一目惚れの君に告白するため転校までしたボッチの僕が美少女達にグイグイ言い寄られなかなか君に告白できない件

逢坂こひる

第1話 バナナの皮とファーストキス

 情けは人の為ならず——とは弱者の戯言ざれごと

 情けは身を滅ぼす、真の帝王とは孤独なものだ。


 日本経済を支える名家、鬼龍院きりゅういん家に生を受けた僕こと鬼龍院きりゅういん たくみは、幼少期よりそんな帝王学を父から学び受けた。


 この国を影で支える尊敬する父の言葉だ。

 何の疑いも持たなかった。


 事実僕は、中学に上がった頃には、今や生活必需品となった、コミュニケーション系神アプリを開発し、世界有数の富豪にまで上り詰めた。

 高校2年になった今は……その父ですら、僕のことを無視出来ないほどの影響力を財界で持つようになった。


 当然、学校でも僕はチヤホヤされた。

 学年問わず、女子達は、遠巻きに僕の事を噂し、男子たちは羨望の眼差しを向けた。


 そんな僕は当然——人生イージーモードでリア充街道爆進!


 ……というわけには、いかなかった。


 一を聞いて十を知る利発な僕に、教師達は畏怖し、生徒達はそんな僕を神聖視し、誰も僕とまともに関わろうとはしなかった。


 つまり——ボッチだ。


 文武両道、容姿端麗な僕でも、これだけはどうすることも出来なかった。


 まあ、誰にだって欠点のひとつぐらいはある。

 それぐらいの方が可愛気があるっていうし。

 僕にとってそれが——友達がいないだけのことだ。


 因みに僕の周りにいるのは、意識高い系を気取る経済人と、陰ながら僕をガードするSPだけだ。


 父の言う通り、真の帝王とは——本当に孤独だった。

 


 ——だが、そんなある日、僕は運命のいたずらにもてあそばれることになる。


 いつもの歩道橋を降りていた僕は、誰が捨てたのか、なんとバナナの皮で足を滑らせて、運悪くそこへ登ってきた女子高生とぶつかってしまったのだ。


 僕は焦った。

 バナナの皮が原因ではあるが、足を滑らせ転んでしまったのは僕の不注意だ。

 この子に怪我をさせてはいけない。


 必死だった。

 僕は彼女を庇うように必死で抱き締めた。

 そしてそのまま階段を転げ落ちた。


 その結果、事もあろうに——




 ——僕はその子と数秒間、唇と唇を接触させてしまった。



 

 つまりファーストキスだ。


 たった数秒だったけど——時間が止まったような感覚に陥った。

 

 慌てて飛び起きた僕たちは、お互いの顔を見合わせ頬を赤らめた。そりゃぁ……事故とはいえキスしちゃったんだから多少の意識はするだろう。


 彼女は少しタレ目でぱっちり二重、ゆるふわでガーリーな雰囲気のセミロング。僕の周りにはいないタイプだ。


 パッと見たところ、外傷は無いようだが。


「すっ、すまない!」

「だ、大丈夫ですか!」


 これが、はじめて僕たちが交わした言葉だった。


「……血が出てます」


 彼女を庇って転げ落ちた時に、手の甲を擦りむいてしまったようだ。


「ちょっと、見せてください」

「……こんなの、かすり傷だ、大したことはない」

「ダメですっ! ちゃんと見せてください」


 彼女は少し怒ったような口調で、強引に僕の手を取ると、ハンカチをとりだし、傷口に巻きつけた。


 こんなにも強い口調で話してくる者など、周りにいなかった。僕は呆気あっけにとられてしまった。


「あっ、まだ未使用だから綺麗ですよ」


 ニコッと笑い答える彼女。

 ……そんな事は気にしていない。


 正直、傷の痛みは大した事なかった。

 だけど、彼女と目が合った瞬間から——僕は胸が苦しい。

 胸は打っていない筈なのに、何なんだ。


 ……いや違う、今は僕の事など、どうでもいい。


「僕のことより……君だ。どこか痛むところはないか?」


 彼女は僕を一瞬見つめたかと思うと、少し頬を赤らめ目を伏せた。


「はい……大丈夫です」


 まあ、確かに見たところは大丈夫だが、万が一ってこともある。


「いや、念のために病院へ行こう」

「ほ……本当に大丈夫です! 平気です!」

 

