第11話

いつの間にか日が落ちて居るが、行き交う人の喧騒が途切れる様子もなく、建物から漏れる明かりと声が、夜の寂しさを感じさせない。

そんな中、アイリーンに連れられて東郷が足を踏み入れたのは一軒の酒場だった。


「おーい船長キャプテン、新入り!こっちだ、こっち!!」


大声をあげたのは、ネコミミカリビアン海賊のおっさんこと、ライオネルだった。


「よぉーう、先に始めてるぜ、船長!!嬢ちゃん、こっちにエール二つ頼まぁ!!」


空気を震わせるほどの大声でエールを注文するライオネル。

対する酒場の娘もまた大声かつ乱暴な言葉遣いで答える。


「うっせぇどら猫やろー!叫ばなくても聞こえてんよ!父さん!!猫のテーブルにエール二つ!!」


「猫じゃねぇ!俺は虎だぁ!!」


ドンッドンッと音を二つ立てて置かれるエールが、並々入った木製のジョッキ。

それを運んできた娘が絶妙にイラッとさせる表情でライオネルを下から覗き込み挑発する。


「そ~なのかニャァァン?」


ライオネルが、米神に青筋を浮かべながらその娘に喧嘩を売ろうとした瞬間、アイリーンがライオネルを殴り付けてジョッキをかっさらう。

グダクダのやり取りを強制終了させるためであった。


「あー、皆も知っての通り今回の公開でアタシは遭難した。んで拾い物をした。」


「「「知ってるゥHooooo…」」」


「そうだ!知っての通りだ。んで、本日その拾い物が冒険者になった!」


「「「よっしゃーーYEAAAAAA!!!!」」」


「兎に角お前ら、そんな感じだから…新しい冒険者の誕生に!乾杯ァイ!!cheeeeze!!!


「「「「乾杯ァァァァァイCHEEEEEEEEEESE!!!!!!」」」」


こうして、地獄の釜の底が抜けた宴会が始まった




東郷は、目の前の惨状を前にして一人頭を抱えていた。


船の上で頼れる先輩であった者達が今、最悪の醜態を晒していた。


ネコミミカリビアン海賊のライオネルは、酒場の娘にぐでんぐでんになりながら求婚していた。


「にゃーん、アンナちゅわぁぁん!僕にゃん君に結婚して欲しいにゃぁぁぁぁん!」

「ちょっ!止めろ変態猫!!まとわりつくな!!」

「違う!俺は虎だ…ニャァァン!」

「くそっ!盛ってんじゃねぇ!!」

「ニャぁぁ…ま……ママァ!」

「誰がママだ、ライオネルゥ!!あ、アイリーン助けてぇ!」


東郷にとって頼れる先輩冒険者たるライオネル。

彼は酔うと只のセクハラ野郎へと成り下がる。

これは同情の余地無し、彼に喧嘩を売っていた娘はむしろ相手をしてくれるだけ優しい娘だった。


「寝てろ、クソ猫。」


そんな酒癖の悪いライオネルの頭を手に持った木製のジョッキでアイリーンが力一杯殴り付けた。

パコーンと気持ちの良い音を立てたその一撃で、ライオネルは沈んだ。


「………ぐぅ。」



そんなやり取りを横目に、軍人然としたエルフのルーカが浪人風の出で立ちのラミアの男、そして弁髪で中華風の服装のハーピーの男と杯を交わしていた。


いや、男性二人が酔っぱらいエルフに絡まれていた。


「だからですね?キャプテンアイリーンは素晴らしくて、最の高なんですよ?あの方について行けば何処までも行けると確信しております。どれ、私があの方と会った時の話をしてあげましょう。」

「ルーカ殿、飲み過ぎで御座るよ…」

「その話、一体何度繰り返すネ…」

「あ?百年も生きてない若造が私の大切な船長の大切な話を遮るとかなってねーであります。ぶっこぉすでありますよ?」

「(ホァン殿、ルーカ殿がまたメンドイ感じでござる。)」

「(風嶺かざね、いつも通り酔い潰しちまうネ。)」

「(よしきた。)…まぁまぁまぁルーカ殿、さっきから酒が進んで無いで御座るよ?さぁさ、とりあえず一献。」


浪人ラミアは名を『水親みずちか 風嶺かざね』。

弁髪ハーピーは名を『ホァン飛龍フェイロン』という。

ルーカとこの二人は、アイリーン一行の個人戦闘のエースに当たる。

ルーカはエルフ故に高齢であり、経験の数が他の者とは一線を画す。

また、水親と黄は身に付けた武技が身体的な特徴と相まって海上で恐ろしいほどの戦闘力を発揮する。

基本的に揺れているのに加え、障害物の多い船上だが彼らはそれをものともしない下半身を生まれながらに持っていた。



躓く事が無く足さばきが読めないのに加えて、上半身をもたげれば高低自在の蛇の躯。

それは船上においてとてつもないアドバンテージとなる。

まさに蛇が獲物に襲いかかるように繰り出される神速の抜刀術で敵が死んだことに気付かないまま、その首を落とすーーー『秘剣:椿つばき』。

危険極まるこの海を、刀一本でわたってきた流浪の侍にして冒険者、『水親みずちか 風嶺かざね』。


激しい揺れの中でもマストに立っていられる程に強靭な鳥の爪と脚力に驚異的なバランス感覚。

大きな羽でもって敵の視界を遮り、繰り出される神速の足技は、爪の鋭さと相まって凶悪な威力を発揮する。

无影脚むえいきゃくーーーそう呼ばれる武技で蒼海に名を轟かせる武術家にして冒険者、『ホァン飛龍フェイロン』。


そんな二人の武人が声を揃えて絶対に怒らせたくないと言う女。それが『ルーカ・エル・ファラディア』だ。

見た目は色黒の健康的な少女、しかして実年齢は800歳を越える海エルフ。

彼女が生きた人生はその殆どが海の上でのものであり実績という名の武勇伝は殆どが事実。

三つの国を滅ぼした大海竜。大規模魔術によって、それを比喩ではなく海を血の色に染めて単独討伐した女、『血の海ブラッドバスルーカ』ーーー事実。

700年の歴史を持ち、今なお西の海で覇を唱える強大な軍事国家ファラディア立憲帝国。その栄光の一歩目となる大海戦を指揮して勝利に導いた『栄光の女神ゴッドネス・オブ・グローリールーカ』ーーー事実。

海に生きる者達の憧憬と畏怖を一身に集める女傑。それが『ルーカ・エル・ファラディア』という女だった。


だが、カパカパと勧めるがままに酒を飲んで顔を真っ青にしながら店の外にゲロを吐きに行ったエルフからはそんな威厳はこれっぽっちも感じられない。


まるで、ダルい上司を酒の席で撃退した様に笑い合う水親みずちかホァン


海の上では、あれほど頼りになったのに…と一人そのギャップにダメージを受ける東郷だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る