第30話 格好いい上級生になろうよ




 

 2時間目が終わって休み時間に入った。

 朝子先生が職員室に行ってしまうと、性懲りもなく、いやがらせが始まった。


 けれども、藍子は二度と泣かなかった。

 春花もぴったり寄り添っていてくれる。


 向こうが集団なら、こっちだって力を合わせて闘うまでだ。

 なにも言わなくても、ふたりの心はひとつに重なっていた。


 どてかぼちゃ、ぶっさいく、へちゃむくれ……思いつく言葉の限りに罵られても「おまえなんか学校へ来るな!」と怒鳴られても、大きな目をまばたきもさせずに見返して来る藍子に、譲治も裕也もバツのわるそうな顔をして黙ってしまった。


 麗羅たち女子グループの陰湿ないじめには、春花が敢然と立ち向かってくれた。


「ねえ、みんな。そういうのって、そろそろやめにしませんか? もうすぐ6年生なのにみっともなくない? 下級生のお手本になる、格好いい上級生になろうよ」


 お雛さまみたいにやさしい顔立ち。

 触れれば折れてしまいそうな痩せぎす。

 3年生といっても通りそうな小柄な身体。


 春花のどこに力強いエネルギーが隠されていたのだろう。

 女子も男子も信じられないような面持ちで見詰めている。


 やがてグループのひとりが意を決したように動いて静かに自分の席にもどると、ふたり、三人とつづき、いつの間にか麗羅のまわりにはだれもいなくなった。それでも麗羅は、自慢の二重まぶたを三角に釣り上げて、藍子と春花をにらんでいた。

 

      *


 その日の夕方、藍子はかあさんに頼まれて、コンビニに牛乳を買いに行った。

 たそがれた通りの向こうを、見慣れた坊主頭と母親らしい女性が歩いて行く。


 肩までの髪を派手な金髪に染め、若い娘のようなミニスカートを穿いた母親は、煙草をすいながらどんどん先を行き、あとから太めの少年がしょげて付いて行く。


 教室で見るのとはまったくちがう譲治がそこにいた。

 譲治はおじいさんに育てられたと聞いていたが……。


 見てはいけないものを見てしまった。

 そんな気がして藍子は目を逸らせた。

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