第10話 全員が敵


「さて諸君、まずは今日集まってくれたこと本当に感謝する。いずれ、この国の柱となる若人達よ!」


 ミドウが話し始めると、先ほどまで喧噪に包まれていた受験者達は、誰もが緊張した面持ちへと代わり、試験会場は一気に静まりかえった。ピリ付いた空気が一気に場を支配はじめ、リアもごくりと息を飲む。


「これから我々が見させてもらうのは、君達の討魔師としての資質。 スクナ! 用意を頼む」


「はーい、ミドウさん! よっと!」


 零番隊の討魔師の一人スクナ。ルカと同様、まだ若き討魔師として、最近名を売り始めている期待の新鋭の彼女は、特殊な魔法『創造』を武器とする。そして、彼女が受験者達の前に作り出したのは、動く『かかし』であった。


 それも、一体二体ではない。受験者の数よりもおそらくは多いであろう大量のかかし。サイズ自体はさほど大きくはないかかしであったが、これほどの数のかかしを創造できるとは…… やはり零番隊の討魔師の力。恐ろしいものである。


「なんだ……?」


 目の前に突如として現れた大量のかかしを前に、まだ事態を読み込めていない受験者達の間を再びざわつきが走る。喧噪を引き裂いたのは、ミドウの声であった。


「今スクナに用意してもらったのは、『かかし』。今日の試験は、この『かかし』を堕魔だと想定して、どれだけかかしを倒せたか、そのポイントがこの試験の得点となる!」


 ルールは滅茶苦茶単純だ。他の人よりも沢山、かかしを倒す。確かに魔法の力を見るためには、わかりやすい試験なのかも知れない。


 思ったよりも素直な試験に、喜ぶ者、そして近くの知り合いと思われる者と話す者、受験者の反応は様々だった。


「そんな簡単な試験で良いのか……」


 そんな声が受験者達の中から聞こえてくる。何せ相手はかかし。倒すのなんてそう苦労もしないだろう。誰もがそう思っていたのである。だが、ミドウは、にやりと笑みを浮かべ説明を続ける。


「ちなみに、このかかしは君達に容赦なく攻撃をしてくる。あまり零番隊の討魔師の力、舐めない方が良いぞ。そしてもう一つ、この試験には特殊なルールがある!」


 攻撃をしてくる。そのミドウの言葉に、余裕そうな表情を浮かべていた受験者達の間にも少し緊張が走る。リアはそんな受験者達の素直な反応がおかしくて仕方が無かった。試験なんだから、そんな単純な話ではないと言う事なんて最初からわかっていたからだ。どうせ、ミドウの説明一言一言に、過剰に反応する連中なんて、大したことが無い奴らに違いない。


 注意しなければならないのは、全く動じていない様子の受験者達。噂されていたアルフレッド・ルシファーレンやら、それに竜人族の少女やら…… 彼らはぴくりとも表情を動かさず、落ち着き払ってミドウの説明を淡々と聞いていたのだ。


 そして、ガリム。奴も特に動じているような様子はない。ただ、にやにやとこちらを見るガリムと一瞬目が合った。おそらく奴は、僕にかかしを倒すことなんて不可能に違いないと思っているのだろう。油断してくれているのならこんなありがたい話はない。何せ、今の僕は、今までの魔法が使えなかった僕とは違うのだから。


 気になったのは、ミドウが最後に口にしていた特殊なルール…… 一体なんなんだろうか? そう思っていたリアの元に、試験官の兵士が風船のような玉を3つ持ってきた。ミドウが説明しているときから、なにやら受験者の間を兵士達が巡回しているような様子ではあったが、おそらく皆にこの玉を配っていたのだろう。


「ちょっとごめんね。これを装着させてもらうから!」


 そう言うと、兵士はリアの両方の肩、そして背中に3つの玉をつけた。つけられた玉を触ってみるリア。表面は思ったよりも薄く、少しの衝撃で壊れてしまいそうな玉。これがミドウの口にしていた特殊なルールというのと、何か関係しているのだろうか?


「次は君ね…… ごめんね! ちょっと失礼するよ!」


 先ほど、リアに玉をつけていた兵士は隣にいたソールに玉をつけていた。そして、しばらく兵士達による受験者への玉配りは続き、配り終えたのを見計らったように、ミドウが再び口を開く。


「今皆につけてもらったのは、少しの衝撃ですぐに破れてしまう玉。それぞれの身体に3つずつ装着してもらった。かかしを倒した者には、一体に付き、1ポイント、そして玉を破ってしまった者については1個に付き、-5ポイントのペナルティとなる!」


 ミドウの説明に受験者達の間に一気に動揺が走る。今まで一番大きなざわつきは、止みそうな気配は全くない。それも仕方無い。リアだってその説明に動揺していたし、ソールも怯えたような様子で動揺を隠せない様子であった。


 何せ、この玉を壊してしまったら-5ポイント。つまりはかかし5体分、余分に倒さなければならない。そして、一番リアやソールが危惧していたのは、他の受験者達が妨害目当てに襲い掛かってくることである。


――つまり、受験者達が妨害してくるなか、この玉を守りながら、かかしを倒さないといけない…… ここにいる全員が敵……


「この試験は、受験者同士協力し合ってもらってもかまわない。ただし、ポイントは最後にかかしを倒した者にしか入らないようになっているから注意してもらいたい。そして、制限時間は30分。フィールドは、この学校の敷地内…… そこから外には出ないように! あとは…… もちろん受験者同士の攻撃も認めるが、他者に重度の怪我を負わせてしまうような危険行為だと判断したものについては、随時、試験官である我々が様子を見て回り、止めに入る。その場合は、一発退場でそこで試験終了だ。わかったな! あとは棄権する者も随時近くにいる我々試験官に申し出る様に。なお、今から棄権は受け付ける! 他に、何か質問はあるか!」


 相変わらずざわついたままの受験者達。もはやミドウの言葉でも受験者達の喧噪を沈めるのは不可能だった。それほどまでに皆が動揺していたのだ。なにせ、受験者同士がお互いに攻撃し合うのが目に見えていたのだ。


「無いようだな。では5分後試験を始める。それぞれ準備をしてくれ。5分後、イーナが炎の弾を打ち上げる。それが試験始まりの合図だ」


 そう言って壇上を降りたミドウ。受験者達は5分後に試験が始まると聞き、皆慌てたように準備をしているようだった。中には他者からの攻撃に怯え、ミドウの元に棄権を申し出に行く様な者もちらほらいるようだった。


「リア……」


 不安そうな様子で近づいてきたソール。だけど、ここまで来て、僕だって諦めるつもりなんて毛頭無い。ソールと一緒に受かる。この学校の門をくぐったときに誓った約束を必ず果たすんだ。


 僕には一つの考えがあった。そして、それはソールにしか頼めない。僕にとってソール以上に信頼できる人間は他にいないのだ。


「ソール、協力して一緒に合格しよう!」


 何せ先ほどミドウは他の受験者と協力しても良いと言っていた。一人ならば、他の者に襲われると言うリスクもあるが、二人になればそれだけリスクは減らせる。その分稼ぐポイントは分散されてしまうが、何しろマイナスのペナルティが大きすぎるのだ。


「わかった! 私もリアを信じる!」


 リアの提案にソールが笑顔でそう返した瞬間、ボンっと大きな破裂音が周囲に響き渡った。音のした方、上空の方を一斉に見上げる受験者達。皆の視線の先、上空の方には大きな炎の塊が打ち上げられていた。それは、イーナによる、試験始まりの合図だった。

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