第2話 野球小僧-2

 亮は校内をぶらぶらしていた。そうするしかなかった。校庭へ出てサッカー部の練習を見てつまらなく感じてしまい、体育館でのバスケットボールのゲームも見学してみたがやっぱり面白いとは思えなかった。テニスコートのネット裏でぼんやりとたたずんでいると、女子部の子たちが何かひそひそと亮を見ながら言っていることに気づいて立ち去らざるをえなくなった。バレーボールも面白いとは思えない。結局、亮は野球以外のルールを知らなかった。勉強中に時折聞く野球中継は、アナウンサの沈着な実況と立場を忘れた興奮の絶叫に何度も神経を奪われた。春の選抜、真夏の甲子園、そしてプロフェッショナルベースボール、どれも亮の憧れだった。野球マンガを読みあさり、ルールと駆け引きに感動し、現実よりも興奮させられた。自分もその一人になりたかった。高校野球で甲子園を目指そうとは思っていない。自分の体を見れば無理なことはわかる。ただ、一緒にプレーしたチームの中に、甲子園のヒーローがいれば、いや、甲子園への憧れを持って、プロへの憧れを持って、努力している選手がいれば、その情熱を感じることができれば、それでいい。そう思っている。けれども……。

 バレーボールコートを離れ、校舎に入る。掲示板には亮の名前を記した成績表が貼られている。今朝は、最高の喜びを与えてくれたものが、今は何の感動も呼び起こしてはくれない。ぼんやりと見つめるしかなかった。


 騒々しい声が廊下に響き渡り、亮ははっとして、その声の方を見た。先生たちが一人の女の子、一人の外人の女の子、を取り巻きながら、歩いてきた。真ん中に位置する女の子は、背が高く大人びていて、快活に話している。中学生だろうか、大人には見えないから学生だろうと思いながら亮は見つめてしまった。先生たちは賑やかに話しつづける女の子に応対しながらこちらに近づいてくる。亮はその中に担任の赤松先生を見つけた。赤松先生も亮を見つけ、亮を呼んだ。

「大木君、ちょっとこっち来て」

亮は促されるままに近づいた。

「こちら、交換留学生のサンディ。アメリカから来たの。私のクラスに編入することになっているのよ」

「Nice to meet you!ワタシの名前は、サンディ、といいます。ヨロシク」

思いの外、流暢な日本語が出てきたので、亮はリラックスして答えた。

「Nice to meet you! My name is Ryo.リョウと呼んでください」

「ヨロシク、リョウ!」

 サンディは手を差し出した。亮も手を差し出して握手を交わした。間近で見るとサンディは赤松先生より小柄で幼く、やはり中学生だった。ただ、Tシャツの胸元は、女の子に特別な興味のない亮ですら、圧倒されそうなものだった。

「サンディは日本が好きで、どうしても日本に来たかったということなんだ。仲良くしてやってくれよ」

 学年主任の山元が亮の背中を叩きながらそう言った。亮はサンディに負けずにこにこと笑顔を返して、頷いた。

「大木亮君は、成績優秀で…、わかりやすく言えば、頭がいいということだ」

サンディは頷きながら亮を見た。青い目がとても綺麗だと亮は思った。

「ところで、よかったら君も一緒に学校を案内してやってくれないか」

「はい。いいですよ。サンディ、どこへ行きたい?」

サンディは大きく微笑むと答えた。

「ワタシ、ヤキュウが見たいです」

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