4.家族

 ブースに戻ったあと、ツカサはクサナギとこれからのことについて話し合った。

 一番気になるのはやはり、紘太の居所だ。ただしそれがわかったところで、自分にできることはあまりにも心許ない。

「糸居くんが名古屋に行ったとして、それからのことはなんかわかるの?」

 クサナギはシューレースを天井に向けてううん、と唸った。

「いや、携帯電話の傍受でわかったのは、連中が名古屋でなにかを受け取る用意があるということだ。そのための金を松本で準備していたらしい。ここが最終的な目的地だという保証もない」

「あのさ、悪いことだとは思うんだけど、また携帯電話の盗み聞きとかできないの?」

 ツカサはあえて〝盗聴〟という言葉を避けた。

「あれにはかなりの電力が必要なんだ。オレの内蔵電池だけじゃ無理。逆探に対するプロテクトにも時間がかかるからな、ここでやったら辺り一帯の電源が吹っ飛ぶ」

 ツカサは顔を曇らせた。ネットカフェで停電なんか起こしたら暴動が起きる。

「糸居くん、なにをするつもりなんだろう」

「さあな……。悪い奴らとつるんでるのは確かだ。超前向きに考えるなら、不良仲間との家出ってところかな。とにかく大人の目をかいくぐってパーッと悪さしたいだけのオザキ的な逃避行ってやつだ」

「オザキ……?」

「知らねぇなら変なところで話の腰を折るなよ」

 しかしツカサには紘太の行動がただの家出には思えなかった。なにしろ相手はピストルを持ってる外国人なのだ。ピストルを持ってる外国人の不良仲間なのかもしれないけど。

「超後ろ向きに考えるなら、でかい犯罪を計画してるのかもしれない。銀行強盗とか、ハイジャックとかな……」

 ツカサはごくりと唾を飲み込んだ。

「でも、糸居くんはそんな過激なキャラじゃなかったと思う。数学とかパソコンとかが得意な、普通の子だったよ」

 なにげないツカサの言葉にクサナギは反応を示した。

「PCか! その手があったな……。おそらく糸居紘太のパソコンには連中とのやりとりが痕跡として残されてるはずだ。データが消されていたとしても、ネット上に刻まれたログまでは消せない。ただし……」

 クサナギはネットカフェの常設PCのモニターを眺めながら、機械のくせにため息をついた。

「オレがいかに優れたスーパー電子知性体でも、数十億に及ぶネットの個人情報から糸居紘太のものと思われるそれを発見するのはしんどい」

「でも検索とか、いつも超早いじゃん。クサナギさんのいつもの力を見せつけてやってよ」

 クサナギはゆっくりと紐の先端を振ってこちらを見た。なんだかツカサは、ジト目で睨まれてる気がした。

「さっきオレをさんざんいたぶったくせに、よくそんなヨイショができるよな……。検索が早いのはオープンな情報だからだ。百科事典を引くのと七〇億人からひとりを特定するのではわけが違う。まさか悪事をはたらくのに本名でやりとりしてないだろ」

「まぁ、確かに……」

「いちおう〈ハーミット〉っていうヒントはあるが、ありふれてる単語すぎる。それが糸居紘太だと判明したわけでもない。第一総当たりっていうのはオレの美学に反するから基本的にイヤだ」

 ツカサは眉をひそめた。普通、コンピューターというのは黙々と計算をこなすものだと思うのだが、こいつの場合好きと嫌いではっきり線を引くので始末が悪い。

「だが、糸居紘太のPCに潜り込めれば話は別だ。PCから発せられた情報は、すべてISPを通って個別のIPに変換される。変換前の信号を捕まえれば、それをフィルターにしてあらゆる行動をトレースできる。スマホでもいいが、さすがにそれは自分で持ってるからアクセス不可能だろう。要は、ローカルのPCにさえ潜り込んじまえばこっちのもんだ」

 なんだかツカサは急に眠くなってきた。今日はあまりにもいろんなことがあったし、シャワーも浴びてぽかぽかしてるからいい気持ちだ。天国のドアが開いて眠りの神様がおいでおいでしてる。要はすっごく眠かった。

「おい、聞いてるか」

「聞いてない」

 素直に言った。

「これだから人間ってヤツは! おまえら知的活動に定期的に制限かけて恥ずかしくないのかよ? こんな奴らが地球の支配者面して居座ってると思うと情けなくなってくるぜ……」

