空賊の空

飛べない豚

第1話

 五年前まで大きな戦争があった。


 それは世界を巻き込む大戦争。十年間の戦争で大地が焼かれ、森も焼け、家も焼け、人も焼けた。何千万もの人が亡くなった、そんな悲惨な戦争。


 その戦争が終わった世界で多くの人々は、懸命に生きている。隣国を恨む人、恨みを忘れ明日に生きようとしている人もいる。


 格納庫で機体の整備をしている青年もその中の一人。


 煌々と輝くライトで照らされている中、油まみれで暗緑色迷彩を施した戦闘機のエンジンを弄っている。その戦闘機にはハゲタカのエンブレムが描かれている。


 「こりゃだめか?」


 無造作に放ったらかしている茶色の髪を片手で掻いた青年は三白眼を細め、ため息を吐いた。


 「どうしようかねぇ」


 俺は今、飛行空母の格納庫で愛機のエンジンを弄っているのだがどうも治る気配もない。

 レンチでエンジンを軽く小突いてやると、様々な戦闘機が鎮座している格納庫に金属音が木霊する。

 いっそエンジンまるまる買い変えちまうか。でもなぁ……姉さんが許すとも思えないしなー 


 「ミーグラ! どうしたの?」

 「どぅあ!?」


 誰もいないはずの格納庫で急に後ろから声が聞こえてきたのではしごから落ちて背中を強打した。お、おおう。

 受け身を体得しててよかった……


 「いってーな! いるんだったら声かけろ!」

 「え? 今声かけたじゃん」


 それもそうか。

 痛みで涙がにじむ視界にひょっこり入ってきたのは張りのある黄色みがかった白い肌に透き通るような金色の髪。睨むように細めている吊目は凛々しく、綺麗な金色が鎮座している。こう見れば美少女なんだけどなぁ。


 こうしていてもしょうがないので起き上がり、背中に手を組みあざとい角度で俺を見上げてくるサクラを見下ろす。


 「で? どーしたの? この天才美少女に言ってみなさい」

 「美"少女"ねぇ」

 「何」


 ジトッとした視線を送ってきたサクラに肩を竦めてごまかし灰色の作業着の下のスカートへと目を向け、何が嬉しいのやらニコニコしているこいつと視線を合わせる。

 うん、まぁ中性的ではあるが美少女だろう。10人中9人は振り返りそうだ。だが男である。


 ちなみにこやつ、10代後半に見えるが俺と同じ25歳。幼馴染というやつだ。


 この幼馴染のおかげで最近変な扉を開きそうで怖い。むしろ扉を蹴破ってきそうな勢いで尚更怖い。


 「美少女じゃなくて美少年だろうが。てか年齢考えろ。少年少女って歳じゃねぇだろ」

 「年齢の話はやめろー! 僕は永遠の18歳なの!」

 「あ、そ」

 「つれないなー もうちょっとかまってよー」

 「その前に、油で汚れてるから顔に汚れがつくぞ」

 「君の汚れならどんなのだって大歓迎! あいたっ!」


 昔からこいつは隙あらば変な方向に向かっていくので、そのたびにチョップをかます。


 「とりあえず見てくれ」

 「はいはーい」



 サクラが少し不満そうにはしごを登っていくのを眺め、弄り始めた。

 弄っている背中を眺めつつ、愛機が心配なのでどうなっているかを聞くことにする。


 「どうだ?」

 「だめだねー 入れ替えないともう飛べない」


 やっぱりか。初期型エンジンだから仕方ないっちゃ仕方ないがもう少し持ってほしかった。いや、この段階で見つかったのは幸いか。


 「やっぱりかぁ……エンジンそこらに転がってねぇよなぁ」

 「あったら苦労しな……ん? R2800でいいんだよね?」

 「ああ、だが初期型はだめだ。あれは不良品だからな……8wな?」

 「8w? 贅沢言わないの! 安いの初期型くらいしかないんだから!」

 「はいはい。で、あるのか?」

 「あると思う! 着いてきて」



 俺の前に身軽に着地して、部品だけが集まっている区画へと向かう。パンツはピンクか。

 そこは様々な部品がバラバラに散らばり、軽い山になっている。これでも整理しているというのだから不思議だ。

 その中にサクラは堂々と入り、部品たちをブーツで踏みつけながら進む。


 「この前整理してる時に見た気がするんだよねー」


 たまに何かが壊れたような音を立てているのは気のせいだ。うん、気のせいだ。

 そうやって探し回ること十分程、サクラが声を上げた。


 「あった! R2800!」

 「まじか!? どこ!」


 サクラが手を振っている場所へと宝の山を走るような気分で向かうと、部品に埋もれていたエンジンをサクラが掘り起こしてくれていた。

 急いでゴミ山から見えたエンジンを確認すると、確かに目的のエンジンで、しかも水噴射付きの8w!


 「サクラ! よく覚えてたな!」

 「えへへ、記憶力は良いからねぇん」


 舞い踊りそうになる気持ちを抑えてサクラを思いき知り抱きしめて頬摺りをする。ああ、石鹸のいい匂いがする。これは幸せの匂いだきっと。


 「う、嬉しかとは分かっど、じゃっどん僕らそこまでは早か……いや、今結婚してしまおう!」

 「よくやったぞサクラ!」


 結婚とか聞こえたけど今の俺には俺の愛機が元気に空を飛ぶ姿が脳を駆け巡っていた。聞こえていたとしても右から左だ。


 「こんな夜遅くに何を騒いでいる! 消灯時間はとっくに過ぎているぞ!」

 「「げっ」」




 この声はこの飛行空母一番の堅物、ブレント

 ブレントは獣人で、顔は犬であり犬耳もしっかり生えている。その彼が睨みを効かせた日には荒くれ者も黙る迫力を醸し出す。今は水玉パジャマを着ているが。


 「いや、その……俺の愛機のエンジンがおしゃかになったじゃん? だからサクラに変わりを見つけてもらったという経緯です。はい」


 俺の言葉を聞いたブレントは短く切りそろえた人間のような銀髪を後ろに撫で付け、ため息を吐くと目元を緩めた。


 「そういうことか、お前の機体は調子が悪かったからな。そういうことなら仕方がない」


 ブレントは堅物だが、理由があれば怒りはせず寛容なのだ。


 そしてこのブレントは見ての通り獣人である。獣人は獣が二足歩行になったような風だが、人間のように髪を伸ばしたりおっぱいが大きかったりとほとんど人間に近い。


 二重帝国や術商同盟では差別はないが、王国では弾圧を受けている種族でもある。


 「今日は寝ろ。明日になったら整備工にエンジンを変えてもらえ」

 「「はい」」


 ブレントの優しげな顔と言葉に二人して頷いた後に体を離し、寝室へと向かう。実はサクラと同室である。


 「今日こそ一緒に寝ようよ!」


 「ベッド二つあるんだから一人で寝ろよ! てか毎回くっついてるだろ!」






 王帝戦争 ポズニナ上空


 その日は暇で、地上部隊が攻勢の準備に入っているため俺達は作戦に組み込まれていなかったことから気を抜いてポーカーをしていたのだが、近くの空域で味方の偵察機隊が大規模な爆撃航空部隊を見つけた所補足され直掩機と交戦状態に入ったとの報を受けスクランブルがかかったので急いで愛機へと乗り込み飛行空母から飛び出した。


 作戦空域に入る前、逃げてくる偵察飛行隊の一機がエンジンから煙を更かしながらフラフラと高度を下げているのを見つけ、隊長が回線を開く。


 『此方101飛行隊。205偵察飛行隊への救援に来た。退避可能な者は退け、援護する』

 『101……助かった』

 『貴機は速やかに近くの基地へ帰還せよ』

 『仲間たちを頼む』

 『安心してベッドで寝ていろ』


 戦闘区域へと入ると、味方が散り散りになって逃げていた。


 破れかぶれになったのか反撃している味方機もいるが、偵察機なためどうしても動きが遅く、簡単に後ろに付かれている。


 『全機散開。各々目標を定め撃破しろ』


 隊長の命令に俺達はブレイクし一直線に味方機を追い回す敵機へと機首を向けた。


 『早く助けてくれ! 死んじまう!』

 『任せろよ』


 敵機の片翼がもがれ、きりもみしながら落ちるのを一瞥し次の敵機を探そうと視界を巡らせた瞬間翼から火花がちり何かが壊れたような音がコックピット内に響く。


 素早く翼の状態を確認するがかすっただけだと判断し、後ろの敵機に照準を絞らせないよう右へ左へと揺れた後にバレルロール。螺旋を描くような軌道を取り、此方に向かってくる敵機へと機首を向けタップ撃ちのように射撃し真正面からくる敵機を挑発。


 真っ向から突っ込んでくる敵機との距離を測り、急下降。すると上では轟音が響き渡る。機体を水平に戻し、上へと顔を向け二機を始末したかと思えば上に機影を見つけ横へと急旋回。上から撃ってきた敵機を避け機体を横に、首を巡らし俺を狙った敵機を探す。




 そのまま下に突っ切り一撃離脱していくのを見送ると、食えそうな敵機を探して見つけ食らいつく。一撃で落とすには行かなかったがエンジンに被弾したかオイルが漏れ出している。そのまま撃破しようとするが、右へ左へと大きく動く敵機に狙いが定まらない。と、切り替えした時に左に敵機が見えた。生意気にもサッチウィーブか。


 追っていた敵機を諦め、大きく迂回し横腹から食いつこうとしていた敵機へと機首を変え、右から左へとすれ違う時に機銃掃射。手応えは確実にあった。


 後は諦めた敵機へと向かい、翼をもいで回りながら落ちていくのを眺めたら残敵を確認し、味方機が追い回しているのを補助するように操縦感を傾けた。




 『ホーク1からホーク全機。敵のさらなる増援が見えた。随分な団体客だ、援軍が来るまで耐えるぞ。援軍が到着し次第我らは直掩機を味方に任せ爆撃機を叩く』




 後にポズニナ大空戦と呼ばれる戦いの始まり。


 随分と懐かしい夢だ。



※あとがき


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