秘密結社

 こういう日々も良いな、と。


 僕はいつしか思うようになった。

 僕は普通の高校生活を送ることが出来なかった。


 いつの間にか世界は動き、いつの間にか人間関係は構築され、僕はそこに取り残された。


 最初はその事実に絶望もしたし、失望を恐れてもいたけれど、眞野ミコと過ごした日々はその絶望を覆い隠して余りあるものだった。

 

 それはある意味で、日常の代替品だった。

 虚構のような日々と言っていい。


 今ここにあるもので充実を手に入れることが出来なかったから、いまここに無いオカルトと未来への憧憬でそれを埋めようとしていた。


 眞野ミコはアニメや漫画のキャラクターのような奇行で持ってその現実を覆い隠し、僕はそれに追従することで見ないふりをした。


 その在り方に、ふと虚しさを覚えることもあったけれど、それでも充実していた。

 ある意味で、僕の現実は充実していたのだ。


「……世界を変えるってさ」


 ある日の空中庭園での出来事だった。

 僕は自分から彼女に話題を振った。

 基本的に、彼女が奇行をして僕が反応を返すという関係性が続いていたのだが、その日は僕から話しかけた。


「どういう風にするつもりなんだ?」

「え?そ、そうね……魔法についての同人誌をだす、ブログで啓蒙、駅前で演説……弁論大会に出るというのとかかしら」


 彼女は不意の質問だったからか、普段の演技を貫くことが出来ず、思いの他つまらないアイディアしか出さなかった。


 しかし、根本的に特別じゃない僕たちは、特別な何かの模倣をして日々をやり過ごしている。

 ならば、出てくるアイディアが特別じゃなかったとしても仕方がない。

 重要なのは、特別な何かと錯覚できる体験をすることに他ならない。


「あとは動画配信者とか」

「動画配信?いいわね、それ」

「タロット講座とか、お悩み相談とか。君の魔法で作ったアイテムの紹介とか」

「あとは秘密結社のメンバーの募集とかかしらね」

「インターネットで募集したんじゃ秘密でもなんでも無いじゃん」

「あら、フリーメイソンもイルミナティも表向き誰もが知っているわ。重要なのは名前を知られているか否かでは無く、何をしているかを知られているか否か、よ。さて、そうなるとまずはチャンネル名にして組織の名前を決めなくてはならないわね……」


 そういうと、彼女は様々な秘密結社の名前を羅列していった。


「そうね……ゴールデンドーン、ヤタガラス、フリーメイソン、イルミナティ……色々あるわ。私としてはそれらに負けないネームが欲しいわね」

「タロットのアルカナから名前を付けるとか」

「いいわね。お互いのアルカナからハイエロファント&エンプレス、略してH&Yとかどうかしら」

「秘密結社然としてはいるが企業っぽいし、なんだか味気ない。なにより一見して何が何だか分からないよ」

「うーん……鈴、鐘、ベルとかは?ロンド・ベル……は何かのアニメで使ってたかしら。キャッスルベル、タワー&ベル……」

「オカルトタイムズ」


 ふと、思いついた。

 僕たちの時間。世界から隠された時間。誰も入ってこない、誰も入ってこれないはずの時間。それを名付けるのなら、オカルトタイム、と言ったところじゃないだろうか。


「オカルトタイムズ。おかるとたいむず。……意外としっくりくる気がするわね。新聞社っぽい雰囲気も世を忍ぶ仮の感じが出てていいわ。決定、それで行きましょう」


 動画のタイトルが決まったところで、僕たちは早速第一回の企画について考え始める。動画を撮るとしたら近所のカラオケ店とか公園とかかしら、とか。カメラはどちらが持ってくるか、とか、編集はどちらがするか……

 そういう、まだ作ってない動画で世界を変える方法を屈託なく話し合った。


「ということは、よ。アナタはついに私の弟子にになるということね?」

「……いいさ。色々と教えてくれよ、マスター」


 ことここに至っては仕方がない。

 僕が弟子で彼女がマスター、そういう関係でもいいだろう。

 

 だがその約束は、果たされることは無かった。


 そういう、他愛のない会話と解釈の日々は、ある日突然終わりを告げた。

 それは、隠されたものがついに暴かれた結果でもあった。


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