第10話 白い手のガレスちゃん3

 デートと言う言葉に一瞬でもときめいた俺が馬鹿だった。いや、別に夜景の似合う素敵なお店とかを想像していたわけじゃないんだ。でも……俺はこの恋愛クソザコ剣姫を見誤っていたのである。



「ふふ、やはりデートの基本は食事と聞くからね、こちらが誘ったし、大人のお姉さんである私が今日はおごってあげよう」

「はあ……ありがとうございます」

「え……デートでうちを使うんですか? まじで……?」



 無茶苦茶上機嫌なエレインさんを俺とマスターが可哀想なものを見る目で見つめていた。ここは冒険者ギルドが併設された酒場である。いや、確かに飯はうまいし酒もあるよ。でもさ、雰囲気最悪なんだけど……カウンターに通されたが、隣の席では髭ずらの冒険者の二人組がどの娼婦がいいとか話しているし、後ろのテーブル席では報酬でもめたのか喧嘩が始まってやがる。



「ちなみにエレインさん……何でこの店を選んだんです?」

「ああ、こういう時は背伸びをしないほうがいいって書いてあったからね。それに実はこのお店くらいしか知らないんだ……」

「ああ、なるほど……じゃあ、次は俺がこの街を案内しますよ」

「ふふ、ありがとう、大人のお姉さんが満足するお店を期待しているよ」



 そう言って笑顔で答える彼女は確かにぱっと見綺麗な年上のお姉さんといった感じだ。そして、冒険者としても一流なのだろう。さっきから喧嘩しているテーブルから飛んでくる皿だの食器だのを肉を切り分ける用のナイフでいなしている。いや、普通にすげえな、流石は『剣姫』といわれることだけある。



「そういえば今日はやたらと大人のお姉さんを強調しますね、何かあったんですか?」

「ああ、最近読んだ本にね、年下とデートをするときは大人っぽさをアピールするといいって書いてあったからね。私も常に勉強しているのさ」



 俺の言葉にエレインさんは得意げに答えた。いや、確かにそうかもしれないけどさ、それを俺に言ったらだめなんじゃないだろうか?  ああ、でもこの人デートはしたことないって言っていたし、実は緊張しているのかもしれない。などど言っている俺もデートの経験はあまりない。異性と遊んだりデートなんて、せいぜいベルと買い出しのついでに飯を食べたり、服を見に行ったりするくらいである。ベルの場合は幼馴染という事もありどちらかというと家族同士の交流っていうイメージが強いんだよな。



「じゃあ、今日はリードしてもらってもいいですか? 俺もあんまりこういう経験ないんで……」

「ふふ、任せたまえ、マスターいつものを。セイン君は頼んだことないかもしれないけれど、ここの熟成肉は結構いけるんだよ」



 そういうとエレインさんは得意げな笑みを浮かべて、手馴れた感じでマスターに注文をした。メニューにもない料理を注文する姿は、確かに本当に大人のお姉さんって感じがしてかっこいい。最近はマジでへっぽこなとこしか見ていないが、流石はSランク冒険者である。冒険者ギルドに顔が聞くようだ。彼女が言っていたように、ここは彼女のフィールドなのだろう。



「はい、わかりました、セインさんはドリンクはエールでいいですか?」

「はい、おねがいします」

「え、セイン君はお酒を飲めるのかい?」

「ええ、まあ、俺も冒険者ですし、付き合いもありましたからね」



 意外そうな顔で聞いてくるエレインさんに俺は苦笑しながら答える。まあ、あんまり好きではないのだが、先輩冒険者と仲良くなって情報を得たりスキルの売買をするのに、アルコールの力は案外馬鹿にならないのだ。ちなみに法律的には十五歳から飲んでもいい事になっており、俺は今年で十七歳なので問題はない。



「ふーん、じゃあ、私もそれをもらおうかな」

「え? ミルクじゃなくていいんです?」

「ああ、私は大人なお姉さんだからね、お酒くらい余裕だよ」



 マスターが一瞬大丈夫かという顔をしたのは気のせいだっただろうか。そう言われればミルクをよく仕事終わりに飲んでいるのを見かけるが好物なのだろう。普段はあまりお酒をのんだりはしないのかもしれない。まあ、流石に自分のキャパくらいはわかっているだろう。などと思っているとエレインさんはまるで世間話をするかのような気軽さで聞いてきた。



