【ある魔女の追想】⑩
最愛の人との始まりとここに来てからを振り返った咲子は、静かに目を開けた。
視界に広がるのは変わらない光景。静寂。同じ過去を繰り返し続ける世界。
咲子は立ち上がり、手すりを掴んで階段を上っていく。303号室の前に、銃を持った女の子がへたり込んで震えていた。
「ち、違……違うんです、私、私、要君を止めようと……」
女の子は声を震えさせて言った。彼女が両手で持つ銃の口からは煙が上がっている。発砲直後だということが見て取れた。
咲子は、女の子の顔の先に視線を向ける。一メートルほど離れた所に、男が倒れていた。男は喉をやられたようで、短い呼吸をしながら血を吐いている。長くはないだろう。
咲子はその二人に何をするでもなく、303号室を開けた。
「でも、咲ちゃんは死んじゃだめだよ。嬉しいけど、僕がいなくなったからって僕を追いかけるのは……すごく悲しい」
台所に立つ男性……加賀秋仁が、誰もいない空間に向かって一人でしゃべっている。その言葉を聞くのは、もう何百回目か分からない。
咲子は靴のまま玄関に入り、台所に行って棚から包丁を抜く。それを、いつものように自分の喉へ向ける。
部屋の前でへたり込んでいる女の子を一瞥すると、咲子はいつも通り自分の命を終わらせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます