初対面の人への敬語はですますが使えてれば上等。

繰り返しになり申し訳ないが、僕は上位元素に関する適性が皆無だ。故に常駐型の翻訳魔法とか使えないのである。とはいえ、大抵の場合は向こうが翻訳魔法を使っているし、交渉の際に相手の言語に合わせられるとそれだけで心象が良くなるから僕は様々な言語を話せるようにしている。

で、その僕をして。


交渉どころか、会話すら難航していた。


「dijunda!vedura・gyagizizi!」

「…えーっと」


濁音に巻き舌から察するに多分これ鬼人種の言語なんだけど、訛りが強すぎていまいちわからない…!

普通の鬼人種の言葉ならネイティブもかくやって勢いで喋れる自信がある僕だけど、地方ごとの方言までは流石に対応しきれない。

さっきの言葉とか僕の知識に当てはめると

「最悪の天気だ!俺は仕事で野兎に殴られる」

になるんだけど。もはや方言とかいうレベルじゃなくない?


いや、考え方を変えよう。僕が対応するんじゃなくて、彼らに対応してもらえばいい。

共通語を使う人は方言が分からないことはままあるが、逆はあまりない。だからこっちの要求を伝えれば良いんだ。


「ji・gida?riferudora,bibigida(驚かせて申し訳ありません。大丈夫ですか?)」

「gigi!?」


どう見ても鬼人種では無い男が自分達の言語を話したことに驚いたのか、彼は目を見開いて声を漏らす。

お、伝わってるかな?


鬼人種の言語は、濁音を中心とした単語の組み合わせと、微妙な発音の違いで意味が変わる。だから方言とかの影響を大きく受けるのだ。まあ、それでもここまでの訛りは滅多に無いけど…


「judir?gu・heedia. zibarn(をあなた方の街に連れて行って欲しいのです。どうでしょうか?)」

「guhu…」


実際のところ、ここまで来れば自力で街を探すことも出来る。だけど、招待されたという形に出来れば色々都合がいい。

それでなくても鬼人種は力あるものが正義と言わんばかりの脳筋種族だ。下手に勝手に集落に入ろうとした日には問答無用で襲われかねない。

彼らに言わせれば襲っているのではなく皮肉抜きの歓迎であり、客人が力を示す機会を与えてるだけらしいけど。蛮族かな?いや、似たようなものなんだけど。


ともかく、彼が案内してくれれば僕としては非常に助かる。そんな期待を込めながら笑顔を向けて反応を待つ。

彼はしばし無言でこちらを見ていたけど、ため息と共に弓を降ろす。そしてそのまま背を向け歩き出す。


「venda.(ついてこい)」


あ、今のはわかった。向こうもこっちに合わせてくれたみたいだ。

僕はその柔軟な鬼人種の男性になるべく爽やかに感謝を告げると、その背を追って歩き出した。


うん、やはり対話は大事だ。正直、一度帰って翻訳魔法使える人とか連れてこようかと途中で思ったけど…自力でどうにかできたのは良かった。また山登りは嫌だ。

ちなみに世の中にはマーキングした位置に転移するような便利な魔導具もあるけれど、僕はこれを使えない。誰かに使ってもらうことも出来ない。

理由を一言で言えば、僕の体は物理法則を逸脱したことは出来ないのだ。

上位元素が使えないことはもう良いけど、転移が出来ないのはほんとに残念だ。


道無き道を進む。鬼人種はどちらかと言えば山より平地を、森林より荒野に住むことが多いが、彼らは少数派なようだ。近接武器を好む彼らが、斥候や見張りとはいえ弓を使うのも珍しい。


これは、当たりかもしれない。


鬼人種は弱小種というわけでもないが、強力な種族、いわゆる上位種というほどでは無い。種族として適性のある上位元素は霊力…身体強化に向いた元素だ。それ自体は弱くないが、戦闘力という基準で見た時どうしても汎用性が他の種に劣りがちなのだ。

場合によっては複数の上位元素を扱える者の多い人種の方が強力な場合もある。

肉体強度は比べるべくもないため、基本的に近接戦闘では彼らの独壇場なんだけど…逆に言えば遠距離戦や広範囲での殲滅あるいは防衛は非常に苦手でとしている、というわけだ。


