第8話 猫ヶ島へ寄付せずんば猫で儲けるべからず

 ネコロポリスをあとにしたあたしたちは、せまり橋をたて一列に並んで渡っていた。

 吊り橋といっても、厳密げんみつには、植物のつる橋桁はしげた両岸りょうがんから支えている原始的な斜張橋しゃちょうきょうで、猫四匹が乗っても少々ゆれる。

「ネコロポリスって、猫の幽霊ゆうれいが出るのかな?猫の幽霊って、いるのかな?」

 最後尾さいこうびを歩いている黒猫クーが、わくわく感を両目に宿やどして前方へ呼びかけた。

 先頭を歩くロシアンブルーのシャドーは、

「いないよ」

と答えた。

 あたしとショーは、

「いるよ」

と背中で答えた。どうして、あたしたち二匹のみ「いる」と答えたのか、クリスマスの夜に判明はんめいするようになっていた。

 もうすぐ、橋を渡り終えそうになった時、対岸たいがんに、突如とつじょとして、ブチ猫ブーと子分たちが現れた。子分の数が増えている。何十匹いるだろう。

 まるで、仁王立におうだちするように四肢ししって立つブチ猫ブーが、

「おい!前から二番目の三毛猫!さっきは、よくもバカ呼ばわりしてくれたな」

と、がなり立てた。あたしも負けじと、首を伸ばして、怒鳴どなり返した。

「バカにバカと言って何が悪いんだバカ!それに、あたしには三毛猫ミーって名前があるんだから、覚えときな、バカ」

「一気に四回もバカ呼ばわりしやがったなあ!もう許せねえ」

 ブチ猫ブーが重戦車じゅうせんしゃよろしく猪突ちょとつしてきた。そのあとを、子分たちが、一匹ずつ、縦隊じゅうたいで続く。

 先頭から三番目のショーが振り向いて、

「ここは場所が悪い。回れ右して、逃げろ!」

と、最後尾の黒猫クーへ指示した。

「わかった。逃げるが勝ちだよね。これぞ無敵」

と、二匹がきびすを返すと、最後尾の黒猫クーが先頭になって、来た道を、走って戻った。その後をショーが続く。

 あたしは正面衝突しょうとつしたかったが、てきに後ろを見せて最後尾になってしまったシャドーが、退路たいろふさ位置いちに立っているあたしへ、

「逃げよ?ね?」

うながすものだから仕方がない。あたしもUターンして走った。

「待てえ!」

 ブチ猫ブーたちが追ってくる。何十匹が橋の上に乗っているのだろう。橋は大きく上下にれた。

「早く!」

 橋のたもとで、黒猫クーが待っていた。

「こっち!」

 黒猫クーにみちびかれるまま、あたしは、追尾ついび撹乱かくらんするように獣道けものみちへ入り、山を登り、川を下り、やっと追手おってを巻いた。

「ショーとシャドーに、はぐれちゃったね」

「きっと無事だよ」

 猫らしいマイペースで、黒猫クーは毛繕けづくろいしながら、

「おなかいたね。そうだ、観光客に何か食べさせてもらおう」

「観光客?」

「うん。さあ、行こう」

「僕も一緒に行っていいですか?」

 木の上から、シャルトリューの声が落ちてきた。

 シャルトリューという種類の猫は、かしこさを象徴するように頭でっかちで、おでこが異様に広い。

「もちろん。一緒に行こう」

 友好的な黒猫クーは二つ返事で答え、

「シャルトリューのリューは、もの知り猫のリューと呼ばれているくらい、いろんなことを知っているんだ」

と紹介してくれた。その猫リューが、

「あなたを見るのは初めてですが、新入りですか?」

たずねてきた。あたしは適当に、

「ん、まあ、ね」

と答えた。

「では、この島の予備知識を授けましょう。ご存じないでしょうから」

と、人差し指を突きたて、説明してくれた。

 猫ヶ島ねこがしまは、三つの収入源しゅうにゅうげんで成り立っている。猫にれたくて集まってくる観光客向けのと、猫の毛糸を使ったと、ペット業界からので運営されているらしい。

「寄付?ペット業界って、寄付できるくらい儲かっているの?」

と、もの知りリューへ訊ねると、

「儲かっているかどうか分かりませんが、ペット業界は、スポーツ用品業界と肩を並べる規模の大きさです」

「スポーツ用品と比べられても、ピンと来ない」

「たとえば、化粧品業界よりも、市場規模は大きいんです」

「へえ」

「カタログ通販業界や、喫茶店およびコーヒーチェーン業界よりも大きいんです」

「分かった分かった。儲かるから、みんな参入してくるんだろうね」

「市場規模は一兆二千億¥。中でも、ペットフード市場が最も大きくて三千億¥。メーカー数は百社ほど」

「100!そんなにあるの」

「ペットフードだけで、クリーニング業界や、カラオケ業界に引けを取らない大きさです」

「ペット業界のうち、ペットフードだけで?」

「ひとくちにペットフードといっても、ドライフードや缶詰、カップ型、真空パック、レトルトパックといった保存形態ほぞんけいたいのみならず、味の種類も含め、いろいろなペットフードがありますから」

