第16話 不気味な影は、倉庫にて


 夕日が、強く建物の影を落とす。

 周囲を見渡せば、穏やかな三角屋根の群れに、所々は、四角い。どれが集合住宅か、どれが公共施設であるのかは、長く住まなければ、分からない。

 いいや、長く住んでいたとしても、どこに誰が住まっているのか、何があるのか、その全てを把握することは不可能だ。

 そんな町外れの倉庫を前に、深い緑色のショートヘアーの少年がたたずんでいた。

 気分が高揚していると、その表情から分かる。優等生ニキーレスは、選ばれたのだと、誇らしい気持ちでいっぱいだった。

 期待を胸にドアをノックすると、倉庫には似つかわしくない、学者ですという服装の若者が、出迎えた。


「よく来た、同志よ。我らが『ドーラッシュの集い』の、集会所へ」


 ドアが開くと、目の前には恩師ワーゲナイがいた。

 しかも、同志と呼んだのだ。

 発表会の機会があるごとに相談をして、すでにワーゲナイの理想はニキーレスの理想となっていた。

 そのワーゲナイが告げたのだ、同志と。

 学園祭のあの日を境に、ニキーレスの世界は一変した。

 知ったのだ、恩師ワーゲナイの秘密を。知ったのだ、社会の裏で隠れ、人間の未来のために、闘い続けてきた人々がいるのだと。

 滅びたはずの『ドーラッシュの集い』の志を継ぐ、同志たちが、いるのだと。

 そしてニキーレスも、その一人になる。


「ニキーレス君。キミは私の生徒の中で、誰よりも優秀だ。私が『ドーラッシュの集い』の一員と言う秘密を明かしたのも、キミならば理解できると信じたからだ」


 過去を学ぶうちに、ワーゲナイは疑問を抱いた。

 古代王国ダーストの時代を、人類最大の過ちとする評価は、本当に正しいのか。『ドーラッシュの集い』をはじめとした、世界に戦いを挑んだ人々は、本当に間違っていたのか。

 違法な手段を含め、資料を集めるうちに、気付けば『ドーラッシュの集い』を名乗る人々の同志となっていた。

『ドーラッシュの集い』が掲げた理想は、ワーゲナイの理想となった。

 そして、新たなメンバーが選ばれた。

 それが、優等生ニキーレス君だった。


「ワーゲナイ先生、しかし、私より成績が優秀な者が………」


 優等生らしい、謙遜けんそんの言葉だった。

 選ばれたと発言された後である今であれば、余裕をもって言える。

 だが、納得できないことでもあった。

 一時期は、勉学に目覚めた悪ガキたちが、ワーゲナイの周囲にいたのだ。過去の資料を、一般の学生には見せない私見の入った論文などを含めて、全てを与えていた。その学習意欲は、優等生であることに誇りを持っていたニキーレスでさえ、驚いたほどだ。

 追いつかれた、追い抜かれたという話ではない、そもそもの姿勢が異なっている。本気で上を目指していたのか、いいや、その発想自体がすでに、負けていたのではないか。

 うつむいたニキーレスの仕草で、何を考えているのか、恩師ワーゲナイには分かったようだ。少し寂しそうに教えてくれた。


「確かに、私はサイルーク君にも目をかけていた。年に似合わない不思議な一面を持っていたからね。何より、過去を見つめる目線がどこか………そう、同志を前にしているような気分にさせられた」


