第8話 手がかりは、手探りにて


 ギーネイは、走っていた。

 手には、トライホーンを装着していた。

 見た目は、腕にしっかりと固定される、小型の盾だ。形状は楕円で、琥珀こはくのような印象を受ける質感の、深い紫色の個人武装である。

 隣には、兄貴風を吹かす仲間の青年バルケが、同じくトライホーンを持って走っていた。

 ギーネイは、この結末を知っている。

 そのために、これは過去の記憶、夢の類だと思った。思いながらも、これこそが現実で、見知らぬ少年の姿の自分こそ、夢であるのではと、思い始めていた。


「おい、何をぼうっとしてる」


 今は亡き、バルケが兄貴風を吹かせた。

 いや、今が百年も後の時代であることを考えると、この表現に違和感を覚えてしまう。サイルークの肉体に宿った過去の亡霊、ギーネイの知り合いは全員、亡き人々である。

 一部の敵は存命かもしれない、人の寿命の数倍を生きる種族なのだから。


「ぼんやりしているのはお互い様だろ、バケモノどもにとっては」


 夢の中で、ギーネイは軽口を叩く。

 敵の見た目は、人と変わらない。ただし、野生の感と言うか、反射神経と言うか、そうした生物的能力は、上なのだ。

 数段、上なのだ。

 そのため、近寄られるより早く、一撃で相手を殺す攻撃を放つ必要がある。それも、相手の先手を取ったと思うすばやさで、何発も。

 そのための、トライホーンである。


「センサーに反応、右に6人………味方じゃ、ないよな」

「この移動速度から言って、それはない………」


 よく覚えている。

 このときの戦いは、部隊壊滅の、一歩手前であった。ただの偵察任務が、いきなりの全滅覚悟の、撤退戦。

 一人、また一人と、仲間の胴体が引きちぎれ、砕かれ、あるいは、燃えた。

 大木すら両断するほどの、ばかげたサイズの斧に、剣だけが、脅威ではない。怪力の持ち主なら、近寄ってくる前に、撃ち殺せばいい。

 こちらの存在に気付けば、雷や、炎や、こぶし大の石つぶてが、雨と降ってくる。

 見た目が人であることから、こちらの違和感………いや、忌避感と言うべきそれは、すさまじかった。

 人であって、人ではないのだ。


「ギーネイ、右を任せた」

「了解っ」


 ギーネイは短く言うと、一気に最大出力に設定する。それだけでもう、次の攻撃に対処できなくなる、禁じ手だ。トライホーンの訓練で、初期に教わる、してはならない操作である。

 だが、今がなければ、次がない。

 それほど追い詰められた戦いは、ギーネイたちの日常となっていた。


「来たぞっ」

「おうっ」


 すさまじい閃光が、視界をさえぎる。

 バイザー越しでも、最大出力が発する閃光の影響は、視界を一時的に奪ってしまう。バイザーをつけていなければ、失明の恐れすらある。

 気にする余裕などない、敵を倒すことが出来なければ、二度と光を仰ぐことが出来ないのだから。

 ギーネイはただ、待った。視界が晴れるのを、トライホーンの冷却が、敵の次の行動に、間に合うことを。

 トライホーンの限界を超えて、あと少しで――


 夢は、唐突に終わった。



 *    *    *    *    *    *



「起きろっての………」


 逆さまの、お姉さんの怒りのお姿が目に浮かぶ。

 オレンジのショートヘアーに、青の瞳のお姉さんが、仁王立ちをしていた。

 ただ、年下とはいえ、男子を前にしてスカートの仁王立ちは、どうにかして欲しい。いや、ギーネイにとっては年下女子と言えなくもない、見た目は十七歳かそこらの年頃の女子が、仁王立ちをしていた。

 逆さまで。

 違う、それは正しい表現ではないと、ギーネイはまず、挨拶を口にする。


「下ろして………」


 世界は、逆さまになっていた。

 気付けば、荒縄に縛られた挙句、逆さりになっていた。荒縄使いの魔法使いのお姉さん、ククラーンさんは、気が短いようだ。あるいは、本を読みあさるうち、約束の時間を忘れていたギーネイが悪いのか、ともかく、世界は逆さになり、お姉さんを見上げていた。


「ったく、せっかくお姉さんが報告に来てあげたって言うのに………」


 お許しは、早かった。

 どうやら、今回は本当に、ギーネイを起こすことが目的だったようだ。まぁ、それなら素直に起きるまで声をかけるなり、揺さぶるなりして欲しいものだが、そこが荒縄使いの魔法使いの、らしいというところ。

