第40話川越夜戦

松山で合戦があった夜、本陣にやって来たのは成田正等さんだ。

元々自分の傘下に加わると書状を貰っていたので今回、両上杉家が動いた際に書状を出して川越攻城軍に加わり、自分が松山城を攻めようとしたら上杉定正に、一度所領に戻り周辺の国人領主の兵を糾合し援軍に向かう役割を申し出るように指示を出していたんだよね。


その後も風間さんの配下を使って口頭で指示を伝え最終的に現在の位置に陣を張っている。

実の所言うと、松山城から川越に急使を出しても成田正等さんの陣を通らないといけないので実質そこで抹殺されるし、万が一今後、上田朝直が城から打って出て来ても側面から攻撃が出来る位置に居るので松山城への抑えでもある。


「お初にお目にかかります。 成田正等にございます。 この度の合戦大勝利おめでとうございます」

本陣に来るなり片膝を付いて挨拶をする成田正等さん、うん、心の中で疑ってゴメンね…。


「鳳凰院宗麟です。 今回の合戦の一番の手柄は松山城の上田朝直を城から引っ張り出した正等さんですよ」

「それは恐悦至極に存じます。 それとお申し付けの通り、川越の上杉定正には成田、上田で力を合わせ野戦に挑み大勝利と書状を送っております」


「流石、仕事が早い! 後は松山城から川越に向かう人を捕えるか討ち取るかしておいてください。 一応自分の配下にも指示を出してますけ2日間は正しい情報が伝わらないようにしないと意味が無いんで」

「それでは、今宵?」


「いや、明日の夜出発する。 今日は兵を休めて明日に備える」

「かしこまりました。 某の兵もお供して宜しいでしょうか?」


そう言う正等さんに当然兵を出して貰う旨を伝え、明日の作戦を諸将に伝える。

幾つか質問はあったものの長尾景春さんに従っている坂戸周辺国人領主が明日の夜に川越に向かう道にある関を密かに急襲し素通り出来るようにして貰っている事まで伝えると納得してくれた。

明日が本番だけど今夜眠れるかな…。

うん、ぐっすり眠れた。


翌朝、普通に朝食を摂った後、成田正等さんと睨み合っている状態を演出する為に互いに100メートル程の距離を開け石の投げ合いをし罵詈雑言を言い合う。

その後、昼過ぎ頃には双方とも兵を引き、兵に休息を与え夜に備える。

松山城から成田正等さんとこに使者が来ても今夜敵に夜襲をかけるため今のうちに兵を休ませてると言うように言ってある。

ウソは言ってないね。


そして日が沈み辺りが暗くなった頃を見計らい行軍を開始する。

月明かりで松山城からは豊嶋軍が移動しているが見えているはずなので成田正等さんには1000人の兵を松山に残し3000人の兵で豊嶋軍を追跡するように行軍してもらう。


途中、街道に設置された関を通過するも既に坂戸周辺の国人領主の兵が密かに制圧してくれていたので特に問題も無く入間川まで到着した。

腕時計で時間を見るとまだ23時を少し過ぎた頃なので一旦兵に休憩をとらせその間に再度諸将と最後の打ち合わせを行った。


2時間ほど休憩をした後、入間川を渡り、正等さんの兵を分離して進軍を開始する。

正等さん率いる成田軍には入間川に沿って移動し自分達が攻めかかったら川越城の北東から攻め寄せる予定だ。

万が一敵に見つかっても成田さんなら勝ち戦の後の首実検を明日の朝してもらう為と言えば場所的に怪しまれはするだろうけど通り抜け出来るはずだし普通の速度で行軍するように伝えてある。


ただ自分達はそうもいかず、入間川を渡って直線で約2キロぐらいだから徒歩で1時間もかからない距離だけど7000人もの軍勢が普通に進軍したら流石に大きな音が出てしまうので慎重に動いて移動し午前3時頃、川越城を囲む上杉定正の軍のそばまで到着した。


「さて、ここまで来たら勝ったも同然だけど万が一という事もあるから気負わず、不測の事態に注意をしてね」

「はっ、かしこまりました。 宗麟様のご指示通り既に準備は整っております。 いつでもお下知を!」

そう言う泰経さんが一番気負ってる気もするけど…。


そう思いつつ、静まり返る敵陣に向け大太刀を振り下ろす。

「かかれ~~~~~!!!!!!!!!!!」


「「「「「おお~~~~~~!!!!!」」」」

突撃の合図に呼応し兵が喊声を上げ川越城を囲む上杉定正軍に攻めかかる。


今回の夜襲にあたって7000人の兵を3隊に分け3箇所からの攻撃を仕掛けるように指示を出している。

一隊は自分と宗泰君が率いる1000人の兵、騎馬を中心に軽装で黒帝の速度には追い付けないもののスピード重視で敵陣の中を縦横無尽に駆け回り混乱をさせる部隊500人と定正の本陣を攻める足軽部隊500人だ、宗泰君には武石さんを付けて本陣を攻める役割を与えた。