 寂しそうだった。

 本心では、サイルークも手元におきたかったのだと、ニキーレスに確信させた。いいや、一時期は、サイルークが最も、ワーゲナイと近しい存在だったのだ。

 ニキーレスは感じていた。どちらか一人が選ばれるなら、サイルークだったと。

 そのサイルークは、気付けばワーゲナイのそばから消えていた。おかげでニキーレスが選ばれたのならば、補欠ということだ。

 本当に、ライバル心を制御するのは大変だ。ここにいないにもかかわらず、優等生ニキーレスの心を、嫉妬でかき乱すのだから。

 しかし、サイルークは、ここにはいない。

 ニキーレスが恩師の顔を見つめていると、恩師ワーゲナイは、失望を口にする。


「………本心を言えば、あの口うるさいヨーシンキ先生と、同じ気持ちだ。君とサイルクーク君が、互いをライバルとして、力を高めあう未来を、私も見てみたかった………」


 それゆえに、失望したという。

 百年前の『ドーラッシュの集い』の敗北を避けるためには、どうすべきだったか。

 歴史の分岐点は、一ついじれば収拾が付かない、もしかしたらという希望にあふれている。その希望の先に、何を見るのか。

『ドーラッシュの集い』が勝利した先の未来は、実はすばらしい世界ではないのかと。

 全ては、同志に引き込むためのテストであった。知識を増やすほどに、今の人類の力は、押さえ込まれているという結論に行き着くはずだからだ。

 いや、そうであるべきだ。

 そのために戦い、散っていった先人達がいる。その歴史を知れば、自分たちは志を継ぐべきだと、そう考えるのが当然だと。


「サイルーク………君は、何と答えたのですか?」


 ニキーレスは、サイルークと呼び捨てにしかけて、言い直した。

 生まれ変わったかのようにお勉強に目覚めた時期、熱心にワーゲナイの元に通いつめていた。そのときのワーゲナイの生き生きとした表情を、覚えている。教師として、お勉強に目覚めた生徒の熱意を受け止めないでどうすると。

 その熱意が空回りだと、サイルークがワーゲナイの前から、消えるまでは。

 思い出したのか、ワーゲナイはやや不機嫌そうに、つぶやいた。


「過去を変えられるわけがない。歴史を教えるのに、分からないのか――そう、言われたよ」


 口にしながら、ワーゲナイは違和感を自覚した。まるで、サイルークが当時を体験したかのような物言いだと。

 まるで、自分達は間違えていたと、後悔している人物の語り口ではなかったか。

 ここまで思い至り、ワーゲナイは独り言のように、つぶやく。


「生まれ変わった………前世の記憶?………バカな」


 ワーゲナイは首をふって、己の愚かな考えを、振り払う。

 そんな、バカなと。

 幾度も生まれ変わり、人生をやり直す人物の物語など、御伽噺だと。

 ワーゲナイは気分を入れ替えて、忠実なる生徒であるニキーレスに、改めて向かい合う。終わった話をしても、仕方がない。それよりも、これからのことだ。

 これから、大きな事が、始まるのだと。


「成績など、その時の運でどうにでも評価が変わる。ニキーレス君、君が決して、サイルーク君に劣っているというわけではない」


 ニキーレスに向けての、最後の一押しだった。

 かつて見下していた悪ガキコンビが、突如として自分を追い抜いた。激しい焦りが怒りへと変わり、必要を超えた対抗心を燃やしてしまった。

 よくあることだ。

 そう言って慰めて、気持ちを切り替えるほど器用であれば、とっくに解決している。焦りを原動力にしてやればいいだけだ。

 ワーゲナイは続けた。


「私が君に目をかけてきたのは、君が優秀な学生だからだ。その評価は変わらない。そして、未来をうれう気持ちは、サイルーク君たちとは、比べ物にならない。君は、選ばれるに値するのだ」


 決まったと、ワーゲナイは感じた。

 話をするごとに、ニキーレスの瞳が希望を見出していくと、自分の言葉を受け入れているのだと、確信が持てたのだ。

 ニキーレスも、サイルークではなく、自分が選ばれたのだと、心から喜んだ。

 そう、サイルークではなく、自分が。

 優等生ニキーレスと、恩師ワーゲナイの心が一つになった。


「では、改めてようこそ、我らが組織『ドーラッシュの集い』へ」


 やや演技がかって、ワーゲナイが歓迎の意を表すると、倉庫の影に隠れていたのだろう、様々な服装の人々が、現れた。

 何人かは、ワーゲナイと同じく学者と言う印象の、よく手入れされた服装をしていた。残りは、現場労働者だろうか、薄暗い倉庫の明りでも、ボロボロとわかる。

 身分に区別なく、同志だと、紹介された。


「我々は、この時を待っていた。百年の封印が解かれ、ようやく遺跡に人が出入りする時期を」

「決まりを破って近づけば、人の目に触れるからな。だが、遺跡に出入りする人物がいる、そのことに疑問を抱かない環境が、ようやく整った」

「探検基地として、テントがいくつも設置され、物資も定期的に運ばれている。この状況なら、我々も、動けるのだ」

「これから、忙しくなる………学業をおろそかにさせるかもしれないが、これは、学業よりさらに、重要なことなのだ」


 自分達の目的を、今後の計画を、そして、ニキーレスに期待する役割などを口にする面々。学業と言う単語で、ニキーレスはやや、後悔した。優等生であるニキーレスにとって、学業成績は何より大切なものなのだ。

 しかし、そのような小さな事柄にこだわる時期ではない、この場にいるメンバーは、遺跡に手をかけるときを、待っていたのだ。

 この時期にメンバーになれた自分は、幸運なのだと。


「………私は、何をすればいいのでしょうか………」


 迷いと、少しの後悔。

 しかし、それを上回る興奮が、ニキーレスを支配していた。自分は、新たな時代を築く一人として、ここにいるのだと。


 そして――


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