 素直に、本題に入ったことであるし。


「少し遅くなったけど、今の結論………いい、あんたらが、でたらめをしたんだからね。むしろ、推測できただけでも、運がいいよ………まぁ、推測だけど」


 ククラーンというお姉さんは、物事をはっきりと言う性質である。

 悪友ルータックに、中身が別人とばれたその日、お姉さんにも秘密がばれた。荒縄の大群に、十五歳のルータック少年が、逆らえるものだろうか。

 また、秘密にすべきか、サイルークに乗り移ったギーネイもまだ、決断できていなかったことである。

 魔法の水晶に閉じ込められた、過去の亡霊ギーネイが、正体である。

 ばれてしまっては仕方がないと、サイルークを元に戻す方法を、探してもらったのだ。

 そのククラーンが、めずらしく口をにごしている。驚くべきことに、申し訳ないという態度である。

 一体何が語られるのか、ギーネイは早速、悪い予感に支配されていた。

 そして、教えてくれた。

 成果がないと。


「水晶を媒体にした、記憶転写魔法の暴走――って言っても分からないだろうけど、本来の使い方をしないせいで、どんな状態かも分からないってこと」


 今度は、ギーネイが申し訳ないと言う態度を示す番だ。

 発案者は、水晶を持ち出した恩師ユーメルである。だが、他人の責任にしても、責任は誰も取ってくれない。今の時代に存在するのは、ギーネイなのだ。

 未来に希望を残す。

 心の強さだけで、作用する力。

 それは、未来にギーネイの記憶を残すという形で、実現した。誤算と言うべきは、この時代の少年の人生と引き換えと言うこと。

 ユーメルすら予想できなかった未来に今、ギーネイはいた。


「とりあえず、本来は『賢者の記憶』って類の魔法の道具なの」


 ククラーンは、教えてくれた。

 水晶に、その人物の記憶の全てを移し、生前と変わらぬ受け答えをする、魔法の道具だと。その人物の知識と経験を未来に伝えるために、使用されると。

 それは、後の世代のためにと、身を犠牲にする儀式魔法。

 故に、『賢者の記憶』と言う名前が付けられたのだろう。情報系の上位に位置する魔法で、本来は水晶の中に生前の賢者の映像が映り、あるいは声で受け答えをするだけのものという。

 本来は。

 それが、なぜかサイルークと言う少年の肉体を、乗っ取っていた。

 どうすることも出来ない。水晶を手に入れれば、詳しいことが分かるかもしれない。少なくとも、手がかりになると。


「魔法の気配があるから、乗り移ってるんだと思う。師匠も同じ意見だったし………ただ」


 肝心の水晶を探しに行くことは、困難と言う結論である。

 皮肉と言うか、本来立ち入り禁止の遺跡の森に、サイルークたちは立ち入った。そのために事故が起これば、規制は強めるのが当然である。例え魔法使いであっても、思いのままに何も出来ない。そのため、サイルークたちがすぐに何か出来ることはない。


「遺跡に入る方法、ないことはないんだけど………」


 ククラーンの提案に、ギーネイは安堵あんどした。

 だが、安堵できなかったのは、あとで聞かされたルータックである。


 ――夕刻


「いやだぁ………勉強は、いやだぁぁあああああああっ」


 なげいていた。

 ぼさぼさのブラウンヘアーが、さらにぼさぼさになるように、頭を抱えて、本気でなげいていた。学生の本分は、お勉強と言う言葉を、これほど嫌う少年が、どこにいるのか。

 鏡写しに違いないと、ギーネイは申し訳ない気持ちと、あきれる気持ちで忙しかった。

 サイルークの肉体を、ギーネイと言う過去の亡霊が奪ってしまった。そのために、拷問?の日々を強要されるのだから。

 遺跡に入る。

 そのための手段は、いたって単純な、遺跡調査の発掘要員と言う道である。

 条件は様々にあるが、現在ルータック少年がなげいているように、ある程度の学校の成績も、求められる。子供の遊びではなく、学術調査なのだ。少なくとも、遺跡に関する知識が完璧か、あるいはまじめに打ち込むことが出来るのかと言う点が、重要なのだ。

 まぁ、遺跡調査なのだから当然だが………


「ギーネイ………サイルークもだよ。今の時代の常識とか、学校の成績がそもそもよくないと、発掘要員になれないんだからね」

「問題ない。オレにとっては、さっきまでいた場所だし、文字も通路も、日常のものだ。古文と言っていたルータックが、気の毒なだけだ」


 こうして、悪ガキ二人は生まれ変わったように、お勉強の日々を送ることになった。

 期限は、秋。

 遺跡の調査が始まる秋までに、成績を上げねばならない、地獄勉強の、始まりだった。

 主に、ルータックにとって………


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