第19話 大切な家族には話せない




 

 学校でのいやな出来事を、藍子は家族のだれにも話さなかった。


 手足や顔の擦り傷は隠せなかったので、「わたしって、ほら、どんくさいから」転んだのだと冗談っぽく打ち明けはしたが、その前後に発生した辛い出来事についてはいっさい触れず、テレビのお笑い番組に夢中になっているふりをしつづけた。


 ――家族なのに、なぜ? 


 そう訊かれても困ってしまう。


 自分でもよくわからないのだけど、どうしようもないことを告げて心配かけたくない気持ち、とうさんかあさんには評判のいい優秀な子と思われていたい気持ち、弟の慎司と比べられるのは絶対にいやだという気持ち……みんなうそではない。


 いろいろな気持ちが絡み合っていて、どれかひとつということではなかった。

 それにもうひとつ、藍子の心のなかにしっかりと根を張っている厄介なもの。

 

 ――プライド。

 

 そう、ひとりの人間としてのちっぽけなプライドが、藍子の口を鉛のように重くさせ、一番の味方になってくれるはずの家族にも弱味を見せまいとさせるのだ。

 

 ――ドテカボチャ、ブッサイク、ヘチャムクレ……。

 

 そんな言葉を投げつけられていることを、家族にだけは知られたくない。

 もし知られでもしたら、たったひとつの安全な居場所すら失ってしまう。


 学校でなにかあっても、翌朝、2階から降りて行くときは、なるべく明るい顔をつくるように気をつけているし、「行って来ます」も元気に言うようにしている。


 だから、とうさんもかあさんも藍子が1年生のときからずっと教室で泣かされて来たことは知らないはずで、むしろ、喜んで登校していると思っているだろう。

 

 仏壇の下の観音開きのことも秘密だった。

 慎司だって言いつけたりはしないだろう。

 口止めしたわけではないが、あいつ、けっこう繊細せんさいなやつだから。


 藍子の心はだれも知らないはず……それでいい。

 とくに家族には傷ついた自分を知られたくない。


 同情されるのは、もっといやだ。

 そんなの、あまりに惨めすぎる。

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