【ある魔女の追想】⑩

 最愛の人との始まりとここに来てからを振り返った咲子は、静かに目を開けた。

 視界に広がるのは変わらない光景。静寂。同じ過去を繰り返し続ける世界。

 咲子は立ち上がり、手すりを掴んで階段を上っていく。303号室の前に、銃を持った女の子がへたり込んで震えていた。

「ち、違……違うんです、私、私、要君を止めようと……」

 女の子は声を震えさせて言った。彼女が両手で持つ銃の口からは煙が上がっている。発砲直後だということが見て取れた。

 咲子は、女の子の顔の先に視線を向ける。一メートルほど離れた所に、男が倒れていた。男は喉をやられたようで、短い呼吸をしながら血を吐いている。長くはないだろう。

 咲子はその二人に何をするでもなく、303号室を開けた。

「でも、咲ちゃんは死んじゃだめだよ。嬉しいけど、僕がいなくなったからって僕を追いかけるのは……すごく悲しい」

 台所に立つ男性……加賀秋仁が、誰もいない空間に向かって一人でしゃべっている。その言葉を聞くのは、もう何百回目か分からない。

 咲子は靴のまま玄関に入り、台所に行って棚から包丁を抜く。それを、いつものように自分の喉へ向ける。

 部屋の前でへたり込んでいる女の子を一瞥すると、咲子はいつも通り自分の命を終わらせた。

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