 彼女は突き出した両手を振り、あたふたした様子で病院行きを拒んだ。

 ……もしかして注射がこわいとか、病院嫌いな理由があるのだろうか。


「……あ、あなたが庇ってくれたので……どこも痛くありません」

「そうか、だけど万が一ってこともあるし」

「全然平気です! 私、急ぎますので、これでっ!」


 慌てた様子で、彼女はその場を立ち去った。


「ちょ待って、君っ!」


 彼女は僕の呼び止めには応じず、そのまま走り去った。


 彼女はキスのことには触れなかった。

 まあ、それについても平気という認識で大丈夫ということか。


 彼女が去った後、僕は胸がドキドキしていることに気付く。

 極度に驚くようなことがあると、このような症状に陥ることがあると聞く。

 歩道橋から転げ落ちて驚いたせいだろうか。


 こんな事は、はじめてだから、分からなかった。


「御曹司、大丈夫ですか?」


 遅れてSP達が駆けつけた。

 

「ああ……大した事はない、それより彼女の事を調べてくれ、何かあった時、ちゃんと責任がとれるようにな」

「承知致しました……ですが、念のために御曹司も病院に行ってもらえないでしょうか?」


 外傷はほぼない、彼女を庇いながらも、ちゃんと受け身を取っていたから、軽い打ち身程度だ。


 だが……この、胸が苦しい感じは少し気になるな。


「分かった……病院へ行こう」

「ありがとうございます。直ぐに手配いたします」


 ——医師の診断は、概ね僕の所見と一致していた。


 ……だけど、国内外の要人御用達の、我が鬼龍院グループが世界に誇る、最高峰の医療設備と医療スタッフが揃ったこの病院でも——


 僕の胸が苦しい原因は分からなかった。


「力及ばず、申し訳ございません」


 ……医師達も困り果てていた。


 そんな中。


「御曹司、一度カウンセリングを受けてみてはいかがでしょうか?」


 1人のスタッフがカウンセリングを受ける事を提案してくれた。


 カウンセリングか……原因が分からないまでも、話すことで、気が楽になるかもしれない。メリットはあるな。


「分かった、カウンセリングを受けよう」


 ——僕は早速、心療内科の名医にカウンセリングを受けることにした。


「御曹司はじめまして、名取なとりです。以後、お見知り置きを」


 名取先生は、長い黒髪に切れ長の目のとても美しい女性だった。


「鬼龍院 匠です。こちらこそよろしくお願いいたします」


 僕が挨拶を返すと、名取先生は不思議そうな顔で僕を見つめた。


「御曹司は、案外礼儀正しいのですね」


 そういうことか。


「それは、当然です。僕にできない高度なスキルを身につけておられる方ですからね、こうやって特別扱いで診療していただけるのも、心苦しく思っております」

「あら、あなたはお父様とは違うタイプなのですね」

「まあ、父は父ですから」


 確かに父は僕に比べると、随分と高圧的な性格である事は確かだ。

 それより、名取先生は言いにくいことでもハッキリと言うタイプのようだ。

 ……信用できるな。


「じゃぁ、早速話を聞かせてもらえますか」

「はい……」


 僕は、バナナの皮を踏んでからの事を、詳しく名取先生に話した。


 最初は興味津々だった名取先生だが、次第に興味がなさそうな態度に変わっていった。


「あー、もう大丈夫ですよ」


 そしてついには、僕の話を止めた。


「御曹司……その胸の苦しみの原因が分かりました」


 な……なんだって!?

 最新の医療設備と、最高峰の医師団ですらも分からなかった、この胸の苦しみの原因を、こんな短時間で突き止めてしまったというのか。

 もしかして名取先生は、恐ろしく優秀なのか。


「御曹司……」


 固唾を飲んで僕は先生の言葉を待った。




「それは恋です」


 ……鯉!?


 何、言ってんだ、やっぱこいつダメじゃね?


 この時の僕は、先生の言葉をそんなふうにしか受け止める事が出来ないほどクソガキだった。

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