魔女の一族と魔道具 5

 現在の箱守家は大正時代に建てられ、つい2年ほど前にリフォームされた洋館である。部屋数が多く、親子3人では持て余していたため、思い切って壁をぶち抜き、それぞれが広い自室を持っていた。

 踏むたびにキシキシと音のする古い板張りは取り払われ、新たに無垢材を張り、いかにも怪しげな儀式が行われそうなボルドーの壁紙を剥がし、目が覚めるような白い漆喰を塗ることで屋敷全体が明るくなった。華やかなモールディングを施し、上品さも忘れない。

 それまで廊下には燭台が置かれ物々しい雰囲気だったが、今では全照明がLED電球に取り換え済みである。


 *


 日和が帰宅したのは、19時を過ぎた頃だった。

 玄関ホールを抜けた廊下の最奥にあるリビングで、親子三人で食卓を囲い、パエリアを食べながら今日あった出来事を報告し合う。

 マリーは町長の手伝いに駆り出され、自然界に影響の少ない除草剤を散布してきたらしい。除草剤の作り方と使用方法を丁寧に教えてくれたのだが、フェンネルを使ったお酢と雑草を好んで養分として取り込む魔草をすり潰した粉を混ぜ合わせたものを、直接雑草にかければ良いという簡単なレシピだった。

 ひばりは早速、明日作って店の周りの雑草に振りかけるつもりだ。


 文化祭で行われるクラス対抗の合唱コンクールの曲決めをしたという日和は、歌うことができないので指揮者を希望したそうだ。

 日和は男性では珍しく、身体に魔性の力を宿している。その特性はかなり珍しく、声に魔力を乗せることができるのだ。

 本人にそのつもりがなくても、気持ちが昂ったり、ショッキングな出来事があった後に歌うと、僅かに魔力の籠った声を発してしまうらしい。

 その影響は様々で、人の感情を引き出したり、精神に干渉することができる。


 小学生の頃、毎朝ホームルームで校歌を歌っていたのだが、前日に観たアニメの最終回をふと思い出し、寂しい気持ちが日和の胸の中を占領してしまった。

 その時、日和から近いクラスメイトがバッタバッタと倒れていき、焦った担任が倒れた生徒を確認したところ、みんな深い眠りについていた。

 恐らく、寂しさで感情が揺さぶられた日和の歌声に魔力が乗り、催眠効果を発揮してしまったのだろう。

 辛うじて起きていた他の生徒も、脱力状態で机に寄り掛かったり、倒れた友達に声をかけることで必死に眠気を払っていたという。


 今でこそ訓練の成果で暴発的な事故は起きなくなったが、日和はその出来事がトラウマとなり、人前で歌うことが怖くなってしまった。全校集会や卒業式での合唱は、全て口パクでやり過ごしている。


「へぇ、姉さんまた従者増やしたの」

「増やそうと思って増やしたわけではないんだけどねぇ」

「そもそも魔道具ってそんなに出回ってるものなの?」

「そんなことないのよ。ママも骨董品が好きだから色んなお店に見に行くけど、一度も出会ったことないわ。ママも従者欲しいのに」

「結構珍しいんだ。なんで姉さんのところにだけ集まるんだろうね」

 すでに食べ終え、空になった皿を重ねながら、不思議そうな顔でひばりの背後に感じる二つの魔力に視線を向ける日和。彼も姿を現さないままの存在を認識できているらしい。


「なんでだろう、私にもわからないの。――そういえば、今日カガミをくださったお客様が気になることを言ってたな。『手に取った瞬間、ひばりさんに渡さなきゃという気持ちになった』って」

