Ⅰ:meet

1人なんかじゃないよYou are not alone

 背後から撃たれるとはこういう感覚なのか?

 問いかけgraffitiの仕上げに集中していた僕は、すぐ後ろまで迫っていた野ノ波芭乃彼女に全く気がつけなかった。

 慌てふためきながら振りかえったせいで、壁に背中を打ち付けてしまった僕はさぞ滑稽に映った事だろう。

「ごめんね。邪魔するつもりはなかったんだけど」

 彼女はそんな僕を嗤う事もなく、真摯に謝罪してきた。

「大丈夫?背中当てちゃったけど」

 今度は問いかけの方を気にかけたきた。

「ああ、大丈夫みたい」

 流されるままに、僕は塗料の状態を確かめ、乱れがないことを伝えた。

「やっぱり君だったんだね」

「え?」

「噂の問う者ask

「…」

 現行犯だ。僕は、肯定しないのが精一杯だった。

「完成させないの?」

「え?」

「ここ」

 彼女が指したのは、仕上げに描いていた質問の部分だった。

"僕らは、独りなのかなAre we all alone"

「"?"がまだないね」

「ああ…」

 そう言って、彼女は後ろにさがった。

「…」

「…どうしたの?」 

「いや…」

 思えば、誰かの前で問いかける描きあげるのは初めてのことだった。

 なぜか分からないが、背筋に汗が浮かび、指先に緊張が走る。そのせいか、いつもはすんなりいく"?"の文字が震えているようになってしまった。

「完成だね」

「…うん」

 なぜか、気恥ずかしさがこみ上げ、彼女の顔を見れなかった。

「あと、ごめんね」

 彼女は、もう一度謝罪してきた。

「ちゃんと質問する前に答えちゃって。じゃあね」

 振り返った時、彼女はもういなかった。


 ∧


 それが、今から先週のこと。

 彼女がクラスメイトだと知ったのは、その次の日でのことだった。

 それぐらい、普段は挨拶すら交わさないほどの関係だったが、あの日以来-

おはようhello

じゃあねsee you

 と、朝と放課後に声をかけてくれるようになった。

 犯行現場問いかけを見られた僕としては、弱味を握られ遊ばれてるのでは?という疑念もあるが、それでも女の子と言葉を交わせることに関しては素直に嬉しいという気持ちがあった。

 なおかつ、彼女-野ノ波芭乃は結構かわいい女の子だった。

 そんな数日間の出来事もあり、これまた素直にとして、友人たちにそれを教えた訳だが-


 ∧


 案の定、友人たちは色めきたった。冷やかし大半な反応を覚悟してはいたが、挙げた子が意外だったからか、友人たちは神妙な顔つきになり、話の内容は野ノ波芭乃の事で持ち切りとなった。

 比較的、女子とも話をしている友人によると、勉強も運動もそつなくこなすが、そこまで目立つことはなく、普段は眼鏡とまっすぐ腰まで伸びた髪、色白な肌から文学系で地味な印象。人付き合いも広く浅くといった感じで、休み時間などは見ての通り一人で過ごしていることが多い。昼休みは先ほどのように決まってどこかに行っているらしいが、それ以上は分からないとのこと。

 集約するならば、というわけだ。

 女の子野ノ波芭乃の話がそこそこに盛り上がったところで、休み時間は終わった。彼女の事を聞けたのは良かったが、僕の正体askを知る彼女に友人たちの興味が向くのはもしかしたらまずかったのでは?と、少し後悔もした。


 ∧


 僕の生きる街safelandは、どこに行っても必ず見守られているlookout

 小さい頃は気もならなかったが、いつしかそれが気になって仕方なくなっていた。

 なので、外を歩く時はそのあたたかな視線を避けるほっといてほしいことばかりに、気がいくようになっていた。

 死角spotの発見も、その習慣の賜物だった。

 監視班の配置field of view時間帯による通行人の増減worry警察官の重点域warningなどが、いつしかようになっていた。犯罪にしか役立てないような技能を僕は文字通り犯罪落書きに利用していた。

 今日も、下校の際にマークしている死角spotの確認や、新規開拓はもはや日課となっていたが、問う者askの存在が取り沙汰されるようになり、以前よりも行動は入念になっていた。監視班lookoutの増強には至ってない物の、死角spotをカバーするように、警察官の見回りが増えている。また、現場を押さえられなくても、周辺域で頻繁に目撃checkされるようになれば、監視班lookout警戒markされてしまう危険もある。

 しかし、それを恐れて活動を控えてしまえば、それが問う者askの特定に繋がってしまう可能性もある。

 後戻りすることも、僕にはできない。

 しかし、どうも僕は気になれなかった。

 警戒が強まった件もあるが、一番の理由はやはり彼女のような気がする。

『1人なんかじゃないよ』

 その言葉が、今も僕の中の決まった場所に定住していた。

 それは、あたたかいけれど、逃げたくなるようなものではなかった。


 ∧


 気づけば、僕はそれを聞いた場所に戻っていた。

 あの問いかけgraffitiはもう消されているEraseかもしれない。

 それでも、あの時の気持ちをより思い出したいと思った。

待ってたよwaiting for you

 そこに、君はいた。

 僕の問いかけaskに、初めて答えてくれたreply君が。

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