「そういえばセイン君はこれからどうするんだい? 冒険者をやっていくのか、宿屋で働くのか、それとも新しいみちを探すのか……」

「もしかして、俺が悩んでいるのに気づいてました?」

「ふふ、言ったろ、私は大人のお姉さんだってね。私の方が冒険者としての歴も経験も多いんだ。君みたいに将来を悩んでいる人間の事は何人も見てきたよ」




 そう言う彼女はどこか遠い目を見ていた。きっと彼女がSランクの冒険者になる過程で色々あったんだろう。きっと挫折もあっただろう、失敗もあっただろう。ひょっとしたら大切な人が冒険者を引退したのかもしれない。



「これは私が感銘を受けた言葉なんだけど、スキルに振り回される人生はかっこ悪いってね。だから君は君のやりたいようにやればいいと思う。まあ、個人的に言わせてもらえればユニークスキルを使ってお店みたいなことをやりながら、冒険者を続けてどちらが向いているかを見極めるものいいと思うよ。私は君のスキルに救われたけど、冒険者の君に救われた人もいるだろうしね、一番大事なのはどうしたいかだからさ」



 どうしたいかか……俺が冒険者になったのはお金のためだ。俺のスキルは金食い虫だし、親が商人だったこともあり金の大事さは知っている。冒険者も、スキルショップを開くのも、どちらも命懸けだろう。冒険者ならば命が危険で、お店を開けば金が危険になる。そして、俺はやるならばどちらをしたいのだろう。



「ほらほら、そんな風に難しい顔をしていても答えは出ないよ。美味しいものを食べて、酒を飲もうじゃないか。かんぱーい」

「そうですね、かんぱーい」



 彼女とエールの入った木のコップで乾杯をする。苦みとのど越しが労働で疲れた体を癒してくれる。でもさ、そうだよな……今すぐ決めなくてもいいのだ。悩んでいることは誰にも言ってなかったけれど気を遣ってもらえたのが嬉しい。ああ、そういえばベルも、「何か困ったらあんた一人くらいなら働かせてあげれるからね」と言っていたのを思い出す。あれも彼女なりの心配してくれているというアピールだったのだろう。追放されて少し人間不信にはなってけれど、俺の周りはいい人ばかりだなと思い嬉しくなる。



「エレインさん、ありがと……」

「んー……」



 俺は嬉しくなってお礼を言おうとすると、顔を真赤にしてとろんとした目で料理を見つめていた。え、なんかムチャクチャ酔ってない?



「あれ、セイン君すごいな。君は分身のスキルも持っているんだね、三人に見えるよ」

「いやいや、何言ってるんですか? 俺は何にもしてないですよ」



 俺はいきなりよくわからないことを言っているエレインさんをどうしようと混乱してマスターに助けを求めようとすると、腕にムニっと柔らかい感触に包まれ、お酒の匂いとなにやら甘い匂いが入り混じった香りが鼻孔を刺激する。俺がおそるおそる振り向くとだきつくようにエレインさんが俺に寄りかかっていた。



「あの……エレインさん、大丈夫ですか?」

「ふふ、捕まえた……私はね、君に感謝しているんだよ。君のスキルが私をスキルの呪縛から解放してくれて、君の言葉が私に一歩踏み出す勇気をくれたんだ、だからさ、君が悩んでいる時は私に頼ってほしいな……その……私は大人のお姉さんなんだからさ」



 やたらと大人のお姉さんというのを強調していたのはこの事だったのだろう。俺は彼女に感謝をする。この人本当にへっぽこだけど優しいんだな。俺はなぜだろう胸がどきどきしているのを感じた。



「エレインさん、ありがとございます。俺……」

「すー……すー……」



 え、うっそでしょ、この人寝ちゃったの? 胸のドキドキ?きのせいでしたね。困惑している俺をはっとさせたのは冒険者ギルドに響く一言だった。



「悪い……俺達はもう君とは組めない……パーティーを解消させてほしい」

「そうですか……仕方ないですよね……」



 俺が少し前に聞いた言葉だ。他人事だとは思えない俺は思わず声の方向をみてしまう。そこにいたのは戦士風の少年と神官風の少年、そして対面するように悲しい顔をしているのはガレスちゃんだった。

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