 そんな言葉が聞こえたのか聞こえていないのか、ツカサはすでに寝息を立てていた。

『はいはい、起きてくださ~い』

「ひぎゃうぅ!」

 すごい骨伝導で全身に虫が這うような悪寒が走った。ツカサは慌てて飛び起きた。大きな声を出してしまったので隣のブースからノックで苦情が入る。

「バ、バカ、なにしてんの?」

「寝るなら俺の話が終わってからにしろ」

「う~、わかったわよ」

「かいつまんで言うとだな、糸居紘太の自宅のPCの電源が入っていればいいんだよ。だからヤツの家に電話してPCの電源入れてもらえ」

 ツカサは眼をぱちくりさせた。

「そういうのはできないんだ」

 クサナギはピンと紐を伸ばす。怒ってるようなそうでないような。

「オレの紐が三〇〇キロ伸びればな! 物理的な問題なんだよ! オレの能力は魔法じゃねぇ!」

 ツカサはスーザから借りたスマホを取り出し、電話機能を呼び出した。

「あんた電話はできないの?」

「そりゃできるけど……オレの声だと怪しまれるだろ」

 ツカサは妙に感心してしまった。いちおう変な声の自覚はあるらしい。自分が紘太の母親だったら、電話の相手がワイドショーの匿名さんのような声だった時点でガチャ切りする。

「いいかツカサ、相手は息子が失踪して警察からの電話を待ってるはずだ。そこで警察を装ってPCの電源を入れさせろ。捜査に必要だからってうまく言えよ。おまえは今から新米の婦人警官だ!」

 その言い方は古くて、今は「女性警察官」なのだが、ツカサは突っ込む前に電話番号をタップしていた。ちなみに番号はクサナギが教えてくれた。

「あ、もしもし」

 もう日付が変わる頃だというのに、驚くべきスピードで紘太の母親が電話に出た。きっとあらゆる電話を待ち続けて一日が過ぎたのだろう。ツカサの胸がきゅんと痛んだ。

「わたし、鯖城ツカサです。はい、午前中におじゃました……」

 クサナギがびっくりして慌てている。その様子を、ツカサは手で制した。

 最初から、警察に化けて操ろうなんてツカサは考えていなかった。

「あ、はい、そうなんですか……。実は……」

 紘太の母は半泣きの声でツカサに訴えた。案の定警察は紘太の失踪を家出と判断してあまり真剣に取り合ってくれなかったらしい。身代金の脅迫がないから誘拐でもないと主張し、「こういうケースでは数日で戻ってくるのがほとんどですよ」と言い残してすぐに帰ってしまったようだ。わかっていたこととはいえ、ずさんな対応にムカついてくる。

「実は、紘太くんの居所がわかりそうなんです。でも、そのための情報がもう少しほしくて……いえ、そんな大丈夫です。こちらのことはなんとでもなるので……」

 ツカサはひとつ深呼吸した。

「紘太くんの部屋に行って、パソコンの電源を入れてもらえますか? あとインターネットにつながってる機械の電源も――あ、はいルーターで大丈夫です。お願いできますか?」

 紘太の母は、いま固定電話だから通話しながらはできないとか、子機に持ち替えたいとかを早口でまくし立てていた。でも電話が終わってからでいいと丁寧に伝えた。わけがわからないまでも、息子のためにできることをなんでもしたいという親心が伝わってくる。

 ツカサは少しだけ、自分の境遇を紘太と比べてしまった。自分が失踪して心配してくれる人物――と連想して出てくる人間はあまり多くない。その中のひとり、オジラはやっぱり自分を捜しているのだろうか。

「すいません、わたしも全力で紘太くんを捜します。はい、連れて帰ってみせます! だから、だからどうか待っていてください。いえ、この電話は借り物でして……」

 少しやりとりをしたあとで、ツカサは通話を終了した。

 クサナギはネカフェのPCを起動してそれと接続し、さっそく紘太のパソコンを探しているようだった。数分後、こちらを向いてクサナギが頷いた。少なくともそう見えるように紐を動かした。

「よし、あとは任せろ。たぶん一晩かかると思う。おまえは寝てていいぞ」

 ツカサは大きく息を吐いて、床に寝転がった。さっきはあんなに眠かったのに、いまは妙に目が冴えていた。

 連れて帰ってみせると言ったのは〝希望〟だけど、そこに〝希望〟があるかどうかはわからない。それでも自分のやるべきことは決まったと思った。誰かが自分を頼りにして、誰かのために役立つのなら、それをするのが自分の使命だ。

 それができなくて、なにが〝なんでも屋〟だろう。確かに危険な道かもしれないけれど、少なくとも紘太だけは、説得して連れ帰ることができないわけじゃない。

 ツカサは初めて泊まることになるネットカフェの天井を見つめながら、あまりにも長い今日の出来事を反芻していた。そして高速で移り変わるPCの画面を視界の隅に入れながら、一〇分ほどで完全な眠りに落ちていった。

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