が末裔よ……。頑張るでちゅ……!!)


 このあと、カティスが『彼方より来たるダークサイド破滅の光・ビーム』を解除するまでの3分間──スティアは無数の怪光線ビームを浴びせられ続けた。

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