今日も憑かれる彼女は隣の幼馴染に縋り付く

小春日和

第1話今日も憑かれる彼女は隣の幼馴染に縋り付く

 私籠池蓮花かごいけれんげは、小さい頃から人ではあらざるものに憑かれることが多々あった。

 ーーーそう、今この時みたいに。


 はぁはぁと荒く息を乱して、早足で帰路を急ぐ。

 後ろからはヒタ、ヒタ、と人ではないものが忍び寄ってくる気配を感じる。

 自分が後ろの存在に気づいてるなんて勘づかれたら、どうなるか分からない。


 ーーー早く、早く帰りたい!


 後ろの存在に気付いてることを気取られないように、だけど気は急くばかりで、恐怖と焦りで涙が滲む。

 やっと見えてきた目的の家に、安堵でホロリと涙が零れた。

 ホッと息をついて足を速めたその時…ーーー


「…気付いてるの?」


 後ろから、そう声が聞こえた。


 しまった、油断した!と思った時には、足は地面に縫い付けられたように動かなくなっていた。


「ーーーっ!!」


 首筋に、ヒヤリと冷気が流れる。


 ーーーこわい…、怖い怖い怖い!


「ねぇ、気づいているんでしょう?私、とても寂しいの。お願い、一緒に死んでちょうだい」


 ねぇ?っと、粘着質な声で耳元で囁かれた瞬間、自分の意思とは関係なく、足が道路の真ん中まで向かう。


「ーーーっ、い…や…!」


 何とか声を絞り出すも、相変わらず足は縫い付けられたように動かない。

 ふと、遠くから眩しい光が2つ近づいてくる。


 ーーー車が!!


 焦りの中でどんどん近づいてくる車に、隣でクスクスと不気味に笑うモノ。


 ーーー誰か…、誰か助けて!


「い…っ、く…!」


 必死に脳裏に過った人物の名前を呼ぶ。


「…っんの!っバカ!!」


 そんな罵声とともにグイッと体を引っ張られたかと思うと、次の瞬間には痛いくらいに抱き締められていた。

 それと同時に体の金縛りも解け、たった今自分を抱き締めた彼に、ぎゅっとしがみ付く。


「いっくん!いっくんいっくんいっくん…!」


 怖かった、と泣きながらしがみ付く私を、榊斎さかきいつきーーー通称いっくんーーーは、一層私を抱く腕に力を込めた。


 その力強さにホッとするのも束の間。


「っよくも…よくもよくもよくも!!邪魔をしてくれたわね!!」


 先程私を恐怖のどん底に陥れた存在が、恨めしそうにいっくんに標的を変えた。


 いっくんは片手で私を抱き直し、右手で素早く四縦五横の破邪の印を結びながら、なめらかに呪文を唱え始める。


「朱雀・玄武・白虎・勾陣・帝久・文王・三台・玉女・青龍」


 低く響くその落ち着いた声は、不思議と私に穏やかさと安寧をもたらす。

 まぁ何度もこの声に助けられている身としては、それもそのはず、なんだけれど。


「…なっ!止めろ!!ヤメロヤメロヤメロヤメローーーーー!」


 そんな私とは対照的に、必死に逃れようと抵抗するソレ。

 でも、止めろと言われて止めるほど、いっくんは甘くはない。


「ーーー破っ!」

「ーーーあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 いっくんの覇気とともに、白い光が辺りを照らし出す。

