2章 8.私は『楽』で、『苦』する。

「まこちゃ~ん、この間ソンステに出てたね! 見たよ!」

「うん、見てくれてありがとう」


 放課後の教室で帰宅の用意をしていたら珍しく隣のクラスの女子二人から話しかけられた。

 もちろん大天使の『最上さいじょうまこ』で受け答えを開始する。一人は大人しそうな女子で、もう一人はこうちょっと……気の強そうな女子だ。


「それでね、私の家族がね、まこちゃんのファンで、よかったらサイン書いてほしいんだ~」


 やはりこれか……。

 気の強そうな女子はにこっと笑いながらトートバッグからマジックと色紙を出し始める。なぜか10枚ぐらいあるんだが。


「……ごめんなさい。事務所から仕事外では書かないようにって言われてるの」

「ええ~、ここ学校だし、ちょっとだけならばれないでしょ?」


 気の強そうな女子からの威圧……! 

 いや、それちょっとの量じゃないっしょ!


「……それでも書けないの。ほんとにごめんね」

「なんでダメなの? お願いっ!」


 まだ引き下がらないのか……。

 私の前へ何枚も重なった真っ白な色紙を突き出し、へらっと笑いながら押し付けてくる。


 これ、あんまり言いたくないんだけど、正直に言うしかないか……。


「……誰かに書いたら、みんなにも書かなきゃいけなくなるからって言われてて……」

「……」

「ごめんね」

「……人気者は大変だね。調子にも乗りたくなるよね」


 笑顔がふっと消えた気の強そうな女子は捨て台詞のようにそう言うと、もう一人の大人しめな女子を連れて足音を怪獣のように鳴らしながら去って行った。


 ……ほら、やっぱりこうなった。


「は~~」


 教室にはもう誰も残っていなかったので、大きなため息をつきながら教室の天井を仰いだ。いくら言われ慣れっこでも、へこたれない私でも、ちょっとはこう……もんだ。少しだが、天井がゆがんだ気がした。


 すると天を仰ぎ過ぎたのか、背後に誰かが立っていることに気が付いた。振り向くと相変わらず青い顔をしたアイツだった。


「立石か……」

「わ、忘れ物を取りに来て……」

「もしかして聞いたのか? さっきの」

「い、い、……い、や、いや、聞いてません!」


 絶対聞いたな。


「まーいつものことだ、慣れっこだから!」


 ハハッと軽快に笑って椅子から勢いよく立ち上がり自分の鞄を握ると教室の出口へそそくさと向かった。

 

 ……あんな会話を聞かれたからかな。


「さ、最上さいじょうさん……!」

「なんだ?」

「あ、あの、あの……」


 立石へ振り向くと、今度は顔を真っ赤にしながら下を向き、スクールカバンをぎゅっと胸に抱きしめながら何かとてつもなく言いたそうにしている。女子かよ……!


「どうした?」

「ぼ、ぼ、ぼくっは……」


 口をパクパクとさせて今にも泡を吹きそうな立石を見つめていると、ポケットの中でスマホのバイブが鳴っていることに気が付いた。


「あ、水戸みとだ。すまん、今日も仕事だから急ぐわ。じゃーな!」

 

 学校前に迎えに来ている水戸の元へ足早に向かう。

 もじもじしている立石を教室に一人置いて。

 

 ……お前にこの思いを吐き出せたらどんなに楽だろうな。


 ――


 今日の仕事も終わり一段落した後、私はいつものように自室のノートパソコンの前へ座っていた。


『表紙に惹かれて読みにきました』

『挿絵も素晴らしいです~』

『銀氏さんに惚れました!』


 今夜も『腐女子のJK』と二人で作り上げた『銀氏物語』に様々な嬉しいコメントが寄せられる。


「じーんせい、楽ありゃー苦~もあーるーさ~~」


 そんな大昔の歌を歌いながらパソコンを覗く。

 今日のはこのが制するのだ……!!


 『クリンク』のサイトで私の神である『腐女子のJK』とマッチングを開始してから数日、今まであり得ない程のPVを獲得できるようになってきたのだ……!  


 まずは表紙を描いてもらい、アップロードしてから徐々にアクセス数が伸びてきた。それはそれは素晴らしい出来栄えで、読者もこの幻想的な芸術絵画に私と同じくうっとりしているようだった。もちろん私はこの素晴らしき神の絵をスマホ壁紙にも設定している。毎回それを見るたびにドキドキしてたまらない……!!


「みんな神の凄さに気付いたか……!」


 なぜか私が得意気になり、パソコンの前で一人どや顔をする。


 間違いなく『神』の絵は才能が溢れて過ぎている。

 私が『神』をすごいと思う点はもちろん技術もそうだが、後で気が付いたすごい能力がある。それは物語の中身を汲み取る能力だ。物語を一度頭に入れ、自分なりに頭の中でミックスしながらそれをアウトプットするという、いわゆる表現力というのか。それ程までに私の書いた『銀氏物語』を奥深くまで読み込んでいてくれるということでもある。それも何よりとってもとっても嬉しいのだ!!


 表紙の次に、重要なシーンの挿絵を数枚描いてもらい、少しずつアップロードしている。それに比例するかのようにアクセス数が伸び、『銀氏物語』を読んでもらえて、何より『腐女子のJK』の存在を知ってもらえることがとっても嬉しい。彼女のページ自体もアクセスが伸び、フォロワーも増えて彼女自身も喜んでいるようだった。


 そして私達は多くの人々に、この合作を触れてもらえることに一緒に感極まり、まるで昔からの友人かのように喜びを分かち合った。チャット上でだけどな。


 私が「神のおかげだ……」と書き込むと、『腐女子のJK』は「おっさんのおかげです」と書き込んでくれる。神……!



 ――だがその日、あのは突然届いた。


『文章のセンスがない。絵はいいのに』

  

 明らかに私へのコメントだった。


 それは無記名の者からだった。


 『作品』というものは人それぞれ好みがあるのは分かっているし、なんでも賛否両論があるものだ。このような意見を持つ者がいるということは分かりきっている。


 私の仕事だってそうだ。アイドルをしているだけで色々と言ってくる奴はいるし、SNSでもあらぬ事を書かれたりもする。今日の放課後のようにああやって言われるのも少なくもない。

 分かっている。例えどんな善人でも正当な事を言おうとも100%好まれる人間はいない。作品も一緒なんだ。

 

 だが……。

 

 私は『腐女子のJK』の足を引っ張っているだけかもしれないな……。

 

 パソコン上に空しく表示されるそのコメントをぼーっと眺める。


 すると、返信コメントが更新されたのだ。



『私はゲイのおっさんの文章センスが好きです。ちょっと変わってる人だけど、無記名のあなたにセンスがないなんて言われるような人ではないのは確かです。ゲイのおっさんはこんなにも色んな人を楽しませているんです。少なくとも私は誰よりも喜んでるし、大好きです』

 

 

 ――『腐女子のJK』からだった。


「『ちょっと変わってる人』ってのが余計なんだって……」


 やばい、目の前がぼやけ始めた。


「……ほんとに神様かよ」


 鼻水まで大量に出てきてしまったではないか。近くのティッシュを2枚引き抜き、鼻を勢いよく噛む。……明らかにアイドルとしては失格な有様だ。


「アイドルって奴は、片目から一筋の涙を流すってもんだぜ……」


 何かの糸が切れたかのように、次々に目から水が垂れ落ちてくる。鼻からも。


 そんな中、彼女にどうにか5文字の言葉を送って、ノートパソコンをパタンと閉じた。

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