残る2部隊はは泰経さん率いる3000の兵と志村信頼さんを大将とした3000の兵、この2隊は自分が攻め込んだ場所を起点に左右から突入しその後、一門衆や国人衆単位で敵陣を蹂躙する役割だ。


将兵には上杉定正の軍に居る国人領主、誰でも良いので適当に「裏切だ!!」と叫びながら川越城を包囲する兵を蹂躙して回るように伝え、名のある国人領主の首以外は打ち捨てで戦後死体の数で各隊均等に褒賞を与えると伝えてある。

せっかく奇襲が成功してもいちいち足軽雑兵の首を取ってる無駄な時間を無くし出来るだけ損害を与える為だ。


完全に寝静まっている上杉定正の軍は当初夜襲を受けているとは思ってもみなかった為か自分が突入した際に数人の兵が上擦った声で「敵襲!!」と声を張り上げるも何が起きているのか気が付いていないようで大きな騒ぎにはならならず、自分が突撃をした後に、後続の6000人が攻めかかった事でようやく寝入っていた兵達が異変を察知し慌てて武器を手に飛び出してきた。

ただ辺りは暗く、応戦しようとするも状況が分からない為か、騒ぎが大きくなるだけで見た感じまともな抵抗は出来ていない。

騒ぎが広がるにつれ、慌てて飛び起き抜身の刀を持っていた味方を敵と勘違いし襲い掛かるなどそこら中で同士討ちまで始まり、混乱に拍車がかかる。


敵陣を暫く突き進んだ後、自分が率いる1000人の兵の内、宗泰君率いる500人が上杉定正の本陣を目指し別行動をとる。

既に風間さんの配下と斎藤さんから場所を教えて貰っているので援護がてら敵軍の中を駆け回り混乱をさせ、宗泰君が本陣を強襲しやすいように梅雨払いして周った。


上杉定正の本陣は即席とは言え空堀に囲まれ、簡素な門と木の柵に囲まれていおり一目で分かる造りだったが、門の前に居る兵を討ち取った後、門を突き破り足軽衆が雪崩れ込む。

途中、黒帝の速度に追いつけない騎馬隊を定正の本陣に向かった宗泰君の援護に向かわせ自分は単騎で敵陣を駆け抜け手当たり次第に動く物を斬って回る。


夜襲により3箇所で起きた騒ぎが波打つように広がり、誰が裏切ったなどの声が聞こえて来るに至り慌てて兵を纏めた国人領主を裏切り者と思い込み周囲に陣を張る国人領主から家臣へ裏切り者を討てと指示が飛ぶ。

さらに春を売る遊女が悲鳴を上げて逃げ惑い、それを落ち着かせようと追いかける者を敵兵と思い込み斬り捨てることで更に遊女は恐怖に駆られ逃げ惑うことになり、定正の兵は誰が味方で誰が敵かの認識が出来なくなりつつあり、手に持った武器だけで右往左往している。


これが2~3000人の兵だったらそれなりに顔見知りも居るだろうし指示の伝達もしやすいが、6万人の兵ともなると一度混乱すると収拾が付かなくなり一部の国人領主は一部の家臣だけを連れて逃げ出しはじめた。


そんな中、入間川沿いに軍を進めていた成田正等さんの兵が到着し攻めかかり、川越城から騒ぎを聞きつけた道灌さんが打って出た事でもはや合戦と言うより一方的な殺戮の場と化した。


実際、自分達の夜襲に呼応し昨日までの味方に攻撃を加える国人領主も居た為、夜襲を開始して1時間もしないうちに川越城を囲んでいた6万の兵は我先にと逃げ出した。


逃げる兵に対し入間川まで執拗に追撃をし川に追い落とす。

正等さんが川辺に居た商人達にこれから戦いになるから船を出して非難するように伝えていた為、入間川まで逃げて来た兵は船での渡河を諦め、暗闇の中、徒歩で川を渡るも一部の兵は深みに足を取られ流されている。


遠くで誰々を討ち取った!!! との声がチラホラと聞こえ、喧噪が収まりつつある頃、空が白みだし、周囲が明るくなった頃には既に川越城の周囲に上杉定正の兵は既に居なくなっていた。


「勝ったな…」

黒帝の上で静かになった戦場を眺めながら呟き、川越城へ馬首を向ける。

道灌さんをしっかりと労わないとな。


そう思っていたんだけど、川越城に道灌さんは居なかった…。

なんか夜襲が始まったのを察知して一部の兵を残し城から打って出たらしい。


うん、そのうち帰って来るよね?

道灌さんには伝えてないけど他の人には追撃は入間川までって言っているし…。


補足--------------------------------------------------

川越夜戦

史実の川越夜戦は本作より40年以上先に起きた合戦で日本三大奇襲(川越城の戦い、厳島の戦い、桶狭間の戦い)の一つに数えられます。

本家川越夜戦は関東管領山内上杉家、扇谷上杉家、古河公方の連合軍で8万人で川越城を囲んだと言われています。

この合戦の十数年前までは三者で争いをしていましたがそれに乗じて北条家が勢力を伸ばしてきた為、三者とも北条家を共通の敵として手を組まざるえなかったのかもしれません。

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