第23話 野球小僧-23

 守備に着こうとしたとき、サンディが池田に言った。

「この回、カーブ投げてもいいですか?」

「あ、うん、いいけど」

サンディはにっこりと笑ってマウンドに上がった。

 始めのバッターにいきなりカーブが投げられた。それは、セカンドの亮から見てもはっきりと曲がっていることがわかるほどの大きなカーブだった。バッターはもちろんキャッチャーの池田までが呆気に取られ、取ることもできなかった。次のボールはストレートで、ストライク。そして3球目もストレートで三振。次のバッターに対しても、ストレート、カーブであっさりツーナッシング。次の1球をボールで外したあと、速球で三振。次のバッターは初球のストレートをサードゴロにして、アウト。簡単にチェンジ。

「サンディ、すごいねぇ」山本

「いえいえ、ドウイタシマシテ」サンディ

「練習のときと全然違うんだもん、驚いたよ」池田

「池田ぁ、取ってやらなきゃ」木村

「取れないことはないけど、取れないこともある」池田

「これで、勝ったな」高松

「アノォ」サンディ

「なに?サンディ」高松

「あとの2イニングは、小林クンに投げて欲しいのです」サンディ

「どうして?」高松

「やっぱり、ワタシだけが、投げてもダメだと思うのです。みんなが上手にならないと、いけません」サンディ

「そうだね」池田

「OK、僕投げるよ」小林

「なんだったら、俺様が投げてやろうか」山本

「いいよ、山本。お前が投げたら逆転されるよ」木村

「さぁ、それより、打って行こうぜ。追加点を狙おうぜ」高松

 しかし、思惑とは裏腹に木村、林、そして亮と三者凡退。

 一方、小林がマウンドに上がった愛球会も、危なげなく相手を抑え込み、結局6、7回とも無失点で、5対0で試合終了となった。


 路面電車に乗り込むやいなや、愛球会の面々はばたばたと座席を占領し、今日の勝利を肴に好き勝手に騒ぎだす。幸い車内は空いていて、運転手に少し睨まれただけで何のお咎めもなかった。

「完勝、完勝」山本

「楽な試合だったね」中沢

「始めは焦ってたくせに」小林

「まぁ、実力の差ってとこだね」池田

 今日の勝利は前回よりも嬉しかった。やはり、前回は女子校の野球部だったこともあって、素直に喜べないところもあった。今日は強豪ではないにしろ、正式な野球部、しかも3年生主体のチーム相手に勝利を修めたことにチームの全員に自信が沸いてきた。特に、亮には初めての捕殺、初めてのヒット、初めてのホームランが一度に体験できた、信じられない日だった。おまけに、試合終了後に高松からMVPを言い渡された。やんやの声の中でひたすら照れるしかなかった亮だった。


 御城駅で亮はサンディ、室、小林、木村と一緒に降りた。小林はそこから徒歩で、木村は自転車を駅に置いてあったので、そこで別れた。

「亮君バスでしょ、一緒に帰ろうよ」

「ん、ボク、ちょっと学校行きたいから、循環のバスに乗るよ」

「そぉなの。何の用?」

「ん、ちょっと……、忘れ物」

「なんじゃ?あやしいな…」

「違うよ、宿題忘れたんだ。ほら、理科のプリント」

「あ、そう。んじゃあ、サンディ、一緒に帰ろ」

「ハイ。リョウ、また明日」

 亮は二人と別れて、バスを待った。少し後ろめたい気分になりながら。

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