第12話 朝子先生への不信




 

 朝子先生に誤解されたのは、これで二度目だった。

 最初は夏休みが終わり二学期が始まった日のこと。


 放課後、藍子ひとりを教室に残した先生は、思いがけないことを口にした。

「ねえ、先生、藍子さんを見損なっていたのかしら?」


 思い当たる節がまったくない藍子が、下を向いて困っていると、

「こういうふうに切り出したら、藍子さんのことだから自分から話してくれると思っていたんだけど、どうやら違ったみたいね。先生、なんだか、がっかりだな」

 今度は深々とため息をつかれた。


 藍子はなにかを言わなければと焦った。

 だが、のどの奥が、かあっと熱くなって、ますます声が出て来ない。

 藍子の顔をじっと観察していた朝子先生は、ついに諦めたように話し出した。


「あのね、藍子さん。率直に訊くけど、なぜ麗羅さんだけを仲間外れにしたの? 帰り道で、あんたは来ちゃだめって言ったそうじゃないの。だから、いつもひとりで帰るんだって、かわいそうに麗羅さん、泣きながらおかあさんに話したそうよ」


 一瞬、目の前をまばゆい光線が走った。

 なにを言われているのか理解できない。


 無意識に上げた目の先に、白茶けた真夏の校庭があった。

 サッカーボールを追ったり鉄棒にぶら下がったり、ゴム跳びをしたりして、大勢の子どもたちが古い映画の登場人物のように、ぎくしゃくと手足を動かしている。

 いっさいの音が消え失せ、異次元世界に迷いこんでいた。


 

 ――こんなことってあるだろうか。ううん、きっとなにかのまちがい。そうだ、そうに決まっている。なぜって、いまの先生の話はすべて真逆のことなんだから。


 

 同じ地域に家がある女子3人は、保育園のころから同じクラスだった。

 入学したばかりのころは3人でかたまっていたが、自信満々で積極的な麗羅にはすぐに他の友だちができ、内気な春花と藍子は置いてけぼりを食うことになった。

 それで、自然にふたりで帰ることになったのだ。


 といっても、とくになにかを話すわけではない。

 たいていは黙って肩を並べ、家のほうへ向かって歩いているだけだったが、春花がそばにいてくれるだけで、いつもビクビクしている藍子の気持ちは慰められた。


 春花も同じことを感じているらしい。

 ふたりはときどき立ち止まり、顔を見合わせては「うふふっ」と笑い合った。

 辛い出来事が少なくない毎日で、藍子が束の間の安らぎを感じる時間だった。

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