魔女の一族と魔道具 3
「綺麗……
「これはおそらく
ひばりに見えるように箱を傾けながら説明する鮎川は、まるで少年がお気に入りの宝物を自慢するように生き生きとした表情をしている。
「そんな貴重なもの……私がいただいてしまってよろしいのでしょうか」
「もちろんだ。貴女のために買ってきたものだからね。店の主人に冗談めかして魔女への贈り物だと言ったら大層喜んでいたよ。『魔女ならきっとこのコンパクトを開いてくれる』とね」
「このコンパクト、開かないんですか?」
「どうやらそのようだ。私も開けてみようと試してみたんだが、微塵も開く気配が無かった。もしかしたらガラジのように、えぇと、何と言ったか。……”魔道具”の一種かもしれないと思ってね。研究好きな貴女に贈るにはぴったりだと思ったんだ。受け取ってくれるかい?」
照れたように横に顔を逸らしながら箱を差し出す鮎川に、ひばりもつられて少し頬を染めながら両手で木箱を包み込む。
「ありがとうございます、鮎川様。大切にします」
「そうしてくれると嬉しいよ。このコンパクトも、蚤の市にずっと並んでいるより、貴女のような人の元にいるのが幸せなはずだ」
「ふふ、そうだといいんですけど。こんな素敵な贈り物をいただいてしまったのですから、腕によりをかけて目薬を精製しなければなりませんね」
「この間と同じもので構わないよ」
「そうおっしゃらず、私の愛情もたっぷり配合させていただきます」
***
鮎川に目薬を渡し、背中を見送った後、ひばりは急いで2階の工房へ向かった。
――鮎川様から頂いたコンパクト。これは間違いなく魔道具だ。掌に魔力がひしひし伝わる。
鮎川の前ではあまり表情には出さないようにしていたが、ひばりはかなり高揚していた。新しい魔道具がひばりの手元にやってきたのだ。これは調べずにはいられない。緩む頬が抑えられないでいる。
「どれどれ、コンパクト、御開帳~!」
コンパクトの留め具に親指を引っ掛け開こうとするが、びくともしない。錆びついているのかとも思ったが、とても綺麗に保管されていたのだろう、銀部分は艶々と照り、丁寧に手入れされていたことがわかる。
「ん~、開かない。錆じゃないなら歪み? 魔力でも込めてみる?」
掌に魔力を集中させようと目を閉じた瞬間、肩をグッと押さえられた。
「ひばり様、それは危険です。そのコンパクトには、恐らく”自我”がございます。ひばり様の魔力を充てると反発する可能性があるので、おやめになった方がよろしいかと」
「あらリヒト、貴方にはわかるの?」
「ええ。きっと、私やガラジと同類でしょう」
「なるほど。ということは……リヒト、ナイフを」
「かしこまりました」
リヒトは素早く戸棚から銀のナイフを取り出しひばりに手渡す。ひばりはナイフを受け取ると左手の薬指に少し切れ目を入れ、自らの血を絞り出した。
その血を一滴、留め具に垂らすと、仄かに光を放ち始め、カタカタと震え始めた。
ひばりは床に敷かれた絨毯の上にコンパクトを置き、経過を見守る。
しかし、それ以降は何の反応も無くなってしまった。
「あれ? 止まってしまったわね。何か足りなかったかしら」
「ひばり様、もう後ろに居りますよ」
「え?!」
ひばりが振り向くと、そこには十代半ば程に見える少年——の姿をした者が立っていた。目頭まで届きそうなほど長い前髪を垂らし、口はキュっと結ばれている。肌の色が白く血色は無いが、前髪から覗く瞳は爛々と輝いている。精気は感じられないため、間違いなく人ではない者だろう。
「いつの間に……。貴方、このコンパクトから出てきたの?」
少年は、コクリと頷く。名前を尋ねると、何も答えず俯いてしまった。
「ひばり様、恐らくこの魔道具自体がかなり幼いのでしょう。言葉を発する程の魔力はまだ持っていないようです」
リヒトは少年の頭に、ぽんと手を乗せ、穏やかに微笑む。少年はぎょっと目を見開いたが、リヒトを同類と認識したのだろう。気持ちよさそうにリヒトの手に頭を擦り付けている。