さて、ではなにが「当たり」かと言うと…

僕の作った薬品群「ナンバーズ」の試験に都合が良さそう、ということだ。


基本的に脆弱である僕は、何とかして強力な魔物や上位種に対抗できないかと様々な薬品を創ってきた。

そういった薬品の中でも、汎用性及び効果が高いものに、番号をつけている。

それら、まあ基準としては他者に販売できる程度の完成度の物を「ナンバーズ」と呼んでいる。


…まあ、番号とか名前とか、完全に僕の自己満足なんだけど。


ちなみに、僕が作った薬品は当然と言えば当然だけど失敗作も多い。

副作用が大きすぎたり、使いこなすのに練習が必要だったり、あまりにも汎用性に難があったり…


そんな失敗した薬品達にも名前はつけているが数が多すぎるので番号は無い。


それらの薬は『番外試薬アウトナンバー』として危険度に応じて色で分けている。例えば、副作用が大き過ぎればレッドラベル、使いこなせない物はイエローラベル、もうほとんど毒にしかならない物はブラックラベル、と言った感じだ。さっき使った鳥魔叫奏はイエローラベルだ。

まあ結局これも自己満足以下略。


自分語りがすぎたかな。

まあともかく、僕はナンバーズの臨床試験…っていうと大袈裟だけど、肉体的にそれなりに強力かつ、上位元素の適性があまり高くない人が服用した場合のデータが欲しいのだ。

その点で言えば鬼人種は理想的。肉体機能に、適正のある上位元素。どちらをとっても今回の目的に最適だといえるからだ。

しかも多分この人たち、鬼人種のなかでも戦闘力的に「弱い」一族だ。彼らからしたら弱いことは悪いことだろうが、僕に言わせれば弱い側の人の方が効果が分かりやすくて助かる。

もちろん、彼らの前でそんなこと言わないだけの分別は僕にもあるけど。


と、しばらく歩いてきたけど…。随分と周りがすっきりしてきた。別に隠れ里ってわけでも無いし当然か。ちらほら他の鬼人ともすれ違い始めたし、もうそろそろかな?


「dia(止まれ)」


お、ついたみたいだね。

目の前には、思っていたよりも随分大きい集落…街があった。

僕を案内してくれた彼は、木の塀で囲まれた街の門の前で振り向いて僕に止まるよう促した。


ずっと無言だったから警戒してるのかと思ったけど、顔を見た感じ純粋に困ってるのかな。

まあそりゃそうか。隠れ里って訳でもないし麓の街にも存在は知られてるとはいえ、こんな山奥の集落を訪れるのなんて僕くらいだろう。


僕を連れてきてくれた、親切な鬼人の彼はそのまま門の中に入っていく。

そのまま周囲の好奇の視線に晒されながらもにこやかに待っていると、先程の彼が誰かを連れ立って出てきた。

顔を布で隠していてよく分からないが、比較的小柄で華奢なので、恐らく鬼人種の女性だろう。

…まあ、小柄と言っても僕よりは大きいんだけど。


「人種の男よ。このような僻地に何用ですか。」


女性は僕の前に経つと、流暢に言葉を話す。発音が自然すぎるし、これは翻訳魔法か。


魔法…つまり魔力を用いて事象を改変する技術だ。

鬼人種の適性元素は基本的に霊力だ。とはいえ、稀に他の上位元素にも適正を持って生まれる場合もある。というか、種族ごとの適性はあくまで目安で個人レベルで見ればそういう人は結構いる。

僕みたいに適正元素が複数ある種族出身なのに何も使えない者も居れば、逆もいるというわけだ。世の中不公平だなぁ…


さて、意味の無い思考はここまでだ。一人旅が長いせいか思考が散らかっていけない。

僕は笑顔で口を開く


「初めまして。僕はシルヴァ・フォーリス、旅の薬師です。今日はあなたがたに良い話を持ってきたのです。少し、お話を聞いてくれませんか?」


さあ、交渉開始だ。

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