第10話 かけっこでのアクシデント



 

 あくる日は、打って変わった快晴で、4時間目の体育の授業はかけっこだった。


 身体が大きくておっとりしているので、譲治たち男子からは「どんくさいやつ」と思われているが、実は相当に足が速い藍子は、ドキドキして順番を待っていた。


 上下真っ白なウェアをすっきりと着こなした朝子先生が、空に向けてピストルを撃つと同時に、スタートラインに横一列に並んで短パンのお尻を高々と持ち上げていた女子6人は、さやから弾き出されたそら豆のように、いっせいに飛び出した。


 フライングもない順調なスタートだ。

 一番外側の藍子も快調に走り出した。


 最初のうち、ひとかたまりになっていた6人はすぐにバラケて、第1コーナーにさしかかるころには、藍子は先頭の麗羅に次いで、前から2番目を走っていた。


 気持ちのいい秋風をきって、ぐんぐんスピードが上がる。

 この調子なら得意のラストスパートで1等が狙えそうだ。

 上体をやや前に倒した藍子は、絶好調で飛ばして行った。

 

 思いもよらない事件が起きたのは、第3コーナーをまわりかけたときだった。


 藍子のすぐうしろを走っていた子が、藍子の前に足を割り込ませて来たのだ。

 バランスを崩した藍子の右手は宙を泳ぎ、前を走る麗羅のゼッケンに達した。

 ふたりのランナーは折り重なるようにして、ドドドドッと地面に倒れこんだ。

 

 ――ダッダッダッダッ!

 

 入り乱れた足音を、藍子は耳のすぐそばに聞いた。

 あまりの痛さに、しばらくは起き上がれなかった。


 ズキズキする両手を突き、ようやくの思いで地面から身体を引きはがして立ち上がると、うろこ雲を浮かべた空が、ぐらりと回転して頭上に覆いかぶさって来た。


 荒い息を整えてもう一度起き上がると、口いっぱいに錆くさい匂いが広がった。


 ジャリジャリした感触が歯に触れる。

 赤黒いかたまりがぬめりと出て来た。

 胃のなかのものを、げっと吐き出す。


 藍子に押されて転んだ格好の麗羅もまた、激しく肩を喘がせている。

 まるで卵の解き汁をくぐらせる前のエビみたいに、全身土ぼこりで真っ白だが、ほかの子と足が絡み合わない分だけよかったのか、けがの程度は重くないらしい。


 ほっとしながら「ごめんね、ごめんね」藍子は何度もあやまった。

 だが、きつい目で睨んだ麗羅は、ついにうなずいてくれなかった。

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