3章 6.私はこんな女で、秘密を重ねた。

「はい、はい……、申し訳ありません。今後の対応は……」


 次の日の日曜日、あの日暮里のカフェへ菓子折りを持ち、水戸と共に謝罪に行った後、社長から呼び出され通いなれたいつもの事務所へ来ている。


 その空間内で何台もの電話から次々に鳴り響く着信音。

 恐らく私を広告に起用している企業の関係者達からだろう。水戸のスマホからも呼び出し音が鳴り響き、事務所から出て行った水戸が廊下で誰かと話している。小声だ。それは私への気遣いなんだろうか。

 

 ――私はヘマをした。


「いえ、しかし……、私が話を聞きますので……」


 私はそんな水戸を追いかけるように事務所を出て、廊下でまだ相手と話込んでいる水戸のスマホをぶんどった。


最上さいじょうまこです。話を聞きます」

「やっと出たか! 一体お前は何考えてるんだ! こっちは大損害だ!! 恥かかせやがって! お前のせいだぞ!? ちょっと可愛いからって調子に乗んなよ! どんな生き方したらこんなことになるんだよ! こっちを馬鹿にするのもいいかげにんしろ!」

「……申し訳ありません」

「いいか? もうお前とは一切仕事はしない! これでアイドル業も終わりだな」

「申しわけ……」


 スマホが急に取り上げられた。


「……もう切られています」


 いつものように冷静な水戸だった。


「……私が悪いんだ。だから話は聞く。また代われと言われたら、私に言ってくれ」

「はい」


 水戸は嘘が上手い。分かっている。私に代わることなんて決してないことを。


 すると廊下の向こう側から顔中の汗を拭きながら事務所の社長がこちらへ向かって来ていることに気が付いた。


「は~~」

「社長、お疲れ様です」

「……水戸君、クライアントに謝りに行ってきたよ。……大変だったよ」


 ぐったりとしている社長と電話の鳴り響く事務所へまた入室した。

 すると再び水戸のスマホの着信音が響き、事務所でずっと鳴り響いている電子音と合わさり、まるで攻撃音のように四方八方から耳をつんざく。


 その理由は一目瞭然りょうぜんだ。


 昨日店内にいた客からあの時の出来事が写真と共にSNSで拡散され、バズっているからだ。


『やばくね? これ最上まこよ? 男にジュースぶっかけてんの。すっげえ暴言も吐いてたし』


 コップを握りしめ怒り狂っている私と、ミカンジュースまみれ男、そして『神』の後ろ姿が写真に映っていた。


 私は何年もかかって築き上げた『守ってあげたい少女ナンバー1』である大天使ミカエルな『最上まこ』を一瞬のうちに崩壊させたのだ。


 そのせいで、イメージキャラクターになっている企業や様々なスポンサーなどに多大な迷惑をかけ、今も尚この電子音が鳴り響く部屋に佇んでいる。


「まこちゃん、どう責任取ってくれんの。僕の事務所は危機だよ、ほんとに。水戸君からだいたいの説明は聞いたけど、何? 誰かと偽名でネット小説書いてるわけ? 打ち合わせに水戸くんを代わりに行かせて、その初対面の誰かを助けるためにか知らないけど、見ず知らずの男性にいきなりジュースぶっかけるっておかしいでしょ」


 ずんぐりむっくりな社長ははげかかっている頭から染み出る汗をまたハンカチで吹き、私にきつく投げ掛ける。


「本当に申し訳あり……」

「社長、私の判断、管理が行き届いていないせいです。深くお詫び申し上げます」


 水戸までもが頭を深く下げる。


「は~。二人とも謝るしか出来ないってわけね。とりあえず明日から一緒に先方へ謝りに行ってもらうから。学校はそれが落ち着くまで休んでもらうから。ったく、今まで君に散々金出して育てたっていうのに、やっと回収段階に来てこんな仕打ちってないよ」

「申し訳あり……」


 私の言葉をさえぎるようにドアをバタンと激しく締め、また外へ出て行ってしまった。


「家へ送ります」


 きっと私は疲れきったような淀んだ酷い顔をしていたのだろう。水戸はそんな私を見かねてか、鳴り響く電子音を無視し、私に述べた。


「だが……」

「今日は日曜日です。どのみちスタッフも足りず、対応出来ません。今日は帰宅して下さい」

「……分かった。水戸にまで迷惑かけてしまって、本当にすまない……」


 水戸は大きなため息をついた。


「まこさん、あなたの性格を私はよく知っています。あなたの頼みをお受けした時点で、あの場にいなかった私、そして女子高生の由衣さまと、あの男性を二人きりにしてしまった私に責任があります」