 そして、元の暗闇に戻った時には、もうあの恐ろしい存在は跡形もなく消えていた。

 そう、いっくんが調伏してくれたのだ。


 それを実感するとともに、安心した私は腰が抜けて、ヘナヘナとアスファルトの上に座り込みそうになる。

 それをぐっといっくんに引き上げられ、抱え直されたと思った瞬間…ーーー。


「…っんの、バカ!!」


 耳元で大声で怒鳴られた。


「お前、人が端正込めて作った魔除けの石はどうした?!」

「ぐっ!」

「ぐっ!じゃねぇよ!家に忘れたとか言ったらシバクぞ!」

「い、家に…っぐ、ぐるじいぐるじい!」


 ヘッドロックで締め上げられ、酷い顔で悲痛な悲鳴を上げる私に、いっくんは心持ち力を弱める。

 基本優しいんだ、この人は。

 決して私の顔が見られないほど酷かったってわけではないはず…、多分…。


「俺が気配に気づかなかったら、お前今頃お陀仏だったんだぞ!ただでさえ狙われやすいんだから、頼むから石だけは肌身離さず持っとけよ」


 口調はきついけど、心配してくれてることが分かるから、有り難さと申し訳なさで感情が溢れてくる。


「ご、ごめんなざいぃぃい!うぇぇぇ…ふごっ!」


 鼻水垂らしながら、みっともなく泣く私に、「ったくもう」と、ブツクサ言いながらも律儀に色んなものを拭き取ってくれる優しい幼馴染。


「ほら、帰るぞ」


 そう言って差し出された手を取り、帰ろうとする…ーーーうん、立てない。


「…腰、抜けた」


「…」


 情けなさを隠すようにへにゃりと笑う私に、しょうがないな、といっくんは呆れたように息を吐く。


「ほら」


 屈んで向けられた背にそろりと手を伸ばす。

 見た目ではヒョロッちぃのに、触ると案外広い背中だというのは、これまでの経験からもう織り込み済みである。

 まぁ、そのくらいこういう事態に合っているというのは心外ではあるが。


 いっくんの背中の暖かさと、私を気遣ってゆっくり歩いてくれている振動に、先程までの恐怖が嘘のように和らいでいく。


 ーーーそう、いっくんは、私にとって幼馴染であり、近所のお兄ちゃんであり、最高のヒーローなのである。


 ***


「ーーー…おい」


 イラついたように声を掛けてくるいっくんに、私はうん?と首を傾げる。


「俺、さっきお前を隣の家に送り届けたよな?」


「うん、そうだね。ありがとー」


「じゃねえよ!それなのに、何でお前が俺の部屋に居るんだよ?!」


 確認するように話すいっくんに、素直に頷いた刹那、いっくんの怒声が耳をつん裂いた。


 キーンとする耳を押さえながら、「それはぁ、そこの窓からちょちょっと…」と言った瞬間。


「っ、帰れー!!」


 さっきの倍の声量で怒鳴られる。

 でも、ここで食い下がるわけにはいかない私。

 勿論、はい、帰りまーす!なんてことにはならないわけで。


「やだやだやだやだ!だって、さっきあんな怖いことがあったんだよ?1人でなんて寝れないよ!」

「お前の部屋自体に退魔の術施してるって何回も言ってるだろ?!」

「そういう問題じゃないの!いっくんの側が一番安心できるの!」

「俺は男だ!」

「知ってるよ!」


 という言い合いの後、いっくんは何故かさっきよりもすごくすごくすごーく疲れたため息を吐いた。

 でも、こうなったら私はテコでも動かない。

 それは長年の付き合いで、嫌と言うほど身に染みて分かっているだろういっくんは、諦めたように黙ってベッドに潜り込む。

 左半分を空けて。


 ーーーwinner、私。


 ムフフと笑いながら空いてるところに潜り込み、背中からいっくんにピタッとくっつく。


「神様、仏様、斎様、私いっくんがいないと生きていけない!」

「お前は…恥じらいというものを学んでこい!!」


 今日も無事一日が終わってめでたしめでたし。


「勝手に締めるなぁ!!」


 いっくんの怒声を子守唄に、夢の世界へ誘われていく。


 ーーーグッナイ、皆さま。よい夢を。


「だから、勝手にーーーっ!」


 ごちゃごちゃ煩いヒーローも、今日の苦労を労るように、きゅっと抱きしめれば大人しくなるのも長年の経験から把握済み。


「おやすみ、いっくん。今日もありがと」


「…寝れるわけねーだろ、何の拷問だよコレは…」


 秒で眠りに落ちた私に、いっくんの呟きが聞こえることはなかった。

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