第32話 誰
院臣として、あるいは平家一門の武士として。どちらを優先させどちらを見殺しにするか、あるいは中立を保つか。婚姻関係による政治は、血のつながった兄弟をときに敵同士にしてしまう。そんなことは、いまに始まったことではなかったが。
ここにきて、院との並走関係を断つは危ういと感じていた。腹違いの弟としての、僅かながらの諫言の意思に、彼は抵抗した。
彼は同じ屋敷のなかに住む政敵である。その認識を、強くせざるをえない。従順なふりをして危惧を黙っておれば、勝手にこの政権は滅びていくだろう。
約束の時間に遅参したふうを装って、すでにピシリと着座している家臣たちの前を通る。不快そうに眉をひそめる者、関心のなさそうな者、安堵する者、様々である。その様子を、撫でるように観察する。悟られぬよう、瞬時に相手の立場を見抜く。
「……揃ったか」
遅参は咎められない。むしろ、想定されていたように思えた。
ならば、やはり。思っていた通りの命が下るのだろう。
「早速本題に入る。平家打倒の密談を交わした罪人の処遇について」
……ん? なにか雲行きが怪しい。密談? 罪人? 大輪田泊に港を作り、宋との交易を進めたいのではなかったのか。そのための遷都計画であり、そのための神託であるとばかり……
あの
「平
聞かぬ名だと訝しみながら下座を見ると、部屋の外に平身低頭、冠もつけていない大男がいた。
ドクン、心の臓が跳ねた。まさか、この声……
ならず者の証である無冠の者に、平の姓を名乗らせたことに、部屋はざわついた。
「面をあげよ」
「はっ」
粗野な動作で顔をあげ、無遠慮に人々を観察している。ーーああ、貴人と目を合わすなという躾は覚えられなかったらしい。
まさかの、彼は先ほどのならず者だった。
「先ほどとある筋から密告があり、平家打倒の密談が行われていたことを知った。そこで、その密告の真偽を神託によって占おうと思う。時人、簾をあげよ」
「これは、なんということです!」
「なんということも何も、密談の疑義がかかる者である」
院近臣がずらり、妻の兄もいるではないか。血の縁がここでしがらみとなるか?
遷都の是非を占うのであれば、中立を保とうと考えていた。帝の臣下に過ぎない兄が、交易の主導権を握れるとは限らない。相手は皇帝を抱える国である。周辺国を序列下に置く国である。受領先で土地の者を相手に資産を肥やすのとはわけが違う。交渉相手に正統性がなければ、国としての交易は成立しない。だから、黙っていても彼は破滅する。
ーーなのに、これはなにか。縄でくくられ跪いている人々には猿ぐつわがされているではないか。申し開きなど想定されていない。
「では、時人。焼けた鉄は持ったか」
「はっ」
返事だけは立派である。そして、彼は赤く熱された鉄を、素手で持っていた。
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