「それじゃあ、貴方のお名前、私が付けてもいいかしら」
そう言うと、少年は顔を上げ、ひばりに期待に満ちた表情を向ける。
「ふふ、何がいいかしら。夜光貝、貝、コンパクト、蚤の市、鮎川様、銀……」
うーんと考えこむひばりだったが、留め具に指をかけると、先ほどとは違いコンパクトはすんなりと開いた。
「あ、このコンパクト、鏡になってるのね」
蓋の裏側が鏡になっており、淵には細かい彫刻が施されている。
「決めた。あなたの名前はカガミ。どうかしら?」
少年はパァっと目を輝かせ後、首を激しく上下に振る。喜んでいるのだろう、カガミの周囲から黄色い魔力がにじみ出ている。
「カガミ、そこにいるのはリヒト。貴方と同じ、魔道具から
ちなみに「リヒト」という名は、ピアスがしまわれていた寄木細工の底に「From Licht《リヒト》」と書かれていたため、ピアスを作った職人の名がリヒトで、誰かに宛てた贈り物だったのかもしれない、と推測し、ひばりがそのまま名付けたのだった。
カガミは尊敬の眼差しをリヒトに向ける。自分とは違い、言葉を話せるリヒトに、この短時間で憧れを抱いたようだ。
リヒトは右手を胸に当てて頭を下げる。
「リヒトと申します。ひばり様の従者として仕える者です。わからないことがあれば遠慮なく私に訪ねてください」
カガミはコクリと頷いたあと、リヒトの袖を掴みコテっと首を傾げる。
「従者の意味ですか」とリヒトがポツリと零す。どうやらカガミの声にならない言葉は、リヒトには通じるらしい。
「貴方も私も、ひばり様の血を通して魔力を分け与えられ顕現しました。これは従属契約の儀式の一つで、とても強い絆を結ぶものです。ひばり様と私たちは、契約と魔力の共有によって、血よりも強い絆で結ばれているのです」
魔道具とは元来、日本の付喪神のように、長い年月を経た道具に魂が宿ったもので、その道具から離れることはできない。
しかし、ひばりが従属契約により顕現させたことで、この世界に繋ぎ止め、自ら行動を選択することが許されるようになる。
「魔道具なら契約さえすればどんなものでも顕現できるというものでもありません。これはひばり様が素晴らしい魔女であり、質の良い魔力とそのお人柄が成す奇跡――」
「リヒト、その辺にしておきなさい。カガミが混乱してるわ」
カガミはリヒトの説明を一生懸命頭に刻もうと、目をグルグルさせながら考えていた。
「申し訳ありません。ひばり様の素晴らしさは追々説明いたしましょう。これから長い付き合いになるのです」
「そうね。私の素晴らしさ……なんてどうでもいいんだけど、長い付き合いになることは間違いないわ。よろしくね、カガミ」
そう言ってひばりは手に持っていたコンパクトを両手で挟み込むと、コンパクトは音もなくひばりの手の平に溶けて消えていった。
****
その日の夕方、ひばりは片づけを終え、店を出る前にガラジに挨拶をした。
ガラジも古い魔道具で、17世紀後半にイタリアで作られた鳥型の水差しが魔道具と化し、そこから顕現した者である。
顕現とは言っても、水差しから出ることはほとんど無い。かれこれ5年ほどの付き合いになるが、ひばりがその姿を見たことは一度もないのだ。リヒト曰く、ガラジは人化すると初老の紳士になるという。
名前はガラジの作者が「ガーラジウス」という名前だとガラジ本人が記憶していたため、そこから
リヒトとは違い、ガラジはフラン・フルールに留まり店を守っている。何かあればすぐに知らせを飛ばし、矮小な魔性の類であれば、その身に持つ年季のこもった豊富な魔力で吹き飛ばしてくれるのだ。
「ひばり様、道中お気をつけて。リヒト、カガミ、しっかりひばり様をお守りするのですよ」
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