第4話

 一応、誤解のないように言っておくと、二人が交わしたのは俗に言う"接吻"である。

 決して、大人がしているようなデープキスなどではない。

 そして、その初キスをしてから、もうすぐ二ヶ月が経とうとしている。

 あれから、会うたびに毎回キスをしているかというと、残念ながら、そんことは全くないのである。

 本当に残念である。トホホ

 由紀は中学3年生で、彼氏とキスが当たり前になるような女子ではなかったのだ。

 なら、なぜあの時、キスなんて大胆なことをしたんだろうか?

 俺が思うに、小学5年生で俺を好きになり、今でも好きでいてくれているのだ。

 例えば、火山の爆発のように、溜まった想いが一気に噴き出したのではないだろうか?

 用は、一度爆発させて、願いを叶えて、冷静さを取り戻したというところだろう。

 しかしである。俺もおとこなのだ。

 隣で無用心に寝ている由紀を見ると、つい、頬なら許されるよな?なんて思ってしまうのである。

 そして、実行した。

 頬にキスした直後に、由紀は目を開けた。

「ゲッ」

「ゲッ、じゃないでしょ?寝ている女の子になにしてるのかな~」

 悪戯っぽくいう。

 俺は……言い返した。

「寝てないよな。寝たふりじゃん」

「は、は、そうだね。」

「じゃあ、中間テスト頑張ったご褒美ということで」

 俺は、拗ねた顔で、

「中間テスト、全教科、80点以上だったんだぞ。ご褒美なら口がいい」

「分かった、分かった」

 由紀は顔を赤らめながら、

「じゃあ、目を瞑って」

 俺はそっと目を閉じた。

 由紀の唇が俺の唇に重なった。

 しつこいようだが、念を押しておく。

 これは"接吻"である。


 今日は6月15日

 金曜日ではあったが、二宮さんの誕生会を、仲良し五人組ですることになっている。

 戸川はサッカー部所属なのだが、帰る間際に腹痛を起こすことになっている。

 これで、レギュラーしてんだから呆れてしまう。


 誕生日会の場所は俺の家。

 二宮さんの家は母子家庭で、アパート暮らし。

 お母さんも仕事でいない為、あと、誕生日の話をしたら、うちの母さんが、

「塾にも行かせてないのに成績が上がったのは四人のおかげだから」

 と、誕生日会はうちでするように、逆頼みしたのだ。

 学校が終わり、みんな、一目散に俺の家へ向かった。

 家に着くと、もう既に料理は出来上がっていて、母さんが、

「ここで食べてもいいんだけど、私がいるとお邪魔だから」と、俺の部屋に運ぶように提案したんだけど、みんな口々に、

「ここで食べます」

「おばさんも一緒に食べましょうよ」

 俺はみんなに言った。

「みんなありがとう、いい友達持って、俺は幸せだよ」

 戸川が、

「お前、わざとらしすぎなんだよな~」

 って言うと、他のみんなはケラケラ笑っていた。

 開始の音頭は由紀だった。

「じゃあ、これから恵ちゃんの誕生日会を始めます。恵ちゃん、お誕生日……」

「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう」

「みんな、ありがとう、お誕生日会なんてしてもらうの初めてだから、凄く嬉しいです」

 って、ちょっと、涙目になってた。

 由紀から順番にプレゼントを渡した。

 二宮さんは、

「ありがとう、こういう場合、今開けた方がいいのかな~」

 って、由紀に聞いた。

「今開けてもいいし、帰ってゆっくり開けてもいいよ」

「私ね、楽しみは後に取っておくタイプなの。だから帰ってからゆっくり開けたいかな~」

「うんうん」

 由紀が頷いた。

 母さんが、

「私も、何かあげたいと思って、探したらいいのがあったわ。このイヤリング誕生日プレゼントね」

 母さんが出したのは、三日月の中に星が浮いている金色のイヤリングだった。

「こんな高そうな物貰っていいんですか?」

 二宮さんは言ったが、

「いいのよ。イヤリングやピアスはいくつもあるから」

「ありがとうございます」

 そんなこんなで、母さんの作った料理を食べながら、小学生の時の話や、先生の話、将来の夢なんかをたくさん話した。

 戸川が俺に、

「そういえば、高橋は小学生の時の作文で、警察官になりたいって書いてたよな。あれは?」

「なれるなら、まだなりたいと思ってるけど。母さんが反対してるからな~」

 って、ちらっと母さんを見た。

 母さんは、

「だってね、昔ならいざ知らず、今はネットゲームの影響なのか、凶悪犯罪が増えてるでしょ。少し前には警察官が警察官を射つなんて事件もあったし。わざわざ、危ない職業選ぶ必要ない気がして」

 まぁ、俺は一人息子だし、心配する気持ちは分からなくはない。

 由紀が、

「尚哉くんのなりたいって気持ちも凄くわかるし、お母さんの心配する気持ちもわかるし、難しいよね」

 二宮さんが言った。

「うちのお父さんは消防士だったのよ、家事の現場で殉職しちゃったけど。誇りに思ってるし、大好きだったよ」

 母さんが、

「ごめんなさい、なんか暗い話になっちゃったわね、これ、美味しいのよ、いっぱい食べてね」

 母さんが席を外した。

 古角が由紀に、

「でも、西山さんが保母さんっていうのは頷けるよね」

 言われて、由紀が、

「そうかな」

 って照れ笑いする。

 由紀が保母さんになりたいっていうのは初めて聞いたけど、子供たちと遊んでいる姿は容易に想像出来た。

 二宮さんの女性自衛官にはびっくりしたけどね。

 日本は地震大国だ、今後もいろんな場所で、大きな地震があることが予想される。

 家を失うことは勿論、電気、ガス、水道、つまり、ライフラインが止まって、蔑ろ(ないがしろ)にされやすいのが、女性のプライバシーなのだそうだ。

 それを守りたいというのが大きな理由らしい。

 なるほど、二宮は結構真の強い子なのかも知れないな、と思った。


 終わりも近づき、みんな食べ残しがないように、パクパクと口に運んでる。

 6時になりお開き。

 みんな母さんにお礼を言って、帰り支度を始めた。

 母さんが、

「きれいに食べてくれてありがとう。次は誰が誕生日なのかな?」

 って尋ねた。

 俺の誕生日は10月で、由紀の誕生日は9月だ。

 戸川と古角に聞いたら来年らしい。

「次は由紀ちゃんなのね。9月の6日ね。ちゃんと覚えておくわね」

「ありがとうございます」

「じゃあみんな気をつけて帰ってね」

 母さんが言った。

「じゃあみんな、また来週」

 俺は気恥ずかしかったので、少し時間を空けて由紀を追いかけるつもりだたのだが、

「尚哉、なにしてるの?由紀ちゃん送らなきゃ」

 って、母さんに言われしまった。

「わ、分かってるよ」

 って、照れ隠しに少し怒った素振りを見せて、由紀の横に並んだ。

 由紀は振り返って、母さんにお辞儀した。


 この時、由紀に二度と誕生日が訪れることはないと、誰も、由紀本人も知る由もなかった。


続く

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