「まぁ、それじゃあカガミ君の意志でひばりちゃんの元へやって来たみたいじゃない?」

「そういうことになるよね。でも、そんなことってあり得る?」

「ママもあまり聞いたことが無いけど……。そうだ、それなら本人達に聞いてみたらいいんじゃない?」

 マリーはそう言って立ち上がり、冷蔵庫から水の入ったボトルを取り出した。ひばりに二つグラスを持たせ、そこに水を注ぐ。

 ひばりはその水にほんの少し自分の魔力を注ぎ、グラスを回すようにして軽く掻き混ぜた。


「リヒト、カガミ」

「お呼びでしょうか」

 スッと自分の両端に姿を現した二人に、ひばりは水の入ったグラスを手渡す。

「魔道具さん達は食べたり飲んだりする必要はないんでしょうけど、ひばりちゃんの魔力入りなら飲むわよね?」

「有り難く頂戴します。さ、カガミ、いただきましょう。ひばり様の魔力は特別美味しいですよ。脳が蕩けてしまうほどに」

「それは貴方達が私の従者だからそう感じるだけでしょう」

「事実でございます」

「相変わらずリヒトの姉さん愛はすごいね」

「当然でございます。私をこの世界に繋ぎ止め、このように皆さまとお話しできるよう顕現していただいたのです。我々の様な魔性のものには、これ以上の喜びはございません」

胸に手を当てうっとりした表情で話すリヒトに、一同がひんやりとした笑みを浮かべる。


「リヒト君はどうしてひばりちゃんの元にやって来たの? 何か理由があって?」

 リヒトは一気に水を飲み干し、一息つく。そして愛おしそうにひばりを見ながら口元に手を当てクスクスと笑う。

「何笑ってるの」

 ひばりは自分を見ながら笑うリヒトをジトっと睨む。

「いえ、私を見つけてくださった時のひばり様の純真無垢な笑顔を思い出してしまいまして。本当に可愛らしい笑顔でした」

「……まだ9歳だったからね」

「今でも可愛らしいですよ?」

「そういうのはもういいから!」


 ひばりとリヒトの掛け合いを横目に、カガミと日和は会釈をし合っていた。

――なぜだろう、カガミを見てると無性に甘やかしたくなる。

 日和は思わずカガミの頭に手を乗せ、少し撫でてみた。

 するとカガミは嫌そうな素振りは一切見せず、それどころか気持ちよさそうに目を瞑り、日和の手の感触を堪能していた。

「おや、カガミは日和様に懐いたようですね」

「なんだか可愛いね、カガミ。姉さんじゃなく僕のところに来てくれたらいいのに」

「えー、ずるーい。ママも懐かれたーい」


「もうっ、話を戻していいかしら?」

ひばりはほんの少し唇を尖らせながら言う。

「リヒトはたまたま私がこの家の納屋で見つけたの。寄木細工の箱に入っていたピアスで、綺麗だなーと思って付けてみたら、そのまま取り込んでしまったのよね。その時はこれと言って特別なことは無かった気がするけど」

「実は、ひばり様の耳に付けられた時、私は深い沼の底の様な所で眠っていたのです。暗くて音もない、感じる温度も無い。そんな場所で、とても長い時間、底に縛り付けられているようにただ眠っていました。自分が生きているのかもわからない。そもそも生まれてすらいないんじゃないかと感じられる程、深い眠りについていました。すると突然、水面の方から光が差したのです。それは赤くて、とても暖かい光でした。その時急に意識を持ち、突然この世界に投げ出されたのです。今考えてみれば、その時がひばり様の耳から少し血をいただいた瞬間だったのでしょう」

「それが従属契約の儀式になったと」

「そう考えるのが自然かと」

「なるほどねえ」

「魔道具側の貴重な体験談を聞けたわ」

 うーんと顎に手を当てて考え込む親子三人。

 

「カガミは? どうして姉さんのところにやって来たのかわかる?」

 日和が問いかけるとカガミは顎に手を当てる仕草を真似、しばらく考える素振りを見せた後リヒトに向かって身振り手振りで何か説明した。

「どうやらカガミは鮎川様と同様に、なぜか『自分の身をこの人の手に委ねなければならない』という気持ちになったそうです」

「カガミも……。偶然――でこんなことってあり得るのかな」

「そうね。運命の巡り合わせかもしれないし、誰かが意図的にひばりちゃんとカガミ君を引き合わせたようにもみえるわ。でもそれを調べる手段は今のところないわね」

 再びうーんと手を顎に当てて考え込む親子三人。


 その時、日和が何かを思い出したようにふいに立ち上がり、リビングの入口のすぐ真横に置いてある書箱から、一枚の封筒を取り出した。

「これ、玄関の扉に挟まってたんだけどさ、行ってみない? ノクターン協会の夜会」

 それは今朝、ひばりと日和が「面倒くさい」とマリーに押し付けようとしていた、夜会の招待状だった。

「あら、招待状なんて久しぶりね。ひばりちゃんも日和君も行きたがらないしお断りし続けてたから、最近は全く届かなかったのよ。ママは全然かまわないけど、でもどうして急に行こうと思ったの?」

「夜会に行けば他の魔女や魔術師に会えるでしょ? 誰か魔道具に詳しい人がいるかもしれないじゃん」

「どうかしら。さっきも言ったけど、魔道具自体とても珍しいのよ。資料も残っていないし、出会ったことがある人がいるかどうかも怪しいわ」

「でも、聞いてみないとわからないと思うんだ。姉さんはどう思う?」


 日和に問いかけられひばりは逡巡した。正直、社交を重んじる魔女たちに愛想を振りまいたり気を使わなければならない夜会なんて面倒でしかない。しばらく参加を断っていたから今更顔を出すのも気が引ける。

 しかし、ひばりの元に集まってくる魔道具がなぜこんなにあるのか。偶然と言われればそれまでだが、希少な魔道具が一か所に集まるというのはどう考えても非常に稀なことで、何か理由がある気がしてならない。

 それに、ひばりが最近頻繁に見るようになった子供の頃の夢。その夢に出てくる箱の中のカメオと不思議な声。あの声を思い出すと、ぞわぞわと背筋をなぞるように、なぜかひばりの心の底で、波を立たせるのだ。

 ここ最近、どうにもそれが引っ掛かっている。


 ひばりは意を決して二人を見据えた。

「私、夜会に行きたい。行って誰かに魔道具について話を聞いてみたい」

「わかったわ。ひばりちゃんがそう言うなら、参加しましょう。そろそろ顔を出さないと協会長もうるさいし、たまにはお洒落して三人でお出かけするのも悪くないわね」

 マリーはそう言って、日和から渡された招待状の参加の有無の欄に、すらすらっと指で文字を書いた。その文字は仄かに光を放った後、スッと消える。

 そして封筒に封蝋を押し、窓際に置かれた赤い箱へそれを投げ入れた。恐らく朝には協会長の元へ届くだろう。


 そうして、今年は箱守家三名が『ノクターンの夜会』に参加することとなった。


 魔女の一族と魔道具  終

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