「……水戸、……色々ありがとな」


 水戸は思っている事を滅多に口にはしないし、尻ぬぐいなどしないとかいつも言っているが、こうやっていつも私を助けてくれる。それもさり気なく。

 そこにある事実に対してただ淡々と解決していく。だが、それが私にとっては心地よかったりする。

 

 変に気を使われても辛いだけだからな。


――

 

「たっだいま~」


 窓から注ぐ明るい光で照らされたリビングが玄関から見える。すると私の可愛い可愛い妹、南が私の姿を見つけると慌てて駆け寄ってきた。


「おねーちゃん! おっかえり~!!」


 屈託くったくのない無邪気な笑顔で、クッツキボウのように勢いよく私の足に張り付いてきた。


「ねーちゃん……」


 リビングへ行くと、明るい笑顔の妹とは裏腹な顔をした弟、真司しんじがスマホを握りしめたまま立ち尽くすかのようにして私を見つめている。隣には料理をしていたのか、お玉を持ったままで私の様子を心配そうに伺う同じ表情をした母親もいた。


「ははっ、私、ちょっと仕事で失敗しちゃってさ~、明日からちょっと一時学校休んで、色々謝りにいかなきゃならなくて~。みんなにも迷惑かけてすまん! まーでも仕事はどうにかするから! 心配しなくていい!」

「まこ……」


 母親の辛そうな表情、真司の心配そうな顔を見ると、なぜかそこにいるのがいたたまれなくなり、「ちょっと眠いから」と言って自分の部屋へ駆け込んだ。


「あーーーーもう!!!!」


 そのまま顔からベッドへダイブした。


 さっきはあんな風に家族には言ったけど、今後どうなるかなんて、はっきり言って私にも分からない。

 私は浮かれすぎていたのか。

 あのゲスな男と会えば『腐女子のJK』と二人で今まで頑張ってきたことがもしかすると、もしかしたら、報われるかもと思ったんだ。


 だが、それは大きな間違いだった。


 自身の正体も隠し、水戸にまで頼み、秘密に秘密を重ねて、最後はあんなことまでしでかして周りにこんなにも迷惑をかける結果となってしまった。


「……『神』よ、ごめん」


 すると水戸から支給された事務所専用スマホから通知音が響く。水戸から明日の迎え時間の連絡が来ていた。


 あの事件の後、追いかけてきた水戸から捕まえられ、あまりにも動揺していた私の様子をみかねてか、すぐさま車で家まで送ってくれた。自身のスマホをカフェに忘れていた私は今日そのカフェへ謝罪に行った時、渡されるのかと思っていたが保管されていなかった。テーブルには何もなかったらしい。


 ……あの場の誰かが持ち帰ったのかもしれない。


「神、か、立石かな……」


 『腐女子のJK』が持っているのなら、恐らく『クリンク』上でのメール機能で連絡をしてきてくれているはずだ。

 ……だがあれからパソコンさえ開いていない。


「は~~」


 全く開く気にならない。友達になりたかった『腐女子のJK』にあんな一面を見せてしまった。それに私は大天使ミカエルな癒し系アイドル『最上まこ』なのだ。ひどいこの本性も一気にさらけだすなんて、ドン引きだろう。もう友達にもなれないかもしれない。


 もし『腐女子のJK』が私のスマホを持ち帰っていてあの壁紙を見たとすれば気が付いているかもしれないな……。


 私が『ゲイのおっさん』だって。


「立石由衣か……、立石……?」


 そういえばあの場になぜかいた相変わらず青い顔をした『立石隆斗りゅうと』に『腐女子のJK』ってば、『お兄ちゃん』って言ってなかったか? 


「あーーーー!!!!」


 思い出した。思い出してしまった……!!

 あの時ツタタ書店で『腐女子のJK』にサインをした時『りゅうとさんへ』って確かに書いた、ぞ……。 

 CM撮影の時もすごく喜んでたとか言ってなかったか? 


 あいつの名前は『立石隆斗りゅうと


 嘘だろ、あいつ、エンジェラーだったのか!?

 まさか自分の代わりにサイン会へ妹を行かせたのか……!?


「マジか……、ははっ、そりゃーショックだったろうな……。顔がいつも青いはずだ……」


 レインボーブリッジであいつに叫んだ、いや独り叫びが始まりだったか。なんとも運が悪い男だ。


 憧れ、応援していた『守ってあげたい少女ナンバー1』のアイドルがこんなガサツ女だったなんてな。


 誰だってそうだ、みんな私のようにガサツで、気持ちもコントロール出来ず、暴言を叫ばずにはいられない、こんなひどい女、嫌に決まってる。


 私は枕に顔をうずめた。


 憧れを壊しちまったな。


 ――立石、ごめんな。

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