「たとえば?」

「パンとか」

「パンあじ?」

「他にも、牛乳、ケーキ、せんべい、おせち、弁当、ラーメン、たこ焼き、ビール、ワイン、スポーツドリンク、アイスクリーム……」

「分かった分かった。他に大きいのは?」

「動物病院の二千億¥」

「残る八千億¥は?」

「ペット服や、トイレや、カートなどのペット関連製品が四千億¥」

「残る四千億¥は?」

「沢山あります。まず、登録件数が一万五千軒のペットショップ」

「ペットの生態せいたい販売ね」

「二万人のブリーダーや、卸売や、オークション販売は別に勘定するとして……」

「それらは含まれないのね」

「ペットショップ一万五千軒は、小さな町の人口に匹敵する数です」

「中には悪質な業者もいるみたいね」

「その一部の悪質な業者のせいで、大多数の善良な業者が風評被害ふうひょうひがいを受けてしまうのは、どこの業界も一緒です」

獣医じゅういさんも、そうね」

「そうです。獣医師じゅういしといっても、一人の人間ですから、その人の考え方によって、やり方は、千差万別せんさばんべつです」

「ほぼ善良な獣医なんだけど、ね」

「獣医と来たならば、ペット用の医薬品いやくひん販売が百社じゃく

「インターネットでも買えるみたいね」

医療いりょう医薬いやくとくれば、ペット保険。契約件数けいやくけんすう八十万件」

「犬猫合わせて?」

「はい。ペット全体です。保険会社ほけんかいしゃは約十社」

「ふうん」

「保険を売る代理店だいりてん数は、三千店。保険料ほけんりょう収入は二百億¥」

「いずれ、保険金さつペット事件が起きるかもね」

「保険とくれば、ペット葬儀にペット霊園。ぜんぶ合わせて二百五十億¥」

「二百五十ねえ」

「ペットと一緒に泊まれるホテル、ペットと一緒に旅行できるペットツーリズム」

「どこまで一緒にいたいの」

「ペットマッサージに、トリマー。美容室ですね」

「マッサージ?お金を払って、自分のペットを、他人にマッサージさせるの?」

「はい。マッサージ師というよりも、飼育しいくアドバイザーといったほうがいいでしょう。認定試験もあります」

「試験!」

「トリマーも同じです。美容師というよりも、病気を発見する獣医に近いかも知れません」

「獣医がいるのに?」

「獣医と違って、資格は必要ありません」

「誰でも、なれるんだ」

「しかし、現実的には、試験に合格し、トリマーの資格がなければ、トリマーになれないでしょう」

「就職しづらいってことね」

「まだあります。移動シャンプーカー、ペット型の動くロボット、猫カフェ、ドックカフェ」

「分かった分かった」

「それらペットビジネスが専門の経営コンサルタントまでいます」

「ペットビジネスを相手に、ビジネスしているの!」

「それを言ったら、ペットシッター資格講座や、ペットビジネス学科なんて学校まであります」

「こうしてげてみると、ずいぶん大きな業界なのね」

「ペット業界には『猫ヶ島ねこがしまへ寄付せずんば、猫でもうけるべからず』という格言かくげんまであります」

「猫で食べさせてもらっているのに、猫に食べさせないのは、おかしいってことね?」

「はい。猫で商売させてもらうけど、利益は還元しない、独り占めするなんて、不買運動ふばいうんどうとまでいかなくても、イメージダウンは避けられません」

「ペットは、身近な存在だからね」

「単純計算で、三世帯に一世帯が、犬か、猫を飼っていて、バブル崩壊ほうかい後も、毎年、前年比5%で成長し続けています」

「5%?よく分かんない」

「バブル景気の経済成長率けいざいせいちょうりつと同じです」

「それだけ好景気な業界ってことね」

 歩きながら話しているうち、港へ出た。ちょうど、船が入港したらしい。

 ペットフード名の入ったダンボール箱が、大量に陸げされ、フォークリフトに載せられている。

 その電動フォークリフトは、次々、トレーラーつきの大型トラックが何台も入りそうな巨大倉庫へ吸い込まれていく。

「あれは?」

「僕たちの食事。ペットフードメーカーからの寄付」

「何百箱あるんだろう?あんな大量に」

「僕たち猫のことを心配してくれている証拠です」

「違うね」

と、あたしは思ったが、口を閉ざしていた。

 確かに、猫を可愛がる気持ちは、あるだろう。しかし、ペットフードメーカーにしてみれば、ボランティアではなく、商売である。商売は、情で動かない。利益という利で動く。

「やってやった。やってもらった」

という、どちらか一方が負担する危険性をはら感情論かんじょうろんを持ち出さず、徹頭徹尾てっとうてつびお金で解決する損得勘定そんとくかんじょうで成り立っている島なんだと、あたしは感心した。

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