2 お披露目の儀

朝食のあと、二人になった護衛とお付きの文官を引き連れて、明煌は紅梅こうばい舎へ向かった。

太子殿は、皇太子に与えられた敷地を三等分した真ん中に立つ、奥行きの長い建物だ。

左側の敷地は手前と奥とに分かれていて、紅梅舎は奥の方にある。

手前にも同じような寝殿があるのだが、今のところは無人だ。

世継ぎのことを考えると、明煌もいずれ現王と同じように、もう何人か側室を持つことになるのだろう。


建物はそれぞれ、外から安易に覗き込めない程度の塀に囲まれている。

皇太子一行は、手前の建物を横目に見ながら塀添いに歩き、紅梅舎へと向かった。

屋根の付いた門を入ると、玄関までの間に箱庭が作られ、奥には舎の名前に合わせた梅の木が、間には牡丹などの低木が、手前には菊などが植えられている。

季節的に葉だけのものもあったが、はっきりした色の花をつける木が多いようだ。

隣国の姫の輿入れということもあり、かなり前から庭師が入って、手入れがされていた。


…派手な庭だな。いや、華やかな、というべきか。

改めて今朝その庭を見て、月桂は何となく、明煌には似合わない、と思った。

だが、くっきりとした化粧の顔の、あの姫には似合いかもしれない。


観音扉の前に侍女が二人立っていて、一行の姿を認めると扉を開けた。

玲陸れいりくが先に立ち、明煌を中へと誘う。

「昨日はおいでいただき、ありがとうございました」

千慧里が広間で待っていて、昨日と同じように胸の前で両手を重ねて女人の挨拶をする。


実際のところ、素顔はどんな顔なのか、今日もしっかりと施された化粧が、彼女の素を覆っている。

薄紅の地に、大輪の花が刺しゅうされた袷を着て、結い上げた髪に差した簪から下がる飾りが、日の光にきらきらと光る。


明煌は、む、とか、うん、とかほぼ声に出さずに挨拶を返し、入り口の正面、さまざまな飾り物の置かれた棚の前の、主人の椅子に座った。

「まずはお茶を」

脇で侍女が入れたお茶の、茶碗を千慧里が受け取って明煌の前に置く。


その様子を入り口の脇に立って眺めながら、明煌は多分、自分の寝殿にはない、女人特有の華やかな調度品や、積極的な紅妃の態度に圧倒されているのだろう、と月桂は推測していた。

親の決めた相手、それも隣国の姫、という女人を妻にする、ということを、自分だったらどう受け入れるだろう、と思いながら、その定めにちゃんと向き合おうとしている、自分より年下の主人が、健気けなげに見えて仕方ない。


一般的な街の民なら、男の十六と言えば、好きな女人のひとりもいる年齢だ。

大体の男性は、十八までには結婚する。

自分は、そういうことがなく宮殿に入ってしまったので何とも言えないが、もし実家にあのままいたとしても、婚儀の日に初めて相手の顔を見る、などということはなかったはず。


ひと口、ふた口、茶を飲むと、明煌は立ち上がり、寝殿を出て行く。

今度は伶陸が先導し、王宮へと向かう。

すぐ後ろに千慧里ちえりが続き、彼女の護衛と侍女が付いてくる。

王宮に着くと、伶陸が扉の前の宮女に訪いを入れる。

その役目はこれまで、月桂が務めていた。


すぐに中へと呼び込まれ、明煌と千慧里だけが、広間の中央の通路を進んでいった。

広間の奥には、王と王妃がそれぞれの椅子に座り、並んで挨拶する若い夫婦の様子を、目を細めて見ている。


紅妃こうひ、明煌は口数が多い方ではないが、慣れ親しんでくればそれも気にならなくなるだろう。

 そなたの方が年上だから、もどかしく思うかもしれないが、末永くよろしく頼む」

隣国の姫、ということもあり、気を使ったのだろう。珍しく王がそんな軽口を叩いた。


「明煌、あなたのために住み慣れた隣国を離れて嫁いでくれたのですから、大事にするのですよ」

王妃までそんなことを言って、明煌に念を入れた。

「分かりました」

当の本人は結局、ほとんど喋ることなく王宮を出ると、王の側室の一人である桃妃とうひの元へ向かった。

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