第5話

 東郷が冒険者になると決めてから3日が過ぎた。

その3日間で、東郷とアイリーンには確かな信頼関係が芽生えていた。

アイリーンに着いていけば何とかなると東郷は感じ、東郷は少なくとも自分を害する存在ではないとアイリーンは感じた。

アイリーンの指示に従って、東郷が働く。

有り余る時間の中で、一つ一つの作業の意味などを教わりながら働いていた東郷は内心で


(うーん、入社したての頃を思い出す…)


 他にも気にかける事は沢山あるだろうに、そんな事を考えていた。

東郷謙二。彼は何だかんだ、図太い男である。


 そして3日目。

ようやく、二人が待ち望んだ船が姿を見せた。


「えっと…あれがアイリーンさんの船ですか?」

「…あぁ。そうだな。」

「…何か、ボロボロじゃあ、ありませんか?」

「ボロボロだなぁ。」

「何か…傾いてるし。」

「まぁ…傾いてるな。」


 20メートル程の大きさの帆船キャラックは、正しく満身創痍であった。船に二本ある帆柱はどちらも無事とは言い難い。

船の中程から生えている帆柱から張られた帆は穴だらけ。船の前部の帆柱は、一度折れたのか中程から少し曲がり、応急処置と解る不細工な手当てでもって何とか斜めに立っている。

両舷共に損傷が見受けられるが、右舷は何かに食いちぎられた様に半月型に欠けていて一際目立っていた。

どこからか浸水しているのか、船員たちがバケツで流れ込んでくる海水を海へと捨てている。

忙しなく動く船員たちが2メートル程の短艇カッターを左舷から海へと降ろせば…


「そっと降ろせよ!そっとだぞ!!」

「うわっ、やべぇ!動ける奴は左に寄れ!」


僅かに重心が移っただけで沈みかける始末である。


「あの、アイリーンさん。これ、本当に大丈夫何ですか?」

「ははっ…大丈夫だ…多分……きっと…」


 さしもの頼れるアイリーンも船の惨状を見て、顔色を悪くし、頬をひきつらせていた。


船長キャプテンアイリーン!御無事でしたか!!」


 短艇カッターから島に上陸した少女が、アイリーンに呼び掛ける。


「応!何とか無事だよ!しかし、一体何があったんだ、ルーカ?」

「…詳しいことは船で話します。所で船長キャプテン、そちらの男性は?」


 ルーカと呼ばれた少女を見て、東郷は戸惑う。

顔は美少女としか言えない程に整っており、褐色の健康的な肌色と深く吸い込まれる様なコバルトブルーの髪。

東郷よりも頭二つは背が低く、小学生程の年齢しか無いのではないかと思わせる幼さ。

身に纏う服は水夫のそれというよりは、軍服の様にも見える。

堂々とした、或いは凛々しいとさえ言える落ち着いた大人の佇まいと、体躯から来る幼さが奇妙に同居していた。

しかし、東郷の視線を釘付けにしたのは彼女の耳である。

只人とは明らかに異なる長く、尖った耳を彼女は持っていた。


「こいつは東郷、東郷謙二。アタシらの新しい仲間で、異世界からの迷子だ。」

「…船長キャプテンアイリーン、ひょっとして頭でも打ちました?」

「気持ちは解るがアタシは正気だよ。そら、東郷!ぼさっとしてねぇで、荷物持ってとっとと小舟ボートに乗りな!」

「えっ?あっはい!!」


 アイリーンの一声で慌ただしく短艇カッターへ乗り込む東郷。揺れる小舟に多少もたつくのはご愛嬌である。

東郷が乗り込んだ短艇カッターには、漕ぎ手の男性が乗っていた。

逞しい体つきで、頭をバンダナで包んでいる彼らは如何にも水夫ですといった装いだ。

一同が乗り込んだ短艇カッターは、少し沖に泊まるボロボロの帆船キャラックへと漕ぎ出していった。


「さて、東郷と言ったか…」


 帆船キャラック迄の短い道中で、ルーカと呼ばれていた少女が東郷に話しかける。


「私はルーカ、船長キャプテンアイリーンの船で副船長をやっている。新入りと言うことだが…まぁ、船の事で分からん事があれば私に聞くと良い。」

「あ、はい。ご丁寧にどうも。東郷謙二と言います…えぇっと、異世界から来ました。」

「異世界か…正直に言えば、素直に信じられる物ではないが…」

「何だよルーカ、アタシが信じられねぇってのか?こいつは謂わば宝の地図だ。東郷を連れて航海に出れば、面白いモンとかち合う気がすんのさ。」

「はぁ、船長キャプテンの勘は何だかんだ当たりますからね。そう判断するなら、異を唱える積もりはありません。それはそれとして…彼は何で船長キャプテンのコートを着てるんで?」


 東郷は今、裸の上にジュストコール。腰にジャケットの背を前にして巻いている。

東郷ジュニアがポロリするのを極力防ぐために、そんな珍妙な出で立ちになっていた。


「あぁ、それが笑えるんだがよ…っと、着いたな。ま、後で聞かせてやるよ。」


 気がつけば東郷達を乗せた短艇カッター帆船キャラックのすぐ側まで来ていた。


「おぉ!」


 遠くから見ていた時は小さい船だと感じていた東郷だったが、近くまで来てみればその姿に圧倒されていた。

ずんぐりとした船体は船首と船尾が高くなっており壁のように聳え立っている。

帆柱マストもまた想像以上の高さがある見るものに威圧感を与えていた。

船の中程の甲板だけが極端に低くなっており、そこから海側へ向かい生えている木製滑車とロープと簡素な支柱で構成された小さく原始的なクレーンを使い、人力で短艇カッターごと彼らを船へと引き上げる仕組みのようだ。


「凄い…」


 忙しなく動き回る船員達。

甲板に置かれた重厚な大砲。

この数日で聞きあきていた波と潮風の音さえも、この帆船キャラックの一部となって押し寄せてくる。


そして、それは東郷に「ここが異世界である。」という実感を初めて与えた。

白い砂浜の無人島に突然置かれた時よりも、アイリーンがここが異世界であると告げ魔法を使って見せた時よりも、はっきりと異世界である常識が通じない所と感じさせられた。


 五感総てに叩きつけてくるその感覚に、飲まれ、折れそうになり、呆然とする東郷。


 そんな彼にくるりと向き直ったアイリーンが告げた。


「ようこそ異世界人フォーリナー。世界を広げる冒険者の最前線の一番前フロントライン、アタシの大望を叶える者号リアライズ アンビシャスへ!」

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